いきなり!ソーサツ・チエカが選ぶねむちゃんねる動画5選(ライブ部門)(2025年2月版)

バーチャル美少女ねむさんは自称「世界最古の個人系Vtuber」であり、そのYoutubeチャンネル「ねむちゃんねる【メタバース新世界紀行】」には2025年1月25日時点で動画210本、ショート56本、ライブ241本が投稿されています。加えて他のチャンネルから投稿されたねむさん関連動画が、不定期に増減するもののおおよそ400本リストアップされています。これらは、2017年9月に始まる一人のVtuberの活動の記録であると同時に、外見・声・名義をテクノロジーの力で変えることを通して文化・精神・経済を再デザインすることを目指す「人類美少女計画」の歩みでもあります。

私は2022年8月にねむさんを知り、その後、ねむちゃんねるに上がっている動画を全て観ました。ねむちゃんねるから投稿された動画は「ジークアクス」回を除いて全て、また他チャンネルからの動画は後から再生リストに(あるいは再生リスト自体が)追加された数本を除いて全て観ています。2023年3月2日をもって、その時点で上がっていた動画に目を通し終わり、以降は新しく投稿されるたびに追っています。

正確には作業中に聞いただけのものも多いのですが、ねむちゃんねるの動画の多くは実のところそれで十分楽しめると思っています。ほとんどの動画はゲーム実況や凝った編集をせず、話しているだけなので、画面を見ていなくても内容が分かるからです。ただし話している内容が真面目な社会改良の議論を含むので、複窓はおすすめしません。同じ理由で、ねむちゃんねるの中では、言い回しや他の方への応答から思想の細かいところが見えるライブ動画が個人的にはおすすめです。

本記事では、ねむちゃんねるのライブ動画の中から私が特に好きな5本を選び、その「ここすき」ポイントを紹介します。

(2025.02.16追記)短編動画部門も公開しました。

1、「【LIVE】バ美肉バレるとどうなるの?【jumius】」2021.03.18

バ美肉にも動機やポリシーによって異なるタイプがあること、物理現実での生活でもバーチャル美少女であることを隠さない例が周知されたこと、人間に対するインターフェースとしての「かわいさ」を工学的に作る試みが国立大学で研究テーマになっているという希望、jumiusさんのかわいさ、ねむさんの反応の限界ぶりなど、意義も見どころも多い回です。

ハイライトは、バーチャル美少女になった動機をjumiusさんが明かす53分01秒以降のシーンです。このやり取りで、元々そのケがなかったところから、自分の精神に美少女を強制的に作り出したねむさんとの違いが鮮明になります(あるいはもしかすると、今美少女になっている方たちの中ではねむさんの方が特殊な例なのかもしれません)。

「今の中で大体私の聞きたかったことは聞けたね。なんでかわいいもの、美少女になろうと思ったかっていうのはやっぱりその、研究意欲が高じて、ちょっと自分もいっちょ美少女になってみっかみたいな感じで美少女になられたんですね」
「逆ですね。どっちかっていうとかわいいキャラクターが好きだからこういう研究やってる方ですね」
「でもかわいいキャラクターが好きなのと自分がかわいくなるのって、ちょっと違うと思うんだけど」
「確かにそれはあるかもしれないです。そういう意味で言うと、それはまあすーっごく個人的な話ですけれども、もともとたぶん私も、別に女装したりする方ではないんですけれども、やっぱり、なんだろう、かわいい女の子になりたい欲みたいなものはもともとたぶんあったと思うので」
「うっひ……うひゃー……!! すごい! いや、それ言えないですって!」

【LIVE】バ美肉バレるとどうなるの?【jumius】、00:53:01
「逆ですね」にjumiusさんの感情が滲む

他には、jumiusさんが物理現実での名前を名乗るシーンも注目に値します。ここでねむさんは「イニシエーション」という言葉を使っているのですが、ここで起こっていることはまさに、バーチャル美少女文化の核心となる考え方を受け入れられるかというイニシエーションに他なりません。つまり、名前や戸籍や物理肉体に基づいて扱い方を決める伝統的な性の在り方が支配する世界から、本人の宣言や見る者の欲望に基づいて「それでも、美少女である」とみなす認知技法の世界に入るというイニシエーションです(そして、バーチャルではそれで問題がないわけです)。

