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「毛筆」の教え

選択授業の「毛筆」で使うと言って長男が、何故か私の硯箱の在り処を知ろうとする。

「なんで箱ごと?硯は持って行ってイイとはゆぅたけど、箱はヤだよ」

小学生の時に一括購入した長男の硯はプラスチック製である。
固形墨はほんの数回カタチだけ摩るけど基本的には墨汁を使うので、小学校ではプラスチックのほうが都合がよかった。

しかし高校生ともなればさすがに摩らんわけにはいくまいと、私の硯は貸すとはゆぅた。学校で強制一括購入するその時しか使えない道具。私は一生使える道具に金を払いたいから一括購入じゃなくて自分の足で買いに行って触って試して見て決めろ、とアドバイスしたが本人が「皆と一緒じゃなきゃイヤ」と言うので、その感情を尊重した。

「皆が持ってるから」という理由で私が何かを買い与えることは決してないが「皆と一緒がいい」という選択は尊重する。感情は本人の自由だから。
「皆と一緒じゃなくてもいい」という選択の素晴らしさは、後でいくらでも教えられることだから。

その時々の選択で一括購入を選ぶことに関しては仕方がないとして、私が所有する物品は全て学校用として使ってもよい、という許可は出している。が、私の道具は「古くさくてイヤだ」と言って最初はドコにしまっているかを思い出せない自分の習字道具を探していた高校生時分の長男。

どうもまだまだ見てくれ重視のようなので、ちょっぴり個性を匂わせてこう説いた。

「私の道具はね、使い勝手の良さなのよ。皆が持ってるのと同じヤツがイイって言う年齢はとうに過ぎたろう?カッコだけで使い勝手の悪い道具てのは世の中の経済を回すための道具なだけで、愛着は持てへんで?愛着が持てない道具は使わないから自分に馴染まない。道具、てのは使い勝手を考えて作られてるのが長く使えるホンモノや」

目利きの極意を説かれ、まんまとその気になったようである。

「あの箱は?」
「なんで?箱は自分の使って。私のは持ち運びに適してないから。それにフザけて使って学校で壊して弁償するにもすぐには見つからないと思うし。売ってないから」
「売ってないゆぅて、ウマはこーとるわけやろ?」
「修理が必要な状態の物を骨董屋で買って、自分で使える状態にして使ってるの。だからデタラメに使って壊すのは許さん。弁償出来っこナイから持って行くな。硯箱はダメ」
「だぁ~いじょーぶ・ダイジョーブ!ちゃんと丁寧に使うから~」
「アンタが丁寧に使っても、アンタ以外の丁寧に使わないヤツがいないという保証はない」

これまでどれほどの物品がクラスメイトによって壊されてきたことか。

「…そんなんおらへんで?ウチの高校の生徒はみんな、真面目」
「じゃぁアンタが壊すからヤだ」
「壊さへん・壊さへん。だから貸してって」
「壊さへん自信あるんか?」
「あるあるある」
よかろう。
そこまで言うのであればオマエの1年間の「丁寧に使う」がいかほどか査定してしんぜよう。部品とかぶっ壊したらタダじゃぁおかん。

ひとつ良しとの許可を出したら、タガが外れ次から次にである。

「ウマの文鎮は?」
「文鎮は自分のがあるやろ?」
「ウマのは文鎮も古くさくて使いやすいヤツなんちゃん?」
「いいえ?私の文鎮は最新のヤツでガラスです。そしてアンタは絶対にキライだと思う」
「ガラス???」
「ええ。ガラスに砂吹きかけてアートしてるヤツ。丸くてね、名前が書いてる。お嫌いでしょう?」
「あぁ、アレな」
そう、コレ。

「いらんわ。自分の持って行く」
そうなさい・そうなさい、アンタに貸す気は、毛頭ナイから。

ほとんど私の物で揃えた毛筆セット。

使えねぇ道具よのぅ

自分の道具は物置に鎮座ましましている。

まぁ墨で汚すのは通常範囲内致し方無しとして大目に見るが、水差し壺はもっとキレイに出来るはずだから、お礼にピカピカにして返してくれることを期待する。

蛇腹を壊すなよ、滑りが悪いから。
そんなコトを思いながら、壊した時のために状態チェック。

ちゃんと写真に撮って証拠を残しておかないと、アイツは「最初からこんなんやったってぇ~」て言うに決まってるからな。

指導が必要だな。

「硯の下に懐紙があるからそれを千切って折り曲げて敷く」

「墨で汚れたら懐紙は取り替えること」
ちなみにくぼみは「筆架」です。

ココで使用中の筆を休めれば墨で汚れるということもないと思うので、せぇだい墨摩ってチョーダイ。

私の固形墨のサラをも使って良いかと聞くので、それも使いたくば使えと許可。

「なんやこの派手な柄はっ!これ摩った時にピカピカせぇへん?」
「しません。」
「ホンマにせぇへんのかァ?摩ってみよぉ~っと、ちょっとくらい光るんちゃ~ん?」
勝手に金色に思いを馳せておいでだが、オマエこれまで金色の習字なんて見たコトあるか?なんかちょっとピカピカする墨、見たことねぇだろ?

