歌麿か写楽か?唐丸の正体と一橋治済の陰謀
1月にこんな記事を書きました。
この時は、のちの写楽こそが唐丸ではないかと思っていたのですが、青本の挿絵に著名絵師の作風を模倣して描き分けている「北川豊章」という絵師に蔦重(横浜流星)が気付いたシーンでハッとなりました。
北川豊章とはまさしく喜多川歌麿の初期の雅号です。
さらに予告を見る限りでは、にわかに唐丸の正体が歌麿という事が濃厚になってきました。
あれ?てっきり写楽だと思っていたのに、また意外な展開を用意しているのかもしれません。
ますます先が気になりますね。
隙間を狙うビジネス上手な蔦重

そもそも、唐丸が消息不明になった時点で、のちの歌麿・写楽・北斎のいずれかの絵師に違いないと踏んでいて、そのうち最も不明な「写楽」だと思い込んでいました。
ところが、どうもそういう単純な展開には進まないようです。
上記記事でも触れていますが、唐丸が写楽だとすればたった10ヶ月でまた消息不明という事になり、また悲しい結末なら嫌だなと思っていましたが、確かに歌麿なら深く蔦重に関わってきます。
写楽は実在しない?!
写楽も不明なら、歌麿の生年も不明です。
ただ没年が文化3年(1806)9月20日(旧暦)だと分っているので、そこから逆算して宝暦3年(1753)だと推定されています。
そして写楽は上記記事からその正体が能役者の斎藤十郎兵衛だとすれば宝暦13年(1763)、葛飾北斎は宝暦10年(1760年)。
これらを考慮すると、べらぼうの初回、蔦重と唐丸が出会った火事の時点で
彼らの年齢は、以下の通りになります。
・蔦重----22歳
・喜多川歌麿ー19歳
・葛飾北斎ー-12歳
・東洲斎写楽ー9歳
年齢だけを見るとやっぱり写楽が一番もっともらしいのですが、考えてみたら歌麿の年齢も不確かなものなので、単純には考えれないのです。
NHKの記事で脚本家・森下さんの気になる言葉を見つけました。
写楽は誰なのかより、なぜ蔦重は売れない写楽画を出し続けたのか
この一文で思ったのは、
もしかして写楽という絵師は実在しなかったのか??
という事です。
不明だからいくらでも創作できる
うつせみ(小野花梨)と駆け落ちした新之助(井之脇海)との何気ない会話からでも、新たな本のアイデアとその販路を見出すほどの蔦重です。
初めから存在しない絵師を仕立て上げる事も出来たのではないか?
今でこそ写楽は賞賛されていますが、当時は人々に受け入れられなかった絵師にもかかわらず、なぜ特別扱いし続けたのか。
そこはさすがに観てみないとわからないですが、今までの蔦重のビジネス手腕も、唐丸の存在も、歌麿の事も、そして登場した全ての絵師も、すべてが伏線になっていて、写楽の事は大きな目玉であることは間違いありませんが、今私の頭に浮かんだ予想は、
~写楽自体が蔦重プロデュースによる仮想絵師~
もっとも、仮想絵師を売り出すことになった経緯も大きな見どころで、興味はますます大きくなりました。
不明な部分と部分を上手くつなぎ合わせて、もっともらしい真実に仕立て上げるのが大河の面白さです。
今回のべらぼうもかなり面白い展開が予想されますね。
今後の黒幕も全て一橋治済か

不気味に人形を操る
さて、同時進行で描かれる幕閣側の動向ですが、一橋治済役の生田斗真さんの怪演ぶりが意味深です。
事あるごとに人形を操る様子が描かれ、それは紛れもなく自分が幕閣を陰で牛耳っている事を暗示しています。
10代・家治(眞島秀和)の嫡男で、次期将軍の家基(奥智哉)、
白眉毛こと老中筆頭・松平武元(石坂浩二)、
不幸な天才・平賀源内(安田顕)、
彼らの死に深く関わっている事を示唆した描かれ方です。
特に白眉毛の松平武元が生前、意次とは反目しながらも「真の外道」の存在を見抜いていましたが、それが視聴者の私たちに治済だと解るように描写されていました。
そもそも、田安賢丸(寺田心)を白河藩へと養子にと勧めたのも、表向きは意次の意向のようでしたが、この治済も前のめりで喜んでいたのを見ると、この時も意次の立場を利用したと見てよいでしょう。
史実に沿って物語は進んではいますが、以前も触れましたが、養子縁組により一橋・田安・清水の御三卿の全てが一橋の血統になり、さらには将軍家乗っ取りのための治済の暗躍だとされています。
今後も暗躍は続く?
ネタバレにはなりますが、史実なので書かせていただきますが、意次の息子、田沼意知(宮沢氷魚)も暗殺されてしまいます。
犯人は佐野政言で徳川譜代・佐野備後守家の分家の者です。
このあたり、下っ端の徳川家臣をどう操るのか、その経緯も見ものですね。
そして現、将軍・家治(眞島秀和)の急死。
こちらもかなり怪しい。
治済の最終目的が「将軍家の乗っ取り」にあるとするなら、殺害された者たちは、彼にとっては不利に動く目障りなハエたちに該当する面々です。
8代将軍吉宗の施策が裏目に?
ちょっと前に、ちらりと田沼意次(渡辺謙)が言った「御三卿などいらない」というセリフを憶えていますか?
御三卿は独立した大名でもなければ、家臣も持たず、吉宗の血筋を絶やさないために作られた家々で、そのために幕府が養っているため、財政を圧迫していました。
合理的な意次は、一橋を含めた御三卿の存在自体を不要だと考えるのも当然の事で、いっそのことこの時に画策してしっかり潰しておけばよかったのではないか?
そのままだったせいで、意次も利用されるだけされて、結局は失脚させられ、長男まで失う羽目になるのですから、意次も甘い。
陰の大御所として
治済は8代・吉宗の孫としての特権を生かして、着々と地固めをしていきます。
男28人、女27人、計55人というとんでもな子作り名人子だくさんで、次々と各所に送り込み、自らの血筋による盤石な体制を完成させてゆくのです。
極めつけは家斉を次期将軍として徳川宗家へ送り込んだことでしょう。
国政の実権を全て握り、権力を欲しいままにして幕政を自在に操ることが可能となり、結果的に徳川宗家を乗っ取ることになるのです。
これらの事件でいったい誰が得をするのかと考えれば、彼しかいません。
これから約90年後、水戸藩から一橋家へと入った慶喜が最後の将軍として大政奉還をし、徳川幕府に幕引きしたことを思えば、歴史は皮肉なものだと感慨深く思わざるを得ません。
妄想をカタチにしてくれる大河ドラマ

歴史好きにとって、あらゆる状況から妄想することに大きな意義があります。
お偉い歴史家の先生方は史実からしか判断しない事でも、私たちには自由に妄想できる気楽さがあり、当時の背景や人物の性格、人との関わり方から発想して、史実を推理することは至福の時間でもあります。
そんな時間を与えてくれるのが大河ドラマです。
史実として遺されていないのなら、どんなにあり得ない展開であっても、誰も当時の真実を実際に見ていないのですから、可能性はゼロではありません。
逆にあらゆる可能性があるわけで、その裏事情を辻褄の合うように重ね合わせ、張り合わせてストーリーを仕上げる手腕は見事だと思います。
今回も不明な部分に存分に想像を働かせた森下さんの創作話が楽しみで仕方がありません。
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