「ついにこの時が来てしまった……!」
「えーとこれ……にゃ~……えーとね、これで(中略)っていいます」
「あぁぁああぁ――――!! 聞きたくなかった……聞きたくなかった……」
「にゃー聞いてしまった! みんな聞いてしまったな?」
「ああ~……なんてことなんだ……スゴい……」
「じゃあ聞かなければよかったのに……」
「でもね、このイニシエーションを経ておかないと今日の本題に入れないから」

【LIVE】バ美肉バレるとどうなるの?【jumius】、00:13:21
挟まる「にゃー」からのギャップこそバ美肉の醍醐味

加えて言えば、ねむさんがたびたび気にする「研究室の学生さんや教授にはどう見られているのか」という点は、ここでいう「教授」(正確には当時准教授)がその後VRChatに来たことを知っているとより味わい深くなります。

「にゃうにゃう鳴いてる! 東工大助教がにゃうにゃう鳴いてる! 研究室の学生さん見てるー? 教授見てる?」
「教授は見てないかも……」

【LIVE】バ美肉バレるとどうなるの?【jumius】、00:08:40

jumiusさんはこの後、2022年末から2023年上旬にかけてアバターと声を少し変えているのですが、ねむちゃんねるに初めて出演したこの時のjumiusさんの、ねむさんの言葉を借りれば「初々しいかわいさを常に纏い続けている」様子からしか得られない栄養素が確かにあります。

2、「【生放送LOG】ハネたんと徹底討論! 二次元VTuber VS 三次元VTuber」2019.01.04

この動画の意義はひとえに、ねむさんの「VTuberのVはVRのVではない」という発言を引き出したことにあります。これは見かけ以上に重大な宣言で、萌え擬人化ブームからボーカロイドを経てVtuberへと続くバーチャルキャラクター実践が、技術や媒体に囚われない、社会的・文化的・心理的な実践の一つの流れであることを示しています。ねむさんの今に至るまでの活動を貫く思想的な軸でもあり、この一言を理解すれば人類美少女計画の全てを理解したことになります。

「二次元美少女のキャラクターで『私は何々なのよ』って言えば、それがもうVTuberってことなんですか?」
「その通り! なぜならば、バーチャルYoutuberのバーチャルは、VR、バーチャルリアリティのバーチャルではないのだ。バーチャルYoutuberのバーチャルは、仮想人格。仮想人格のバーチャルなんです。だから、普段とは違う自分として活動している人はもう全て、私の考えではバーチャルYoutuberなんです」

【生放送LOG】ハネたんと徹底討論! 二次元VTuber VS 三次元VTuber、00:40:54
共演者が気の毒になる配信は、おきゅたんbotさんの「水辺でのんびり♪バーチャル埼玉」回の沙影さんとこれ

「バーチャルYoutuberのバーチャルは、バーチャルキャラクターのバーチャル。つまり仮想的なキャラクターに、私たちのようになりきっている人は、2Dだろうが3DだろうがみんなバーチャルYoutuberなのだ! もう言ってしまえば、Youtubeチャンネルを持ってなくても、美少女アイコンを使っている人で、自分がYoutuberやりたいなって思ってる人は、みんなバーチャルYoutuberなのだ!」

【生放送LOG】ハネたんと徹底討論! 二次元VTuber VS 三次元VTuber、00:40:54

オムらイスさんの最初の主張、「Vtuberは3Dモデルであってこそなのでは?」と同じ疑問を抱く人は、特に四天王時代の印象を強く持っている方には、今でも少なくないのではないかと思います。しかし、企業勢にも個人勢にも共通する「人が美少女になるということ」の背景にある欲望を考えれば、遅かれ早かれ「機材が本質なのではなく、人と接するためのインターフェースを作ることが本質である」ということに気づくでしょう。だから、ねむさんは匿名性を保てると言うに留まらず、アバターが「第二の顔」、今の言い方で言えばアイデンティティとなることにも言及しているわけです。

