[小説] リサコのために|051|十、良介 (8)
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「どの良介って?」
反対に良介はリサコに聞き返した。
そして思い出した。
あのおぞましい部屋で吊るされたリサコの前に映し出されていた映像。
あれはリサコの頭の中だと言っていたか…。
その映像の中に良介がいたのだ。
あれはリサコの空想の中の良介? その良介と現実の良介を混同しているのだろうか?
「人間の良介なの?」
またもやおかしな質問がリサコから投げられる。人間ではない良介がいたのだろうか?
「人間の良介…だと思うよ。じいちゃんと二人で暮していて、君の家の向かい側に住んでいた…」
「ああ、そっちの良介…。大きくなったね」
言いながらリサコは再び優しく良介を抱きしめた。さっき同じように首に腕を回して締め上げてきたアイスリーと同じ肉体のはずなのに全く違っていた。
良介もそっと彼女を抱き返した。
そうして二人はしばらくお互いの温もりを感じ合っていた。
やがて体を離すと、リサコは静かに話始めた。
「私、たぶん、ずっと心の奥にいていきなり目を覚まして混乱している状態なんだと思うんだけど…あってるかな?」
「うん」
「子供のころから私、時間を飛ばすことができたんだけど…この話ってしたことあったけ?」
良介は頷いた。
「今回、ものすごく長い時間を飛んでしまったようなんだけど…」
思った以上にリサコの言動がしっかりしていることに良介は驚いていた。自分の状況もそれなりに正しく理解している様子だ。
良介は感銘を受けていた。突然現実に戻って来て、泣いたり怖がったりするのではと少し思っていたのだ。
精神の深層部にいる間も何か意識のようなものがずっとあったのではないだろうか。
誤魔化さずにある程度は正しい情報を教えてあげるのがよいのかもしれない。
「十年くらいだよ」
良介は正直にリサコに伝えた。
「俺がイギリスに行った後のことだから詳しくは解らないけど、いろいろな状況を考えて、君の記憶は16歳くらいから途切れていると思う。違うかな?」
リサコはしばらく考えを巡らせている表情をした。
「記憶がかなり混乱しているんだけど…たぶんそうだと思う。あなたがイギリスに行っちゃってからの記憶はほとんどないみたい…あ、タケルさんは元気なの?」
オーフォと既にやった会話だったが、良介はリサコが従兄のことを覚えていてくれて嬉しく思った。
「ああ、元気だよ。まだイギリスにいる。事業が成功して忙しいんだ」
「ふーん…会いたいな…で、今は、何年なの?」
「2020年だよ」
それを聞いてリサコは、ただ、おお…と言った。
良介も自分で言って、すごい未来のような気がしてしまった。
ここで良介の電話が鳴った。
先崎サナだった。出ると彼女は怒っていた。
「ちょっと先輩、どういうことですか?」
「どういうことって?」
「山本幡多蔵事件の担当が私のところに来たんですけど。センパイ、何度電話しても出ないし」
高橋警部だろう。先崎サナの口ぶりを聞くに、良介の愚行は内密にしてくれているようだ。
「あ、ごめん、ずっと取り込み中だった」
「リサコさんの調査には立ち会えたんですね?」
「そうだ。そのことでちょっと先崎に頼みたいことがあるんだけど、電話だと言えないから今から家に来てくれないか?」
先崎サナは文句を言いながらも来てくれそうだった。
電話を切ると、良介はリサコにどこまで話すか決めかねて、少し黙っていた。
リサコはそんな良介を待っていてくれた。
「ああ、あのさ。俺、今、刑事をやっているんだ。」
これにはリサコは心底驚いたようだった。
「え? うそでしょう?」
「いや本当なんだ…」
良介はリサコに警察手帳を見せた。
「うわ…本当だ…」
リサコは手帳と良介を何度も見比べていた。
「…なんだけど、ちょっといろいろあって警察を辞めないといけない流れになっていて…」
「いろいろって? …まさか私が何か関係している?」
ある程度は説明しないといけないな…と良介は腹をくくった。
「俺、高校生の時に日本に戻って来たんだけど、君とは再会できずに今まで来てしまって…」
ここで連絡をしなかったことを責められると良介は思ったが、リサコは何も言わなかった。
良介は彼なりの最大の配慮をしながら、幡多蔵が何者かに襲われてずっと昏睡状態であったが亡くなり、リサコが唯一の目撃者としてずっと不当な方法で調査を受けていた話をした。
幡多蔵が既にこの世にいないと知ってもリサコはさほど驚いていなかった。
むしろ幡多蔵がやられた時の状況を気にしているようだった。緑の不審な物質はなかったかなど、意味不明なことを言って良介を少し不安にさせた。
何か記憶が混同しているようだった。
「それで、たまたま刑事になったあなたが、私の事情を知って助け出してくれた…というわけ?」
「そういうわけだ」
「ねえ、その不当な調査ってヤギと何か関係ある?」
良介はこの質問にギョッとした。
八木澤博士のムネーモシュネーにヤギの絵がついていたのを覚えているのか?
「ヤギとは関係はないよ、だぶん」
「ふーん、じゃああれは夢か? なぜ良介が警察を辞めないといけないの? 悪いのはその不当な調査をしていた側でしょう?」
「確かに、戦えば勝てるかもしれない。だけど俺はもう警察の仕事に興味がなくなっちゃったんだよね。リサコと平和に暮らせる仕事を探すよ」
「何それ…」
言いながらリサコは少し嬉しそうだった。
「父さんをやった奴は誰なの?」
「犯人は解っていない。警察は君が目撃者だと考えているけど、君にはその記憶はない。それは俺が証明しておいたよ」
北山安吾郎の名は出さない方がいいだろう、と良介は判断した。記憶にはないかもしれないが悪影響があるかもしれない。
「…まあ、父さんのことも、犯人も私にとってはもうどうでもいい…かも。これからどうするのかの方が心配だな…」
リサコが現実に対して希薄な感情を持っていることが垣間見れる、少々不安な発言だった。
だが、あの父親だ。こうなるもの仕方ないか…。
「これからのことはゆっくり二人で考えよう。警察を辞めたら時間はたっぷり作れるから」
「…私、ここに居てもいいの?」
そこで良介は重要なことをリサコに伝えていなかったことを思い出した。
「あ…えと、その、今、俺とリサコは夫婦なんだ…」
「え…」
リサコは固まってしまった。
拒否されたらどうしよう…と良介はハラハラした。いや…拒否するわけがないか…。そんなことを数秒の内に目まぐるしく考えた。
「君を連れて帰るのにどうしても必要で…」
「ああ、そういうこと?」
良介は、あはは…と笑ってごまかした。いずれ自分の本当の気持ちと、リサコの気持ちを確かめなくてはならないと思ったが、今はムリだった。
「それ、良介の発案じゃないでしょう」
「何が?」
唐突にリサコが言ったので良介は何のことか解らなかった。
「婚姻関係になるってこと。あなたが思いつきそうもない。≪体系≫ じゃないの? こんな入れ知恵したのは」
リサコから予想外の名前が飛び出して良介は何も言えなくなってしまった。
「隠さなくていいよ、良介。私、会ったんだ、目覚める前に。双子の姉弟 ≪体系≫ に」
良介はごくりと生唾を飲み込んだ。
(つづく)
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