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美術:エッセン・フォルクヴァンク美術館

美術関係で投稿したいものがたくさんあるのですが、滞っています。
旅行についても同様です。
順番は前後しますが、機会を見つけて投稿したいと思います。

エッセンはルール工業地帯の中心地、今から100年前は欧州一といわれた工業地帯で、富が集まりました。
そのエッセンにあるフォルクヴァンク美術館は私の好きな美術館のひとつです。
2月27日、久しぶりに訪れました。

美術館の歴史がドイツ語と英語で掲げられています。

中は広く明るく、訪れた日は平日で寒い日でもあり、ほとんど人がいませんでした。
ヨーロッパの有名な美術館は有名な作品の前には人だかりで、作品を見るのか、作品を見にきている人の頭を見るだけなのか、と思うことがよくあります。
ここではじっくりと作品を向き合うことができました。

印象派の作品展示の中に、エミーユ・ガレのアール・ヌーヴォーの花瓶が。

フォルクヴァンク美術館所蔵の作品から。

ファン・ゴッホ作《アルマン・ルーランの肖像》(1888)。同美術館は1903年に購入したそうです。

ゴッホはアルルで郵便配達人ヨーゼフ・ルーランの一家と懇意にしていました。
アルマンはヨーゼフの息子で、描かれた当時17歳。
ゴッホはアルマンの肖像を二枚描いています。
コバルト・グリーンと黄色、個人的にはそれぞれに好きな色なのですが、この組み合わせ!

これは昨年11月末、アルルで撮った写真です。
右側はアルルの街の中心部にある円形闘技場です。

上記のアルマンの肖像を描いた1888年12月、ゴッホは自分の片耳を切り落とし、街の娼婦に献上します。
その理由はいろいろ言われていますが、当時の闘牛士が獲物の耳を切ってそれを女性に捧げたのを真似たという説を読んだことがあります(出典不明ですみません)。
アルマンのポーズ、斜めにかぶった帽子、口髭は17歳の少年が憧れのスター闘牛士の真似をしているのを表現したのか・・・
一方、澄んだ瞳、紅潮した頬、緊張した口元は初々しく、晴れ着を着てかしこまっている素朴な少年の趣・・・

気になるのは、右耳がほとんど形を成していないこと・・・

しかし、洋服と背景の明るい色使いはゴッホの、少年に対する愛情を感じます。

もう一枚、ゴッホを。《収穫》1889年。
これはサン・レミの療養院の窓から描いたと言われています。

以下も昨年11月末に訪れたゴッホがいたサン・レミの療養院の写真です。
泣きたくなるほど素晴らしいお天気でした。

ゴッホの部屋。

鉄格子のはまった窓。

建物の外から。

ゴッホや南仏の話になるとキリがないので、フォルクヴァンク美術館に話を戻します。

もう一枚、フランツ・マルクの《風景の中の馬》(1910年)。

マルクは「青は男性の、黄色は女性の色」と言っています。
あら、ウクライナの国旗の色ですが・・・。

マルクについては以前の投稿をどうぞ。→


フォルクヴァンク美術館のほかの展示の一部。

お腹がすいたので、美術館のカフェ・レストランに行きました。
まだ寒いので、テラスは営業していません。

食べたのはこれ、カリー・ヴルスト。ビールはアルコール・フリー・ビァ。

フォルクヴァンク美術館の新建築部分は2010年1月28日にオープンしました。
エッセンのクルップ財団の長だったベルトホルト・バイツ氏の提言によるものでした。

エッセン、クルップ財閥、バイツさんについては以下の投稿をどうぞ。→


さて、フォルクヴァンク美術館で行われる、この春から夏にかけての特別展の案内の一部、私が興味を持っているものです。

『青の女』ー オスカー・ココシュカとアルマ・マーラー

『21 x 21』ー ヴィラ・ヒューゲルにおけるルール美術館

ヴィラ・ヒューゲルはクルップ一家の住んだ家です。
家とはいえ、お城のような邸宅で、クルップ・カノンの提供をお願いするために皇帝ヴィルヘルム2世やヒトラーも行った邸宅です。


FOTO:(c)Kishi

お知らせ:オペラ鑑賞ツアーのリンクです。
こちらはまだ間に合います。めったにない機会なので是非どうぞ!

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