加えて言えば、2Dでも問題がないのは、美少女文化は今なお性的不道徳とみなされて抑圧を受けているために、精巧さや立体感よりも、描き方の様式から来る「これは自分たちに向けられたものである、したがってこれを愛することが許されている」という感覚の方が重要だからでもあります。

「ぶっちゃけ顔出しNGのマスクかぶった生主でもいいと思うんだけど、視聴者の人がその人を見た時に同じ人だって分かればいいんだけど、バレないように仮面かぶってるとかしちゃうと、仮面ってやっぱり仮面じゃない? だから視聴者の人はその人がその人だって分かんないと思うんだ。でも仮想キャラクターで仮装すると、『あっ今日もねむちゃん放送してる』っていうの見れば分かるから、言ってしまえば第二の顔なわけ」

【生放送LOG】ハネたんと徹底討論! 二次元VTuber VS 三次元VTuber、00:57:34


ところで、ディベートの形式をとったこの対談は、結果的には視聴者投票によりねむさんの圧勝で終わっているのですが、オムらイスさんの勝ち筋を考えるなら、

♡「Vtuberは革命的な文化であるから、技術的にも最先端のVR機材と3Dアバターを使って先進性をアピールするべきだ」

2019年のオムらイスさんに憑依したソーサツ・チエカ

という方向の主張をするのがいいだろうと思います。そうすればねむさんは必ず

⚡「人は自分一人の認識を変えるだけでは完全に美少女にはなれない、誰でも使える技術で社会全体を美少女化してこそ革命を成し遂げられる」

ソーサツ・チエカの中にいるバーチャル美少女ねむ

と反論するのですが、そこから、

♡「性急に大衆に裾野を広げると、Vtuberの真の意義が伝わらないまま(2D化のような)妥協した形で実践だけが先行して広まってしまうだろう、そうならないようにしばらくは少数の分かった人だけが思想もセットで先導した方がいい」
⚡「バーチャルキャラクターになることは強烈な体験なので、実践しさえすれば多くの人はひとりでに意義を理解する」
♡「実践を通して自分で意義を理解できるほど多くの人は賢くないだろう。企業勢は理解しているのだろうか? ねむさんがLive2Dしかなくても始めることに踏み切れたのはそれを理解できるだけの能力があったからで、キズナアイさんのように先行者にありがちな特殊な例とみなすべきだ」

この会話は並行世界の事実に基づいています

という流れで加速主義を経由して能力格差へと話をずらせば、ねむさんはそれを完全には否定できない(大きな規模で意識改革が進んでいると言えるようになるのはVRChatで調査を始めてから)立場なので反論が一瞬弱まり、そこですかさず、

♡「強烈な体験に期待するってんなら、ねむさんの体験はボイチェンありきだし、ボイチェンの性能がもっと良くなるまで一般への普及は待った方がいいんじゃないですか? ガビガビボイチェンじゃあ、自分の配信でやるのは勝手ですけど、有名どころとコラボするときに申し訳ないでしょ……」

この発言はねむちゃんねるを学習したChieGPTに生成させたものです

と、明らかな技術的課題を指摘することで引き分けくらいには持ち込むことができる、と想像しています。


ねむさんの思想面での柱となる考え方は早くもこの動画までに出揃っており、この次の配信から始まる「ねむxなも」シリーズは、既にその理論武装を他の人に対して問うフェーズに入っていると私は思います。MorphVOX Pro時代の、遅延と不慣れさゆえか共演者を置いてテンションが突っ走っている感じも合わせて、私はこの時期までをねむちゃんねるの「原液」と呼んでいます。

