第7回:「天のイエス」をヨハネ4章で味わい尽くす
◆「天のイエス」をハッキリと描写しているヨハネ4章
この連載では、ヨハネの福音書は「天のイエス」を描いた書であることを繰り返し述べて来ました。このことを最も鮮明に書き記しているのがヨハネ4章の冒頭の1~2節です。この冒頭の2つの節が描いているのは「使徒の時代」の「天のイエス」です。
それゆえ、今回はヨハネ4章の「使徒の時代」について書きます。前回の第6回ではヨハネ4章の「旧約の時代」について書きましたから、前回と併せることでヨハネの福音書は「旧約の時代」と「使徒の時代」がDNAの二重らせんのように絡み合っている書であると納得していただけることを願っています。
さて、ヨハネ4章の冒頭の2つの節は次の通りです。
ヨハネ4:1 パリサイ人たちは、イエスがヨハネよりも多くの弟子を作ってバプテスマを授けている、と伝え聞いた。それを知るとイエスは、
2 ──バプテスマを授けていたのはイエスご自身ではなく、弟子たちであったのだが──
この箇所のイエスを「地上のイエス」のことだと思って読むと、非常に戸惑います。なぜならマタイ・マルコ・ルカの福音書にはイエスがバプテスマを授けたことなど、一言も書かれていないからです。もちろん、弟子たちもバプテスマを授けていませんでした。
しかし、「使徒の働き(使徒言行録)」を開くとどうでしょう。五旬節の日にペテロの説教を聞いた人々が、その日だけで三千人もバプテスマを受け(使徒2:41)、その後も爆発的に信徒が増えていく様子が描かれています。
このように、この2つの節が描いているのは五旬節の日以降のエルサレムの教会の成長期のことであると分かるなら、戸惑うことなくスッキリと納得して読むことができます。
五旬節の日に聖霊を受けた弟子たちの内には「天のイエス」がいました。それゆえ、弟子たちがバプテスマを授けた行為はイエスがバプテスマを授けていたのと同じことでした。上記の2つの節は、このような「使徒の時代」の状況を説明しています。
地球を中心とする天動説では、火星や木星などの惑星が見せる「逆行」という不自然な動きを説明するために、「周転円(円の上の小さな円)」を無理やり重ねて複雑な計算を繰り返す必要がありました。しかし、太陽を中心とする地動説に立ち、のちにケプラーが明かした「楕円軌道」を採用したことで、すべての惑星の運行は周転円を必要としない、シンプルで美しい数理の中にスッキリと収まりました。
それと同様に、ヨハネの福音書のイエスは「地上のイエス」ではなく「天のイエス」とするなら、スッキリと説明できます。
◆教会への迫害を憂い、疲れていたイエス
急速に弟子の数を増やして成長した教会ですが、このことにユダヤ人たちは危機感を持ちました。そして、ステパノの殉教をきっかけにして教会への激しい迫害が始まりました。
使徒8:1 その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外はみな、ユダヤとサマリアの諸地方に散らされた。
ヨハネ4章のイエスが「サマリアを通って行かなければならなかった(4:4)」のも、そのためでした。激しい迫害によってエルサレムを追われ、全世界(全方位)へと散らされていった弟子たち。彼らの内には等しく「天のイエス」がいました。
そうしてサマリアへ来たイエスですが、とても疲れていました。
ヨハネ4:6イエスは旅の疲れから、その井戸の傍らに、ただ座っておられた。
疲れていたイエスのことを、前回の第6回では「旧約の時代」のイスラエルの王国の分裂と北王国の不信仰を「天のイエス」が悲しんでいたこととして、説明しました。
と同時に、「天のイエス」は「使徒の時代」の教会への迫害のことも悲しみ、憂えていました。
このようにヨハネの福音書は「旧約の時代」と「使徒の時代」がDNAの二重らせんのように互いに絡み合っています。
◆なぜ弟子たちは舞台から退場したか
この時、弟子たちは町へ出かけていて、この井戸端にはいませんでした。なぜ弟子たちは、ここにいなかったのでしょうか?
