[WAIC2026]公式:物理AIでの知能の創発の実現の仕方は?
2026年7月19日、世界人工知能大会(WAIC)の主要フォーラムとして、「智啓具身論壇(Embodied Intelligence Forum)」が開催された。テーマは「Physical AI(物理世界AI)はいかにして知能の創発(Emergence)を実現するのか」。大規模言語モデルがデジタル空間で飛躍的な進化を遂げた現在、AI開発の焦点は、ロボットが現実世界を認識し、理解し、自律的に行動する「物理世界」へと移り始めている。
本フォーラムには、中国の智元(AgiBot)や觅蜂科技(Megaforce)のほか、米Physical Intelligence、Genesis AI、Dyna Robotics、Tencent Robotics X、清華大学、ジョージア工科大学など、世界の研究者・企業が集結した。議論を通じて浮かび上がったのは、「ロボット版ChatGPT」の実現は単なるモデル性能ではなく、データ、世界モデル、シミュレーション、実機、継続学習を統合した"進化の飛び輪(Flywheel=フライホイール)"が鍵になるという共通認識だった。
フォーラム速報|「ロボット版ChatGPT」はいつ訪れるのか 世界の研究者が語るPhysical AIの現在地
2026年7月19日、世界人工知能大会(WAIC)の主要フォーラムとして、「智啓具身論壇2026(Embodied Intelligence Forum 2026)」が開催された。
テーマは「物理AI(Physical AI)の知能創発(Intelligence Emergence)を迎える」。大規模言語モデル(LLM)が言語や数学、プログラミングといったデジタル世界で飛躍的な進化を遂げた今、AI開発の次なる焦点は、ロボットが現実世界を認識し、理解し、自律的に行動する「物理世界」へ移りつつある。
本フォーラムには、智元(AgiBot)、觅蜂科技(Megaforce)のほか、清華大学、米ジョージア工科大学(Georgia Institute of Technology)、Physical Intelligence、Genesis AI、Dyna Robotics、Sunday Robotics、Tencent Robotics Xなど、中国と米国を中心とした大学や研究機関、ロボット企業の研究者が集結した。
議論の中心となったのは、「Physical AIはScaling Law(スケーリング則)の『物理の壁』をどのように乗り越え、ロボット版ChatGPTとも言える知能の創発を実現するのか」というテーマだった。
「モデル」と「データ」の飛び輪が、Physical AIを進化させる
フォーラム冒頭では、智元(AgiBot)共同創業者・上級副総裁であり、具身知能事業部門責任者、さらに觅蜂科技(Megaforce)董事長兼CEOを務める姚卯青(Yao Maoqing)氏が、「モデルとデータのフライホイール(Flywheel)が物理の壁を突破し、Physical AIの知能創発を実現する」と題した基調講演を行った。
姚氏は、Physical AIを理解するためには、「表現(Representation)」と「閉ループ(Closed Loop)」という二つの視点が重要だと説明した。
「表現」とは、現実世界をAIが理解できる形へ抽象化・圧縮することを指す。一方、「閉ループ」とは、AIが環境を認識し、理解し、判断し、行動し、その結果を再び学習へ反映するという一連の循環である。
現在の生成AIが成功した背景には、インターネット上に存在する膨大なデジタルデータから知識を学習できたことがある。しかし、Physical AIはそれだけでは十分ではない。ロボットは実際に物理世界へ働きかけ、その結果を経験として蓄積し続けなければ、本当の意味で知能を獲得できないという。
Physical AIの前に立ちはだかる「三つの壁」
姚氏は、Physical AIが本格的な普及を迎えるためには、三つの大きな課題を突破する必要があると指摘した。
データの壁
現実世界でロボットが取得できる高品質な学習データは依然として少なく、収集コストも非常に高い。
表現の壁
異なるロボットやタスク、環境を共通して理解できる統一的なPhysical AIの表現方法(Representation)がまだ確立されていない。
閉ループの壁
実世界での試行錯誤は時間もコストも大きく、失敗の代償も高いため、大規模な学習サイクルを高速で回すことが難しい。
こうした理由から、現在のPhysical AIは「デモンストレーションはできるが、現場で安定して仕事をこなせる段階には至っていない」と分析した。
そのため重要なのは、一つのモデル性能を高めることではなく、「汎化(Generalization)」「継続的な最適化」「自己進化」を実現できる汎用的な具身知能システムを構築することだと強調した。
目指すのは「世界推論行動モデル(WRAM)」