3、「【LIVE】著者が答える『メタバース進化論』【全レス】」2022.05.13

タイトル通り、『メタバース進化論』の発売を記念して、リスナーから寄せられるコメントに答えていく配信です。質問の多くは既に『メタバース進化論』または過去のねむちゃんねるの動画またはねむさんのtwitterで答えられているものですが、それらを通じて、ソーシャルVRへの参入やメタバースブームを経てもねむさんの活動コンセプトの根幹が変わっていないことを確認することができます。

ねむさんのソーシャルVR参入前(VRchatから配信をするようになる2019年以前)からの違いとして、「人類美少女計画」という言葉を使わなくても人々がメタバースで自然に美少女に辿り着くだろうという確信を強めていること(包帯少女makoちゃんさんの質問への答え)と、美少女になる前の自分を保存することを分人主義に基づいて認めるようになったこと(伊藤正樹さんの質問への答え)が見て取れます。これらは、ソーシャルVRで美少女アバターによる自己表現やコミュニケーションの例に多く接したことや、活動歴が長くなって美少女と物理現実の自分との関係が安定してきた(のかもしれない)こと、企業や行政の案件が増えてきたことの影響でもあるでしょう。私としては、Vtuberの「喰われ」として語られるような自己認識の不可逆な変化をも受け入れるという腹を括って自発的になる美少女が好きなのですが、業としてやっているのではないメタバース住民の実態に沿うなら、表向きは分人主義を平野啓一郎さんの定義に近い形で解釈して、一つの肉体に宿る精神のうちの数ある側面とするのが無難です。活動コンセプトを「なりたい自分になる」と表現し始めたのもその一環だと思っています。

このことと関連しますが、私がこの配信で一番好きなシーンは、TJさんの質問「なんで雷の中で登場しようと思ったのですか?」に対する答えの中のこの部分です。

「結構、一般人、要するにVRとかやってない人の『メタバース進化論』の感想ですごい面白いなーって思ったのが、「未来すごいなーって思ったけど、一方ですごい怖く感じた」っていう、「なんかよく分かんないけど怖い」みたいな、そういう感想を言ってくれた人がすごい多かったんだよね。要するに、新しい自分になるっていうのは、もちろん現実の自分と並列するものなので現実世界の自分がいなくなるわけじゃないよっていうのは言ったんですけど、それでも、自分の中に新たな自分を認めるっていうのは、たぶんすごい怖いことだよね。で、たぶん、その怖いっていう感覚を持ってないのは、Vtuberとかそういう概念に親しみがある人だけだと思うんですよ」

【LIVE】著者が答える『メタバース進化論』【全レス】01:13:07
私たちはたぶん同じ場所を見ている

自己認識に自覚的に手を加えることは、どれだけ機械やエンタメの補助があろうとも、必ず恐怖を伴うものです。宗教儀礼や魔術はそれを乗り越えさせるために、徒弟制度をとったり一定の学識のある人だけに修行を許したりしました。しかしねむさんはその恐ろしさを分かった上で、技術革新とご自身の啓発活動を淘汰圧として、今後の400万年という時間だけを安全装置として、全ての人を深淵渡りへと向かわせようとしています。そして、多くの人が深淵に転落するとしても、たった一人でも渡りきることができるなら、私はそれが見たいんですよね。


Hachi headさんのコメントへの答えで『メタバース進化論』の表紙についても語っていますが、私はこの表紙をそれほど「美少女押しのデザイン」とは思っていません。より正確に言えば、かわいさを前面に出しているのではなく、むしろ美少女文化が不利益な取り扱いをされないように威圧している印象を受けます。そのため私はこの絵を密かに「メタバース鍾馗」と呼んでいます。

4、「【LIVE】シン・VR飲み会 ~クラフトビール講座②~ 【リーチャ隊長✕ねむ】」2022.06.05

記事の冒頭で「話している内容が真面目な社会改良の議論を含む」と書いたのですが、シン・VR飲み会シリーズのリーチャ隊長回に限っては真面目な内容が一切なく、あったとしてもリーチャ隊長が呂律の回らない声でしゃべっていて今ひとつ緊張感がないので、頭を使わず楽しく聞くことができます。それでいて、ねむさんの話の運び方は普段の配信とは違う種類の知性の産物で、開幕からの畳みかけるようなダル絡みや、「そんなこと言っても隊長にはわかんないと思うんだよね」を合図としたテンドンなどは、第三者としてはいつ聞いても笑えるものです(当事者としてリアクションするのは御免蒙りたいですが……)。

