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還暦から始める、人間関係の整理術

還暦を過ぎて、ふと気づいたことがあります。
人生を軽やかに生きるには、物よりもまず「人間関係」を整えることが大切だということ。
これは、心の終活の始まりかもしれません。

自分にとって不要な関係を見定め、それぞれの関わり方を変えて、徐々に断ち切っていくことで、今後の人生の精神的負担は激減し、人生の終盤は心穏やかな時間を過ごせるのではないでしょうか。

そう、人間関係の断捨離こそ、まずしなければならない終活なのです。

ストレスを感じたら考えよう

「この人といるとモヤッとする」
「上辺だけのお付き合いはもうイヤ」
「なんか私、振り回されてるかも」

人とのお付き合いの中で、ふと思う時はありませんか?
それは不要な関係であるという大きなサインです。
そういう思いが過った時こそ、断捨離すべき交友関係なのです。
無理して付き合うことは「無駄」以外の何ものでもなく、時間的にも精神的にも自分にとっては負担にしかなりません。

人間関係を断捨離する際に気を付けるべき注意点を、段階ごとにまとめてみました。

1,自分を客観視してみる

~私は何にストレスを感じているのだろう?~
まずは他人との関係で感じているストレスの原因を、なるべく俯瞰して見つめ直してみましょう。

不快になった理由や自分が被った不利益など、自分がいったい何に不快感を覚えているのかを冷静に考えてみることが大事です。
ただその際、自分の言動も思い出して、誤解を招いていないかも念頭に置いてみましょう。

2,関わり方を変えてみる

突然あからさまに態度を急変させるのは、もちろんNG。
ここで極端な反応を取るのは、あまりにも節度に欠けます。
あくまでも自然に離れて距離を取るのが理想であり、いわゆるフェードアウトに持っていくのがベストです。

同時に、自分の考え方や自己主張もさりげなく、適切に伝えることも大切です。きっちりNOと言えるようにもしましょう。

要するに、正面からぶつかるのではなく、しっかり意思表示をしつつ距離を取るのが肝要です。

3,人間関係を断捨離する

しっかりした意思表示は、自然と自分にとって必要な人と不要な人とを明確にしてくれます。
その上で、気持ちよくお付き合いできる人とのみ関係を維持すべきではないでしょうか。

還暦からは、義理や利害関係でのお付き合いは思い切って断捨離してしまうのが得策です。

4,自分の今後を考える

罪悪感に囚われることは不要です。
ただし、相手への配慮を忘れず、常に傷つけないような心配りは必要です。

これらはあくまでも人それぞれの方法があり、「正解」はないため、くれぐれもマイペースで実行しましょう。
すべては今後の自分に向けて必要なことであり、たとえ思い通りの結果にならなかった場合は、それこそ断捨離すべき人だったと言えるのかもしれません。

たとえ完璧にできなくても、60代だからこそ、それまでの人生で得た経験で、必ずうまく対応できるはずです。

5,人間関係の整理で自分を再発見

人間関係を自分なりに取捨選択してみると、それまでの自分がいかに「義理」や「利害」に囚われた、空しいものだったかに気づくことができます。

しっかり振りかえってみると、学生時代、会社勤めの現役時代、子育て時代など、どんな人にも人生を区切る時代が存在し、それらが、自分にどう影響して何を与え、恵んでくれたかが、しっかり見えてきます。

たとえば、複数人で出かけても興味の方向にばらつきがあり、一緒に行動しても「孤独」を感じ、何のために同行しているのかがわからなくなり、
~独りで行動した方がマシ~
そう思うこともしばしばあったります。

同行するなら、せめて同じことで共感できる人と行きたいと思うものです。

単純に頭に過ったことを、あらゆる雑念を捨てて実行してみると、すべての答えは「自分自身」であることに気づくはずです。

「還暦」とは干支(十干十二支じっかんじゅうにし)の60の周期を一巡し、生まれ年の干支に戻ること。また一から干支が再スタートするので、生まれ変われる絶好のチャンスです。