姚氏によれば、智元は現在、「事前学習(Pre-training)」「後学習(Post-training)」「継続学習(Continual Learning)」という三段階の学習体系を構築している。
その上で、「VLA(Vision-Language-Action)」と「WAM(World Action Model)」という二つの技術ルートを発展させ、最終的には両者を統合した「WRAM(World Reasoning Action Model)」の実現を目指しているという。
その基盤として、自社開発の基盤モデル「GO-2」、世界モデル「Act2Goal」、シミュレーション環境「GE-Sim 2.0」を開発するとともに、SOPや「Genie Evolver」による100台規模の実機分散強化学習システムを構築し、アルゴリズム、シミュレーション、実機学習を一体化した開発基盤を整備していると紹介した。
「見る」から「世界を理解する」へ 具身知能の学習パラダイムが変わる
姚卯青(Yao Maoqing)氏の講演に続き、フォーラムではPhysical AIが汎用知能へ進化するための条件について、各研究者がそれぞれの視点から議論を展開した。
共通して示されたのは、ロボットは単に動作を模倣するだけでは不十分であり、「世界を理解し、自ら学び続ける能力」が今後の競争力を左右するという認識だった。
清華大学「世界モデルを持つロボット」へ
清華大学コンピューターサイエンス学部の蘇航(Su Hang)准教授は、「データ駆動型具身基盤モデル(Embodied Foundation Model)」をテーマに講演した。
同氏は、現在の具身知能が大きな転換点を迎えていると指摘する。これまでのロボット開発は、特定のロボットに特定の動作を学習させる「行動模倣」が中心だったが、今後はオープンワールド全体を対象とする事前学習へ移行すると予測した。
その目的は、「何を見たか」「どう動くか」を学ぶことではなく、環境の状態や物理法則、行動による結果、タスクの進行状況までを一体として理解する世界モデルを形成することにあるという。
蘇氏は、この進化は三つの方向で進むと説明した。
データは単一ロボットから、多様なデータソースへ
モデルは動作模倣から、世界モデルへ
学習はオフライン中心から、実環境で継続的に進化する方式へ
今後は、ロボットの動作データだけでなく、遠隔操作データ、一人称視点映像、人間の行動動画なども同じ事前学習基盤へ取り込まれ、異なるロボットやアプリケーションで得られた経験も共有可能な知識として蓄積されていくとの見方を示した。
そして、具身知能は「より多く見て、より正確に模倣する」段階から、「世界を理解し、未来を予測し、自ら進化する」段階へ移り始めていると総括した。
Physical Intelligence「経験はロボットを超えて共有できる」
米Physical Intelligenceのリサーチサイエンティストである任至意(Ren Zhiyi)氏は、実世界で収集した大規模データがロボットの汎化能力を大きく高めると説明した。
同氏は、最新モデル「π0.7」を例に挙げ、一種類のロボットで学習した技能を、異なる構造を持つロボットへそのまま転用できる「クロスロボット汎化(Cross-Embodiment Generalization)」を紹介した。
例えば、ARXロボットアームで学習した衣類の折り畳み作業を、UR5双腕ロボットでも追加学習なしに実行できるようになったという。
また、未知の収納棚や寝室の整理、液体容器の取り扱いなど、従来はロボットが苦手としていた長尾(ロングテール)タスクにも対応できるようになり、多様な実世界データが汎用知能の形成に不可欠であることを示した。
Genesis AI「重要なのはモデルよりもデータ供給」
Genesis AI共同創業者の王尊玄(Wang Zunxuan)氏は、人間レベルの器用な操作(Dexterous Manipulation)を実現するためには、高品質なデータを継続的に供給できる仕組みが重要だと述べた。
Genesis AIでは、人間の手とほぼ同じ大きさのロボットハンドと、非侵襲型グローブを用いたデータ収集を組み合わせ、人間とロボットの間に存在するデータギャップを縮小している。
さらに、シミュレーション環境「Genesis World」、マルチモーダルモデル「GENE」、そして実機から得られるデータを組み合わせることで、データ収集、シミュレーション、モデル学習、実環境への展開を循環させる開発体制を構築しているという。
王氏は、モデル性能を左右する最大の要因はアーキテクチャではなく、質の高いデータをどれだけ大規模に供給できるかにあると強調した。
Dyna Robotics「研究と現場が互いに進化させる」
Dyna Robotics共同創業者兼チーフサイエンティストの馬也騁(Ma Yecheng)氏は、「研究と実運用のフライホイール(Research & Deployment Flywheel)」という考え方を紹介した。
同社では、研究開発、製品展開、実世界データの収集を相互に循環させることで、モデル性能を継続的に改善しているという。