「私が、あの有名なリーチャ隊長と仲いいんだぞっていう、すごい仲いいんだぞっていう、意味もなくリーチャ隊長を(本に)出すことによって匂わせてるわけじゃんそれは」
「なに、ねむちゃんは、いや、でもね、あーそれはねあれでしょ、僕の名声を利用してなんか、うまくこう、あれでしょ?」
ちがうよ!! リーチャ隊長が好きだからだよ! リーチャ隊長乙女心が全然わかってないよ! だからモテないんだよ! そういうところだぞ!」
「ねむちゃんが僕と仲いいことで評判をよくしようとしているわけではなく……」
「そんなくだらないことで私はあんな七面倒くさいことしないよ! そんなくだらないことのために!」
(中略)
「割とさあ、面白いか面白くないかで僕、人生を判定すると、どうしてもそこに損得勘定っていうのは出てくるんで、そういう物の考え方しかできないのかもしれないですね」
「そういうところだぞ! そういうところだぞ!」

【LIVE】シン・VR飲み会 ~クラフトビール講座②~ 【リーチャ隊長✕ねむ】、01:29:07、太字は筆者による
この「ちがうよ!!」が出るボイチェンは貴重

これはリーチャ隊長とねむさんのVR飲み会の配信としては二回目ですが、一回目はこれより中身があってしまうので、二回目の方が純粋な雑談の面白さがあります。また、これの実質的な続編にあたると私が考えている「2024年絶対になにもしない」回(2024.01.05)は、リーチャ隊長の転職という転機を経て真面目な話を始めているので、まず過去二回のVR飲み会回を観てからの方が文脈がよく分かると思います。

5、「【LIVE】池谷和浩×バーチャル美少女ねむ『フルトラッキング・プリンセサイザ』刊行記念トークイベント」2024.06.21

言葉、特にその内容ではなく形式(語り方)が持つ奥深さは、画像や映像の刺激に偏っているソーシャルVRではあまり語られない事柄で、ねむちゃんねるでもそれを主題にした企画はこの対談が初めてです(2020年3月の「このセルパブがすごい!2020 特別インタビュー」回は、ほぼ内容についてのみ語った動画でした)。しかし、バーチャルなリアリティを作り出す技術のうち最も古く最も強力なものが言葉であることを考えれば、池谷さんのようなタイプの作家がバーチャル文化と関わりを持つことはごく自然であり、また必要なことでもあると思います。私が個人的に好きなテーマでもあります。

「言語芸術ってそもそもバーチャルリアリティなんですよ。(中略)必然的にソーシャルVRのお話っていうのは、現代を舞台にしたリアリズムの小説を書こうとすると、どうしても出てくるんです」

「【LIVE】池谷和浩×バーチャル美少女ねむ『フルトラッキング・プリンセサイザ』刊行記念トークイベント」、00:17:37

『フルトラッキング・プリンセサイザ』に、「奇特な主人公の感性を、文体を通じて読者に強制的に共有させることによって新時代の価値観を感得させる」という、エンタメに留まらないパフォーマティブな側面があることをねむさんが見抜いているのは流石だと思います。また、池谷さんもねむさんの活動の性質やソーシャルVRの動向に理解があるので話が早く、すぐにお互いのフィールドの踏み込んだ話が始まるのがいいですね。中でも以下の会話がねむさんの活動の本質をよく言い当てていると私は思っています。