ヨハネ4:8 弟子たちは食物を買いに、町へ出かけていた。
それは、ヨハネ4章の弟子たちは、「使徒の時代」の弟子たちだからです。この時のイエスは前節でサマリアの女に「わたしに水を飲ませてください」(ヨハネ4:7)と言っていましたから、「旧約の時代」の預言者エリヤの内にいました(第6回参照)。
「天のイエス」は時空を超えた存在ですから、「旧約の時代」にも「使徒の時代」にも同時に存在することができます。しかし、肉体を持つ弟子たちは「使徒の時代」だけにしか存在できません。それで弟子たちには、いったん舞台から退場してもらった、というわけです。
さらに歴史的な事実を重ねるなら、使徒の働き8:1には「使徒たち以外はみな、ユダヤとサマリアの諸地方に散らされた」とあります。つまり、サマリアへ最初に福音が届いた時、12人の使徒たちはまだエルサレムに留まっており、現場には「不在」でした。この「サマリア伝道の初期に使徒たちがその場にいなかった」という使徒の時代の歴史が、ヨハネ4:8の「食べ物を買いに町へ出ていた(不在だった)」という描写とシンクロしています。
これらのことが分かると、ヨハネの福音書のことを抜群に面白い書として、さらに深く味わえるようになります。
◆一人が種を蒔き、ほかの者が刈り入れたサマリア伝道
さて、「弟子たちが戻って来て」(ヨハネ4:27)、時代はエリヤの「旧約の時代」から、サマリア伝道の「使徒の時代」に再び戻ります。ここでイエスは不思議なことを言います。
ヨハネ4:35 「あなたがたは、『まだ四か月あって、それから刈り入れだ』と言ってはいませんか。しかし、あなたがたに言います。目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています。」
この、一見すると不可解なイエスのことばは、ピリポによるサマリア伝道(使徒8章)と重ねることでスッキリと理解できます。
サマリアで「人々は、ピリポが神の国とイエス・キリストの名について宣べ伝えたことを信じて、男も女もバプテスマを受け」(使徒8:12)ました。それで、これを聞いたエルサレムの使徒たちがペテロとヨハネを遣わすと、サマリア人たちにはまだ聖霊が下っていなかったことが分かりました(使徒8:16)。
そこでペテロとヨハネがサマリア人たちの上に手を置くと、彼らは聖霊を受けました(使徒8:17)。つまり、最初に命がけでサマリアへ下り、福音を宣べ伝えて「労苦した」ピリポが種を蒔き、その知らせを聞いてエルサレムから「遣わされた」使徒ペテロとヨハネが聖霊を授けて刈り入れたのです。ヨハネ4:38でイエスが語った「ほかの者たちが労苦し、あなたがたはその労苦の実に入った」という言葉は、この使徒8章の記述と完璧に一致します。つまり、ピリポが種を蒔き、ペテロとヨハネが刈り入れました。二人がエルサレムからサマリアへ着いた時、サマリア人たちは色づいて、刈り入れるばかりになっていたというわけです。次のイエスのことばは、このことを言ったものです。
ヨハネ4:37 「ですから、『一人が種を蒔き、ほかの者が刈り入れる』ということばはまことです。」
このように、ヨハネの福音書が「天のイエス」を描いた書であることが分かるなら、一見すると不可解なことでも、スッキリと理解できます。
◆聖霊を受けると「天のイエス」の声を直に聞ける
次のサマリア人たちのことばは、極めて重要です。【ヨハネの福音書の中心メッセージ】だと言っても過言ではないでしょう。
ヨハネ4:42 彼らはその女に言った。「もう私たちは、あなたが話したことによって信じているのではありません。自分で聞いて、この方が本当に世の救い主だと分かったのです。」
サマリア人たちはペテロとヨハネが手を置いたことで聖霊を受けました。そうして、聖霊を受けたことで「天のイエス」が内に入り、イエスの声を直に聞くことができるようになりました。イエスを信じる前の彼らは、ただピリポから話を聞いていただけでした。そして、ピリポの話を信じたことで刈り入れるばかりになりました。
21世紀の私たちもまったく同じです。まずは家族や知人からイエスについての話を聞きます。或いは、たまたま近くにあった聖書を手に取ってイエスのことを知ります。最初はぜんぜん信じていないでしょう。でも、とにかく人からイエスについての話を聞くところから始まります。そうして、少し関心を持つなら教会へ行って牧師や司祭からさらに詳しく話を聞くようになります。
こうして、21世紀の私たちもまた人からイエスについて話を聞くことから始まって、段々と色づいていきます。そうして、聖霊を受けるなら「天のイエス」が内に入り、イエスの声を直に聞くことができるようになります。
◆イエスを歓迎したガリラヤ人たち
ヨハネ4:43~45も一見すると不可解です。
ヨハネ4:43 さて、二日後に、イエスはそこを去ってガリラヤに行かれた。
44 イエスご自身、「預言者は自分の故郷では尊ばれない」と証言なさっていた。