そのための基盤として、オフラインデータ、オンラインロボットデータ、実運用データを組み合わせた「事前学習データピラミッド」を構築し、すでに20万時間を超える学習データを蓄積している。
また、低頻度で動作する推論モデルと、高頻度で制御を行う「世界・行動モデル(World-Action Model)」を組み合わせることで、高い認識能力とリアルタイム制御を両立している。
同社の基盤モデル「DYNA-1」は、レストランなどで使用されるナプキン折り畳み作業において99.4%の成功率を達成し、24時間無人で850枚以上のナプキンを処理したという。
さらに、新しい作業へ適応する際も、1時間未満の追加学習データだけで対応できるなど、高いデータ効率も実証された。
共通して見えたのは「システム全体が進化するAI」
各講演に共通していたのは、Physical AIの汎用化は、一つのモデル性能だけでは実現できないという認識だった。
データ、世界モデル、シミュレーション、事後学習、そして実世界から得られるフィードバックを一つの循環として統合することではじめて、ロボットは未知の環境へ適応し、継続的に能力を高められる。Physical AIは、単なるロボット技術ではなく、「進化し続けるシステム」として設計され始めていることが、各講演を通じて浮かび上がった。
円卓討論:「ロボット版ChatGPT」は何によって実現するのか
基調講演に続いて行われた円卓討論では、「Scaling Law(スケーリング則)の『物理の壁』をいかに突破し、Physical AIは汎用知能の創発(Emergence)を実現できるのか」をテーマに議論が交わされた。
討論には、智元(AgiBot)の姚卯青(Yao Maoqing)氏、Physical Intelligenceの任至意(Ren Zhiyi)氏、Dyna Roboticsの馬也騁(Ma Yecheng)氏、Sunday Robotics共同創業者兼CEOの趙子豪(Zhao Zihao)氏、Tencent首席科学者でRobotics X責任者の張正友(Zhang Zhengyou)氏らが登壇した。
議論の焦点となったのは、「ロボット版ChatGPT」はいつ実現するのか、そしてそのためには何が必要なのかという点だった。
「ChatGPT Moment」には億時間規模のデータが必要
まず議論となったのは、ロボットが人間の自然言語指示だけで様々な作業をこなし、「箱から出してすぐ使える(Out of the Box)」存在になるには、どれほどの学習データが必要なのかという問題である。
姚氏は、その実現には現在の具身知能が保有するデータ量ではまだ大きく不足しているとの見方を示した。
言語モデルが学習に利用したインターネット上のテキストと比較すると、Physical AIが利用できる実世界データは一万分の一程度にすぎず、物理世界はノイズや不確実性も多いため、一般的な物理法則や自然言語による指示理解、タスク計画能力まで身につけるには、「億時間規模」の実世界データが必要になると説明した。
その結果として、ロボットが日常的な作業で70~80%程度の成功率を安定して実現できるようになるとの見通しを示した。
重要なのは「データレシピ」 一つのデータでは足りない
データの収集方法については、登壇者全員がほぼ共通した認識を示した。
Physical AIは単一種類のデータだけで学習できるものではなく、複数の情報源を組み合わせた「データレシピ(Data Recipe)」が必要になるという。
その構成要素として挙げられたのは、インターネット上のデータ、人間の一人称視点映像、UMI(Universal Manipulation Interface)やEgoデータ、実機データ、シミュレーションデータ、さらに実際の運用現場から収集されるフィードバックデータなどである。
趙氏は、短期的には低コストで大量収集できるデータが事前学習の効率を高める一方、長期的には実際の導入現場から継続的に収集されるデータこそが、システムを進化させる最大の原動力になると述べた。
馬氏も、運用データを再び事前学習へ取り込むことで、次の導入がさらに容易になり、新しい業務への適応速度も向上すると説明した。ただし、その循環を成立させるには、前提として大量かつ多様な事前学習データが不可欠だと付け加えた。
また、張氏は、成功事例だけではなく失敗事例も含め、ロボットが現実世界と接触して得たすべてのデータが学習資源になると指摘し、「失敗から学ぶこと」がPhysical AIの成長には欠かせないと強調した。
VLAか、世界モデルか、それともAgentか
後半では、Physical AIのアーキテクチャについても活発な議論が行われた。
テーマとなったのは、「Vision-Language-Action(VLA)が最終形なのか、それとも世界モデル(World Model)やAgentシステムへ発展していくのか」という点である。
任氏は、VLAと世界モデル(WAM)は対立する技術ではなく、将来的には融合していくとの見方を示した。