「こいつはバーチャルだけど、本も出してるし、もしかしたらちゃんとした奴なのかもしれないって、たぶん思う人いると思うんですよね」
(中略)
「誰かがこれを出版してオッケーっていう、ゴーをした専門家たちがいるわけですよ。この人たちとチームで作っているっていうパワーなのかなという気はしますね」
「論文で言うと査読されているということですね、やっぱり。信頼感みたいな。やっぱそういう機能はありますよね、このバーチャル時代においても。そこはやっぱり人がやらざるを得ないところなので。あーなるほど、じゃあ池谷さんがやろうとしてることは私が目指してるものと全く一緒じゃないですか」
「そう思いますよ。(中略)日々のねむさんの活動が、タイムラインがあってっていう、一つの日々の流れみたいな総合芸術としてのバーチャル美少女ねむの在り方みたいなことは、賞をもらう前からずっと、こういう風にありたいって思ってましたよ」

「【LIVE】池谷和浩×バーチャル美少女ねむ『フルトラッキング・プリンセサイザ』刊行記念トークイベント」、00:54:33
「バーチャル美少女ねむ」という既成事実を作るために

声を変えることについて池谷さんが話題にしているのも嬉しいことですね。「声ってすごく淫らなメディアで」と仰っていることにも表れている通り、声(声質)には言葉で説明することのできない官能性があり、クリエイターだからこそそれに注目でき、作家だからこそそれを真面目に語れるのだと思います。「入手困難になったハードウェアボイチェンが壊れたらアイデンティティはどうなるのか」という質問は人(キャラクター)の同一性の核心に迫るもので、最後まで刺激的な対談です。

「周りがそう呼んで、ねむさんが返事したから、その声のバーチャル美少女ねむが現れたんですよね。だから、ねむさんの声が変わった時に、『声変えただけだって分かってるけど、あのねむさんはもういない』っていう、深刻な話じゃないですけど、ロスに陥るねむさんのお友達っていうのはきっといるんですよね」
「それはあると思うし、結構私恐る恐る聞いちゃうかもしれないですね直接。『これでもいいのか?』っていうのは。(中略)だから素直に聞いちゃうでしょうね、配信をして。『これってアリなのナシなの?』って。何ならアンケート取っちゃうかもしれないですね。私アンケート取るの好きなので。で、アンケートダメだったので、ヴィンテージに戻りましたみたいな、そういうイベントにしちゃうかもしれないですね。なんか、アイデンティティって意外とそういうこう、積み重ねていくものもあるし、相手から受ける影響みたいなのもあるし、結構印象的なイベントみたいなものでガラッて変わってしまったりするものなのかなーと思っていて、そういうのってなんか、自分ではコントロールできないんですよね。そのコントロールできなさみたいなのを表現するのがこのバーチャル美少女ねむという活動そのものなので」

「【LIVE】池谷和浩×バーチャル美少女ねむ『フルトラッキング・プリンセサイザ』刊行記念トークイベント」、02:26:58

ちなみに、『フルトラッキング・プリンセサイザ』が、うつヰの思考や感覚を直接写し取っているように見えるにもかかわらず形式的には三人称であることについて、池谷さんは「うつヰから聞いた話をもとにして、うつヰの親しい友人が書いている」と明かしています。私はこれについては「公式が勝手に言ってるだけ」という立場をとります。内容よりも形式を重視する立場からは、語り方と作品世界内での出来事とを結びつけることはあまり重要ではなく、例えば神の視点の語り手が語っているがうつヰと同じように出来事に翻弄されることしかできず、そのことによって出来事のドラマチックさを強調しようとしていると解釈しても筋は通るからです。あるいは、あくまでうつヰが書いているという体で、うつヰ自身に(私を含む一部ソーシャルVR住民のように)自分自身を俯瞰して眺める傾向があると解釈することもできるでしょう。


『フルトラッキング・プリンセサイザ』とこの配信、および単行本収録の作品については過去にも感想記事を書いています。(この記事では「ねむちゃんねる史上でも五指に入る面白い配信」にメタバース進化論全レス回の代わりに初生放送のニコ生LOGを挙げていますが、この二つは交換可能なものです。)


以上が、私の選ぶねむちゃんねる動画5選(ライブ部門)です。いずれ短編動画部門も書こうと思います。


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