EV時代でもエンジンオイルが世界を動かす 世界自動車朝刊2026年8月17日
今日の結論
最大のテーマは、自動車産業が「完成車を作るための部品」だけでなく、そのさらに下にある基礎素材の供給制約に再び直面していること。
中東情勢を起点とする高品質ベースオイル不足で、Volkswagen、Stellantis、Toyotaなどがエンジンオイルの配合そのものを変更し始めた。Group IIIベースオイル価格は戦争前の約3倍に上昇し、代替調達先にも余裕がない。(フィナンシャル・タイムズ)
一方イギリスでは、AESCがサンダーランド電池工場の増産を延期した。Nissan向け需要が想定を下回り、JLRとの供給契約もまとまっていない。前号で取り上げたZEV義務緩和検討が、早くも電池産業の設備投資問題と一本につながって見える。(ガーディアン)
アメリカではFordとGMが、保護主義への対応で共同歩調を取りながら、その裏では「どちらがよりアメリカ企業なのか」を巡り衝突している。関税政策が外国メーカー対アメリカメーカーという単純な対立ではなく、国内メーカー同士の調達戦略まで分断し始めた。(The Wall Street Journal)
週末3材料をつなぐキーワードは、「供給網を持っているだけでは足りない。どんな供給網を持つかが企業戦略になる」。
1. エンジンオイル危機、Volkswagen・Stellantis・Toyotaが配合変更へ
Financial Timesは8月16日、Volkswagen、Stellantis、Toyotaなど世界の主要自動車メーカーが、深刻化するエンジンオイル不足を回避するため、別配合の潤滑油や新たな調達先を採用し始めたと報じた。(フィナンシャル・タイムズ)
不足しているのは原油そのものではない。
問題になっているのは、近年の低粘度・高性能エンジンオイルに不可欠なGroup IIIベースオイルである。
3月にイランのミサイル攻撃を受けたカタールのShellガス・ツー・リキッド施設など、中東の供給網が混乱したことで、アメリカやヨーロッパが依存してきた高品質ベースオイルの供給が急減した。Group IIIベースオイル価格は現在、ヨーロッパとアメリカで1トン約4,000ドルと、戦争前の約3倍に上昇している。(フィナンシャル・タイムズ)
これまではメーカーや潤滑油企業が在庫でしのいできた。しかし、その在庫が尽き始めた。
Stellantisは再配合した潤滑油を評価し、業界標準を満たす代替品を確保。Volkswagenも必要量を確保しながら追加調達先を検証している。Toyotaも影響を認めつつ代替供給を確保した。(フィナンシャル・タイムズ)
日本ではすでに6月以降、一部Suzuki販売店でオイル交換が遅延している。大阪のタクシー会社ではベースオイル価格が倍になり、運賃値上げにまで波及したという。(フィナンシャル・タイムズ)
ここで重要なのは、これが単なるアフターサービス用品不足ではないことである。
自動車業界は近年、半導体・電池・リチウム・ニッケル・希土類といった「戦略物資」の供給網に注意を集中してきた。
ところが今回問題になったのは、昔から存在するエンジンオイルの原材料だった。
しかも現在の高効率エンジンほど指定オイルの性能条件が厳しく、別の商品を簡単に代用できない。
これは自動車産業のサプライチェーンリスクが、半導体や電池だけではなく、規格認証された化学材料まで広がっていることを示す。
さらに興味深いのは、BEVが普及した世界でも、世界の保有車両の大部分は依然としてICEVやHEVであることだ。
エンジンオイル不足は「古い自動車産業の問題」ではない。HEVを含め巨大な既存車両市場の維持コストに直結する問題である。
2. AESC、イギリス最大の電池工場で増産延期――EV需要予測が設備投資へ直撃
中国系電池メーカーAESCは、イギリス・サンダーランドにある同国最大級のEV電池工場について、増産計画を延期した。
理由は二つある。
一つは、隣接するNissanサンダーランド工場からの電池需要が当初想定を下回っていること。
もう一つは、新たな大口顧客として期待していたJLRとの電池供給交渉がまとまっていないことである。(ガーディアン)
現在は2本の生産ラインが稼働しているが、JLR向けに予定していた3本目の設備導入を見送った。Nissan向けにさらに2ラインを増設する長期構想自体は残っているものの、立ち上げ時期は後ろ倒しになっている。(ガーディアン)
AESCはかつて年間38GWhまで拡張する構想を示していたが、現在の目標は15.8GWh。約30万台分のEVに相当する。(ガーディアン)
このニュースは、前号のイギリスZEV義務見直しと非常に相性が悪い。
政府がEV販売義務を緩和すれば、完成車メーカーは短期的には助かる。
しかし同じ政策変更は、「将来これだけのEVが売れる」という前提で先行投資した電池メーカーにとって需要予測の引き下げを意味する。
ここにEV産業政策の難しさがある。