その後の人生は新たなもので、天が与えてくれた「おまけの人生」だという気持ちで臨むべきなのです。

人間関係の断捨離を実行すると、自分を再発見できて、新たな未来が広がります。

変化した私の人間関係

さて、私はというと、還暦を4年過ぎた今年から本格的に人間関係を整理し始めました。
結論から言うと、半世紀近くも続く旧友とは、心穏やかにお付き合いできると再認識しています。

もちろんお互いに違う世界にいながらも、それぞれが歩み寄ろうという姿勢が生まれるのも旧友ならではです。

その旧友のひとり、ペコちゃんはアマチュアバンドのボーカルとして毎年ライブを恒例開催していて、今年も鑑賞してきました。

事情があって動画は一般公開できません。
写真のみを掲載します。

いつもは歌い出しを間違えたり、自虐的なトークで笑わせてくれるのですが、今回は違いました。

竹内まりやの「人生の扉」を歌った時、自らの人生を重ね合わせたのでしょう。途中で涙声になったのです。
それでも最後まで歌い切りましたが、思わず私ももらい泣きしてしまいました。
歌詞がまた、いい。
人生を振り返らずにはいられないもので、聴いているだけで走馬灯のようにさまざまなシーンが浮かんできました。

人生は良いことと悪いことの繰り返し。山があれば谷もある。
それぞれの人生を思い出しながら、感無量の思いがこみ上げて目頭が熱くなりました。

今まで涙とは無縁のペコちゃんのライブだっただけに、意外なところで深く感動し、とても満たされた気持ちになりました。

ペコちゃんは今年、私と共に東大寺の友の会に入ってくれました。
これは完全に私に歩み寄ってくれた結果です。

かろうじて御朱印は集めているものの、特定の寺院の友の会に入るタイプではなかったはず。
しかし、ペコちゃんなりに今年は新しい世界に“私”というフィルターを通して挑んでくれたのです。

共感者であることの素晴らしさ

新しい世界に一歩踏み出すことは、知的好奇心をさらに向上させます。

私にとっても、自分の趣味に関して共感者が増えることはもちろん大歓迎です。
共感者といえば、たとえば仏像や芸術鑑賞に関してはつきふねさん。

歴史や舞楽鑑賞では岡埜さん。

このnoteで知り合って、リアルに活動を共にしてくれている友ができたのは大きな収穫です。
マニアックな興味であればあるほど、日常で出会える確率は低いのですが、ネットを通じたnoteだからこその出会いであり、希少な友人だと思っています。

すでに何度か行動を共にしていますが、やはり同じ興味を持つ者同士は、簡単に話が通じ、感動の度合いも似通っています。
お互いの知識を交換し合うことで、プラスになる人間関係を日々培っているのです。

昨年までは子育て中に知り合った人たちを主体に活動していましたが、気づけば、今年は完全に自分と共通の感覚や趣味を持つ人たちとの活動に変わっています。

毎回、お互いに気を使うことなく自分の「好き」を探求できるのは、なかなかありそうでない貴重な関係です。
だからこそ、今後も長くお付き合いできればいいなと願っています。

人の噂話ばかりではなく
有意義な会話が大事

せっかく会ったのに、人の悪口や不平不満ばかりを一方的にぶつけられては辟易してしまいます。
そういうタイプは、聞いてもらえれば誰でもよく、私をストレス発散に使っていることがよくわかります。

悪口を吐いた方はスッキリするかもしれませんが、延々と聞かされた方はほとんど内容は残っていないどころか、無駄な時間を費やしたことに後悔すら湧きます。これは、相手が興味を示さない話も同様です。

会話とは、向かい合って話し合うこと。また、その話のやりとり。
言ってみれば、話し合うこともやりとりもできていない状態は「会話」とは言えないのです。

せめて会話が成立する人と関係を続けるべきであり、ましてや還暦を過ぎてしまえば、無駄な時間は少しも過ごしたくありません。
人生の終盤こそ、無理しない充実した毎日を送りたいものです。

そのためには、自分の中でちょっとした心構えを持ち、自分に正直に選択することが不可欠です。
人間関係の断捨離も、必要な「終活」のひとつだと認識しましょう。



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