AIには現在の状況を理解する能力だけでなく、「次に何が起こるか」を予測する能力も必要であり、未来予測まで含めた世界モデルが表現能力をさらに高めることになるという。
馬氏も、用途によって最適なアーキテクチャは異なると説明した。自然言語理解、未来予測、高い成功率、少量データでの学習効率など、それぞれ異なる特徴を持つため、世界モデルがVLAより有効な場面もあるとした。
一方、張氏は、Physical AIはまだ黎明期にあり、大規模言語モデルにおけるTransformerのような「決定版」は存在しないと指摘した。
将来的には、認知システム、知覚・行動システム、反射的な制御システムが階層的に連携しながら、一つの知能として機能する構造へ発展していく可能性が高いとの考えを示した。
「物理AIは一つの技術ではなく、一つのシステムである」
討論を通じて浮かび上がったのは、Physical AIの進化は、一つのモデルや一つのアルゴリズムだけでは実現できないという共通認識だった。
大規模データ、世界モデル、シミュレーション、実機、継続学習、そして実運用からのフィードバックまでを一体として循環させる「進化のフライホイール」を構築することこそが、「ロボット版ChatGPT」を実現するための条件だという点で、登壇者の意見はおおむね一致していた。
ロボットはどのような姿になるのか 本体設計にも議論が広がる
円卓討論では、AIモデルだけでなく、ロボット本体(Embodiment)の設計についても議論が及んだ。
登壇者らは、「ロボットは複雑であれば優れている」という考え方には否定的な見解を示し、重要なのは利用シーンやコスト、導入規模に応じて最適な設計を選択することだと指摘した。
Physical Intelligenceの任至意(Ren Zhiyi)氏は、自社では汎用的なロボット戦略モデルの構築を最優先しており、そのためには複雑なロボットよりも、構造が比較的シンプルで保守コストの低いロボットを利用した方が、データ収集やモデル開発を効率的に進められると説明した。
一方、智元(AgiBot)の姚卯青(Yao Maoqing)氏は、実際の商用化では事情が異なると述べた。
企業が求めるのは、導入コストだけでなく、成功率や安定性、一貫した品質であり、それらを実現するには、本体設計、ハードウェア、AIモデル、制御システム、導入運用までを一体で最適化する「フルスタック」の開発体制が重要になるとの考えを示した。
「ロボット版ChatGPT」は2~5年以内との見方も
討論の最後には、「ロボット版ChatGPT」はいつ訪れるのかという問いが改めて投げかけられた。
登壇者によって予測には幅があり、早ければ2年程度、慎重な見方では5年前後と意見は分かれたものの、「その実現は決して遠い未来ではない」という認識では一致した。
また、その知能創発は、一つのモデルや一つのアルゴリズムから生まれるものではなく、大規模データ、世界モデル、シミュレーション、実機学習、導入現場からのフィードバック、そしてハードウェアを含めたシステム全体が継続的に進化することで初めて実現するとの見解が共有された。
技術論から「実現方法」を議論する時代へ
今回のフォーラムでは、データフライホイール、基盤モデル、世界モデル、シミュレーション、実機学習、そして商用展開まで、Physical AIを構成する技術要素が一つの流れとして整理された。
特に印象的だったのは、「Scaling Lawの物理の壁」は、単一技術のブレークスルーによって乗り越えるものではなく、データ、表現(Representation)、閉ループ学習を同時に拡張することで突破していくという考え方である。
その意味で議論の焦点は、「ロボットは何ができるか」という技術的な可能性から、「どうすれば汎用的なPhysical AIを実現できるのか」という具体的なロードマップへと移り始めていることがうかがえた。
Physical AI競争は「モデル開発」から「システム競争」へ
世界人工知能大会(WAIC)は、AI技術を披露する展示会という側面に加え、世界の研究者や企業が将来の技術方向を議論する国際フォーラムとしての存在感も高めている。
今回の「智啓具身論壇」では、中国企業だけでなく、米国の大学やスタートアップ、研究機関も参加し、Physical AIが目指す方向性について幅広い議論が行われた。
そこで繰り返し語られたのは、「モデル性能」だけではPhysical AIは実現できないという点だった。
データ、世界モデル、シミュレーション、実機、継続学習、ハードウェア、そして現場からのフィードバック――それらを一つの進化のフライホイールとして回し続けることが、汎用的なPhysical AIへの最短経路になるという認識は、多くの登壇者に共通していた。
生成AIの競争が大規模言語モデルからAIエージェントへ広がりつつあるように、ロボット分野でも競争の軸は単体モデルの性能ではなく、Physical AI全体を支えるシステム競争へと移行し始めていることを、今回のフォーラムは象徴していた。