完成車メーカーに急速なBEV移行を要求すれば収益を圧迫する。しかし規制を緩めれば、今度は電池工場や関連サプライヤーの投資採算が悪化する。
しかもAESCだけではない。ヨーロッパではNorthvoltが破綻し、Stellantis・Mercedes-Benz・TotalEnergies系ACCも複数の工場計画を中止、SVoltもドイツ工場計画から撤退している。(ガーディアン)
つまりヨーロッパのEV政策は、EVを何%売らせるかだけではなく、その需要を前提に形成された電池産業をどう維持するかという第二段階へ入っている。
なおAESCのフランス工場はRenault 5の好調な需要を背景に順調とされる。つまり「ヨーロッパでEV電池が売れない」のではなく、売れる車種と売れない車種の差が工場稼働率へ直接反映され始めたと見るべきだろう。(ガーディアン)
3. Ford対GM、「どちらがよりアメリカ企業か」――保護主義が国内メーカーも分断
FordとGMは、USMCAや関税政策を巡って表向き共同で政府へ働きかけている。しかしWall Street Journalは週末、両社がその裏側で、どちらがアメリカ経済へより貢献しているかを競い、相手企業に不利な関税・産業政策を求めていると報じた。(The Wall Street Journal)
Fordは、アメリカ国内で販売する車両の約80%を国内生産していることや、時間給労働者の雇用規模を強調する。
一方でGMは、Fordが中国CATLの技術を利用していることを問題視する。Fordはミシガン州でCATLのLFP技術をライセンス利用する電池工場を建設しているためだ。(The Wall Street Journal)
逆にFord側は、GMが韓国から年間40万台以上を輸入していることに着目し、韓国製自動車への関税引き上げを求める。
つまり、Fordにとって都合のよい「アメリカ製」の定義と、GMにとって都合のよい「アメリカ製」の定義が違う。
これは先週取り上げてきたUSMCA問題の続報だが、新規性は保護主義によってDetroit 3が一枚岩になるのではなく、むしろ企業ごとのサプライチェーンの違いが対立材料になっている点にある。(The Wall Street Journal)
完成車の最終組立だけを見るならFordが有利。電池技術の中国依存まで見るならGMがFordを攻撃できる。輸入完成車を見るならFordはGMの韓国調達を問題にできる。アルミニウムを見れば、また別の利害関係になる。
したがって今後のアメリカ自動車政策では、「国内メーカー対海外メーカー」という分類だけでは状況を説明できなくなる。
一台の自動車に含まれる原材料、電池技術、ソフトウェア、部品、生産地をどこまで「国内」とみなすかによって、同じアメリカ企業でも利害がまったく異なる。
今日の小さな変化
週末には、中国からの自動車輸出増加によって自動車専用船の輸送能力が逼迫しているとの報道も出た。中国メーカーの輸出台数増加に対して専用船の供給が追いつかず、通常のコンテナを利用して完成車を輸送するケースまで増えている。BYDのように自ら自動車運搬船を保有するメーカーもある。(The Wall Street Journal)
ただし、中国国内販売減と輸出急増については先週すでに複数回取り上げているため、今日は主軸にはしない。
注目点だけ挙げるなら、過剰生産能力の輸出が増えれば、最終的には港湾・船舶という物流能力まで自動車メーカーの競争力になるということだ。
輸出市場を開拓しても、車を運べなければ販売できない。
今日の読み筋
8月17日版のキーワードは、「サプライチェーンの解像度が一段深くなる」である。
これまで自動車メーカーがサプライチェーンを語る時、注目されたのは半導体や電池だった。
しかし今回不足したのはエンジンオイルの原料。
AESCで問題になったのは電池技術ではなく、工場を稼働させるだけの確実な需要。
FordとGMの争いで問題になっているのは、自動車の国籍ではなく、部品・技術・原材料をどこまで国産と定義するか。
中国車輸出では、完成車の競争力だけではなく船舶まで不足し始める。
つまり自動車産業では、「良い車を作れるか」から、「その車を継続して作り、維持し、運び、政策上も正当化できる供給網を持っているか」へ競争範囲が広がっている。
特にMotor Oil問題は象徴的だ。
EV時代だから石油由来製品の重要性が一方向に低下する、という単純な構図ではない。世界には巨大なICEV・HEV保有台数があり、それらを維持するための化学材料まで地政学の影響を受ける。
一方でEV側でも、AESCの事例が示すように、巨額設備を先行投資すれば、需要予測や政策変更一つで工場稼働率が変わる。
ICEV側にも供給網リスクがあり、EV側にも設備稼働率リスクがある。8月17日版は、その両方が同じ週末に見えた点が重要だ。 (フィナンシャル・タイムズ)
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