45 それで、ガリラヤに入られたとき、ガリラヤの人たちはイエスを歓迎したが、それは、イエスが祭りの間にエルサレムで行ったことを、すべて見ていたからであった。彼らもその祭りに行っていたのである。
なぜ「預言者は自分の故郷では尊ばれない」のに、イエスは故郷のガリラヤで歓迎されたのでしょうか?「それは、イエスが祭りの間にエルサレムで行ったことを、すべて見ていたからであった」(4:45)と説明していますが、マタイ・マルコ・ルカの福音書のイエスがエルサレムに行ったのは1回だけであり、そこで十字架に掛かって死にました。ですから、「地上のイエス」のこととして読むと、どう解釈したら良いか困惑します。
この箇所もまた、「使徒の時代」のこととして読むと、スッキリと理解できます。五旬節(ペンテコステ)の祭り(使徒2:1)のために、世界中から人々がエルサレムへ集まっていましたが、その中にガリラヤの人々もいました。彼らは、聖霊に満たされた弟子たちを通して神の大いなる御業がエルサレムで語られた、あの劇的な出来事を正にその目で「すべて見ていた(ヨハネ4:45)」からこそ、故郷に帰った後も「天のイエス」を大歓迎したのです。
こうして、教会がガリラヤにも築き上げられて行きました。このことを使徒の働きは次のように書いています。
使徒9:31 こうして、教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地にわたり築き上げられて平安を得た。主を恐れ、聖霊に励まされて前進し続け、信者の数が増えていった。
このように弟子たちが町から戻って来て(ヨハネ4:27)からのヨハネ4章の後半は、すべて「使徒の時代」の出来事として理解できます。次の「王室の役人」のエピソードも同様です。
◆「異邦人の救い」という「第二のしるし」
ヨハネ4:46に登場する「王室の役人」は異邦人です。彼の息子は病気で死にかかっていましたが、イエスの「あなたの息子は治ります」ということばを信じて家に帰りました。そうして、彼自身も家の者たちもみなイエスを信じました(ヨハネ4:53)。
この王室の役人がイエスを信じたエピソードは、ペテロの伝道によって異邦人のコルネリウスとその家族・知人たちが聖霊を受けた記事(使徒10章)と重なります。
使徒10:44 ペテロがなおもこれらのことを話し続けていると、みことばを聞いていたすべての人々に、聖霊が下った。
異邦人にも聖霊の賜物が注がれたことに人々は驚きました(使徒10:45)。救いの恩恵はユダヤ人にしかもたらされないと、固く信じられていたからです。ユダヤ人以外でもイエスを信じさえすれば救われる、これは正に時代を画する画期的な出来事でした。それゆえ、ヨハネの福音書はこのことを「第二のしるし」(ヨハネ4:54)と称しました。
「最初のしるし」はガリラヤ人たちがイエスを信じたこと(ヨハネ2:11)でした。ガリラヤ人はユダヤ人です。次にエルサレムのユダヤ人たちがイエスを信じ(ヨハネ2:23)、今回見たようにサマリア人たちもイエスを信じました(ヨハネ4:39)。サマリア人もユダヤ人の血が混じっていますから、ユダヤ人のグループに入るということでしょう。
ヨハネの福音書に秘められた「使徒の時代」のタイムラインは、「使徒の働き(使徒言行録)」が記録した、聖霊による救いが世界へと拡大していく以下の順番を、忠実に辿っています。
ガリラヤ人が信じる (ヨハネ2:11 ➔ 使徒2章のガリラヤ人たち)
ユダヤ人が信じる (ヨハネ2:23 ➔ 使徒2章後半〜7章のエルサレム教会)
サマリア人が信じる (ヨハネ4:39 ➔ 使徒8章のサマリア伝道)
異邦人(王室の役人)が信じる (ヨハネ4:53 ➔ 使徒10章コルネリウスの救い)
ヨハネがわざわざサマリアの女のエピソードの後に、王室の役人の息子の癒やしを配置し、それを「第二のしるし」と呼んだのは、そのためです。
◆「イエスを信じた」=「聖霊を受けた」
第7回を閉じる前に、もう一つ重要なポイントを指摘しておきたいと思います。
この連載で繰り返し強調しているように、ヨハネの福音書は「天のイエス」を描いています。しかし、表面上はあくまでも「地上のイエス」であるかのような書き方をしています(それゆえに「天のイエス」が見えづらくなっています)。そのため、「地上のイエス」の時代にはまだ聖霊が注がれていなかったので、「イエスを信じた」(ヨハネ2:11、2:23、4:39、4:53)という書き方をしています。
つまり、「イエスを信じた」=「聖霊を受けた」という方程式がヨハネの福音書には存在します。【イエスを信じれば聖霊を受ける】。この極めて重要な事実がヨハネの福音書には秘かに仕込まれています。このことをしっかりと心の奥深くに刻み込み、これからも時空を超えた「天のイエス」の働きを、共に深く味わい尽くしていきましょう。
(※仕事と家族の介護で多忙なため、コメントへの返信は行いません。大変申し訳ありませんが、あらかじめご了承ください。よろしくお願い致します。)
