ガウディ展で感じた自然界の究極のバランスと美
※撮影は基本的にほぼOKでした。
今回は、note初登場のSちゃんとお出かけです。
以前から、”美術館”へ行こうと言いながら実現できておらず、たまにランチには行っていたものの、お互いの趣味を追求したお出かけは初めてです。
グラングリーン大阪内の「VS.」ー昨年坂本龍一展を鑑賞した会場ーで開催されている体験型の「ガウディ展」へ行ってきました。
いきなり"見仏"はニッチすぎるし、これなら万博のような展示だろうと見当をつけてのチョイスでした。
狙い通り、まさに「万博のガウディ館」という感じで、むしろそれ以上に充実したものでした。
何世代も引き継がれた祈りと献身
世界一、建設期間の長いサグラダ・ファミリア。
ガウディ本人だけではなく、多くの人々の想いが何世代にもわたって受け継がれてきたこと自体が奇跡的です。
なぜこのような奇跡が起きたのか。
それは「信仰心」からくる献身としか言いようがありません。
それは、これほど大きなプロジェクトでありながら公的資金に頼らず、「入場料」と人々の「寄付金」によって賄われているからです。
人々の想いと献身があればこそ、この教会「サグラダ・ファミリア」の完成を夢見て、今もなお大切に引き継がれているのです。
そこまで人々の想いを集める作品を遺したガウディ。
彼に強く惹かれる理由は、ここにあります。
発想は”生きた有機体”

ガウディは自然界の法則に沿い、建築を生命体として設計しました。
数々の「こだわり」が自然と呼応するように構成され、自然界の模倣を試みています。
人工物でありながら、自然の産物として表現する建築をガウディは目指したのです。
サグラダ・ファミリアは
着工から140年以上!
近年、テレビでも「サグラダ・ファミリア」の特集をよく目にしますが、見るたびに細部まで徹底的に計算されていることに驚かされます。
光や風、そして森林の空気まで感じられるようなデザインには、思わずため息が出るほどです。
私はまだ現地を訪れたことはありませんが、実際に見ればどれほどの感動なのでしょう。
1882年の着工からすでに140年以上。
設計者である建築家アントニ・ガウディが亡くなって、その後約100年にわたり建設はなお続いています。
今年2026年にやっとメインタワーの「イエス・キリストの塔」が完成であり、全体の完成は2035年ごろとされています。

ぐるぐると何週したか(笑)
自然の曲線「フニクラ構造」
ガウディ建築の大きな特徴のひとつが「フニクラ構造」。
理想的な曲線構造を導き出すための「逆さ吊り実験」によって生まれました。
糸に重りをつけて吊るした時、重力に従って自然にできる曲線。
その形こそが最も合理的で美しいと考えたのです。
ネックレスをイメージするとわかりやすいでしょう。
自然に逆らわない形の美、これが一貫してガウディ建築の神髄となりました。

写真を撮り忘れたため自作しました💦
当たり前すぎて見過ごしてしまう現象に価値を見出す。
その視点にこそ、彼の天才性があると感じました。
確かに「サグラダ・ファミリア」も自然が描く放物線の集合体です。
私たちも会場でフニクラに挑戦して、建築デザインをカタチにしてみました。

人工物なのに有機体
内部の柱は大樹のように枝分かれして建物を支え、ステンドグラスは木漏れ日のように光を取り込み、その光は時間の移ろいを空間に映し出します。
青から黄、そしてオレンジ色へと自然の変化をそのまま取り込む仕掛けを含め、サグラダ・ファミリアはまさに「生きている建築」なのです。
当初、「フニクラ」はあくまでも構造的な実験でしたが、傾斜した柱、不規則な石材などのあらゆる異素材が呼応し合い、自然界を成立させることで彼の理想建築は確立されました。

直線はほとんど存在せず、曲線が支配する空間。
眺めていると、建物自体が呼吸しているように錯覚してしまうほどです。

筆跡心理学で見るガウディの人格と精神

展示で興味深かったのは、筆跡心理学による分析です。
筆跡の圧力やリズム、形から思考の特徴を読み解く試みでした。

装飾=建築
その中には彼の持つ元々の人格や精神が見えてくるといいます。
その結果、建築家としてのガウディは先入観にとらわれず、本質を徹底的に探究するタイプ。
さらに印象的だったのは「装飾=建築」という考え方です。
装飾は単なる飾りではなく、建築の一部であり、機能と構造に結びついていなければ意味を持たない。そうした思想が彼にはありました。
いくら素晴らしい装飾であっても、建物全体に関連していなければ、それらは”無用の産物”だという思想です。
「労働の価値」今と昔
機械化が進んだ現代では、材料は安価になり、効率的な建築が可能になりました。
しかしその一方で、素材と構造が分離し、「空虚な意匠」が生まれるようになったとガウディは批判しています。
つまり、材料と建築はお互いに相乗効果を生まなければいけない。
かつては、石工の技術や人力によって、装飾と構造が一体となった建築が生まれていました。
しかし、"便利さと引き換えに失われたものがある"という指摘が印象に残りました。
装飾は時代の色を持つ
ガウディは「光」もまた設計要素として捉えていました。
位置・角度・色・時間の変化の全てが空間を構成すると言うのです。
そもそも自然界には単調なものは存在せず、すべてが対比しながら成り立っています。
だからこそ建築もまた、色を持つべきだという思想には納得できるものがあり、それこそが徹底した「本質の追及」でした。
ガウディの最期
1926年、ガウディは路面電車に轢かれ、3日後に亡くなります。
痩せこけた上、身なりが粗末だったため、当初は浮浪者扱いされ、身元がわからなかったといいます。
希代の名建築家としては、あまりにもあっけない最期でした。
余談1-サポートというより介護

最後に壁一面に描かれたサグラダ・ファミリアのイラストに、来場者がそれぞれ小さな紙片に自由に絵を描いて貼るという参加型のアートパネルがあり、なんと私は裏面のシールの台紙に描いてしまうというミスをやらかしました。
Sちゃんに指摘されて気づき、再チャレンジの段取りまでしてもらう始末で、あれはサポートというより、もはや“介護”でした(笑)。
余談2-10分しゃべって3秒
ランチへ向かう途中、街頭インタビューを受けました。
この辺り「うめきた」に木々を植樹して「うめきたの森」ができるらしく、その意見を聞かれました。
10分ほど話したものの、実際のオンエアではほんの数秒だったことに愕然としました。
あれだけ喋って、1分どころか3秒あるかないか…「そんなもんかー」と笑い合いながら、充実した一日を締めくくりました。
展示内容を【1分18秒】のショート動画にまとめました
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展覧会最後のプロモーション動画、確か10分以上はありましたが、
【3分44秒】にまとめました。↓↓↓
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