自分の固形墨は9年使ってこの消費量である。

私の固形墨にまで到達するとは思えんが。

「あのさァ先生がさァ…あの硯アカンみたいなこと言ってた。海も浅いし」
「私の需要は満たしてるから海は浅くても問題ない」
「先生なァ?なんかスゴいひとで、名前を持ってるくらいやねん、ホーショーとかそんな書道の名前?」
「雅号な。書道家てコト?」
「そうちゃう?そんなヒトが言うねんもん、この硯はツルツルやけど墨摩れるか?て」
「その書道家は、どうしてアンタがこの硯を持って来たかの理由を聞いてはくれなかったの?書家の片手間に教師やってると、道具の用途は生徒に聞かんのか?」

雅号まで持っている書道家が、道具の買い替えをすすめるとは思えない。
書道家は私なんかよりよっぽど道具を知っているはずである。
一目で私の道具が高級品ではないことも、使い込まれていることもわかったはずである。用途まで推測することは出来なかっただろうか。

「たまに使う」という状況で不足のない程度で揃えている私の毛筆一式は、弔事の際に使用する。用途は薄墨を摩るためのものである。

薄墨の筆ペンはいくらでも売っているが私は固形墨を摩る。
弔事はいつも突然で、慌ただしい中で時間が過ぎてしまう。
そのひとの死をかみしめることもなく、どんどんと時間が過ぎてしまう。
気持ちを落ち着かせる意味と亡き人の在りし日の姿を思い出す目的があって、時間が無い中でも薄墨を摩る。
私は長男に貸した硯で、亡き人を偲ぶ機会というのを、僅かな時間ではあるが持ってきたつもりである。それは私にとって必要な時間であった。

小学校の時の習字教室を開いていた国語の先生に私は、この「道具の用途の肝」を教わったが、

高校教師をしている書家は、息子に道具の使い道を聞かないのだろうか。
息子が私の道具の用途を聞いて来ないということは、教師に聞かれていないということなのだろうか。

ウチの近所のおいしいトマトが大好きだった親戚のおばちゃんの入院先にトマトを送ったことがある。その時のトマトは不作でいつものような濃い味ではなかったことが残念だった。
「あのおいしいトマトがまた食べたいわ…」と、惜しい気持ちを抱いたままおばちゃんは逝ってしまった。長男のことを「この子はゲラやな~」ゆぅてゲラゲラ笑ってたおばちゃん。そのおばちゃんを偲んで薄墨を磨ったのもこの硯。

甥っ子である長男と二男を可愛がってくれた宝塚のおにぃを偲びながら薄墨を摩ったのもこの硯。子供用の花火セットを黒塗りの高級車で文化住宅まで届けに来た無口なおにぃ。

近しいひとの死は私たちを仏事の度に寂しくさせるけど、思い出があるというのは幸いなことで、故人との思い出を振り返る度に時間をかけて私たちは癒えていくのだと思える。その振り返るための思い出の数々を、悲しい最中にどれほど思い出せるだろう。その時間がどれほど持てるのか。

海が浅くても十分な薄墨が摩れてきた私の硯は、決して高級品ではないけれど、私にとっては大切な思い出の品だし、そのための用途しかない道具である。薄墨を摩っている私の姿を長男は見てきて知っているから、貸すのである。毛筆の授業で長男にどっかのコンクールに入選するような字を書いて欲しいと思って貸すのではない。

薄墨を摩るのにこの硯なら、どのくらいの時間がかかるのかを覚えて欲しいと思う。誰かの死に直面した時にその時間が自分にとって必要か必要でないかを考えるようならいいと思う。そのために貸すのだから。

「硯を買い替えるようにってその書道家は言ぅたんか?あの硯を持ってきた理由は聞かずで?」
「聞いたで?だから『オカンが使ってるヤツです』て答えた。そしたらツルツルしてるけど墨が摩れるかなぁ?てゆってた」
「そしたらその書道家は、硯専用の砥石があるからそれで砥ぎなさいてすすめへんかったか?手入れの仕方を知ってる人間がそれを教えずに買い替えろって言うなら納得いかへんけどな」
「あ・ゆったゆった。砥石がある、て」
「じゃぁ、納得やわ。砥石を買うから砥いで使い。最小限で研いで使いよ?私は研いでいらんねんから」

砥石をかけて鋒鋩の目を立てることで、墨が擦れるようにはなる。
ただ、私の用途は薄墨を磨って故人を偲ぶ時間を持つことなので、ツルツルの硯のままが望ましい。
薄墨を磨るのにこの硯で、10分とかからないのだから。


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