第31話 高校受験について
チカノベの人生史小説。タイトルは『精神障がい、性的違和の知暖が学んだ「真実の愛」と「人生の正解」を目指す道』。
脳の障がいによる障がい特性を持つ主人公の知暖が、人生でたくさん失敗し、苦しんで、たくさん泣いて叫んで、報われない経験をして生きてきた。
そうやって、いろんな人たちと関わっていく中で「社会性」と「愛の形」と「人生の正解」について学んでいくお話。
今回は、第3章『自分に向けた「ありえない」を覆した中学校生活』から『第31話 高校受験について』です。
目次はこちらです。以前の話や次回以降の話を選んで読めます。

(Geminiさんで生成したイメージ写真)
高校受験について
中学3年生の頃、公欠で養護学校を見学した。蒼生が通っている養護学校や、知的障がいのあゆむくんが第一志望で受験したい学校とは違うところ。工場や城跡、田園、道の駅、公園、大きい道路があり、視界を遮るもののない「とにかく広い」という印象の地域だった。
養護学校の近くには、駅があった。最寄り駅からもそんなに遠くはなかった。養護学校内に入り、小さな個室で待機した。
授業の様子を拝見した。積み木のおもちゃの話題をしていて、その商品名をお笑い芸人のネタでジョークを言っていて、ユーモアや、ゆる〜く楽しむ形式の授業内容だと感じた。
見学中、どんな質問をしたのか記憶になかった。見学が終わってから、道の駅の食堂で、割子そばを食べた。北日本形式の、何杯も食べる系のそば。
養護学校自体は、とてもいい印象を抱いた。しかし、立地の悪さもあり、地元の大きな駅から、汽車やバスで1本で学校の最寄り駅へ行けないこと。担任から、通学のために住居を引っ越した子もいると指摘されたが、それだと自分以外の家族が仕事に行けなくて不利である。あと、学習障がいや知的障がいの診断がないと入れないこと。知能指数が基準を超えていたため、療育手帳の取得が不可能だったこと。せっかく見学したのに、それがそもそも自分が入れない学校であったこと。無意味な公欠に終わってしまった。
小学生の頃は、工業高校や裕喜の通っていた農業高校に興味があった。自宅から割と近い高校もあり、近所の学生たちは志望することが多い。でも、早起きして、毎日通う全日制の学校は、遅刻しかしていない自分には、この時点では非常に難しい。
自分はできるだけ「普通でありたい」と当時も思っていたそうで「女子高校生になりたい」と話していたらしい。そんな中、提案されたのが、私立の通信制高校。金曜日と土曜日が通学の日で、学校に行かない日はレポート、つまりそれなりの宿題をこなす義務がある。
あるときは、農業高校を第一志望でうけ、滑り止めに通信制高校をうけるということも考えたが、いざ第一志望の高校に通うことになって、継続して通学できないし、現実的ではなかったため、通信制高校1本だけ受験することにした。
生徒指導の女性教師や、男性教師2人と面接の練習をした。最初の面接練習では、完璧な受け答えで、担当の先生から「たくさん練習したんですか?」と驚かれた。1年8組の頃の担任と面接練習したときだけ、評価Bになった。好きな先生と話して、どうしても視線を合わせることができなかった。
願書受付が始まってすぐに願書の申し込み手続きをし「受験番号1番」を獲得した。願書の志望理由を、母が書いた字の通りに、かなり苦戦して書いた。面接で答える内容を担任が手書きの文字で書いてまとめてくれた。将来の夢については、中学1年生の頃は「バラドル」。2年生の頃は「ネイリスト」だったが、不器用さと根気のなさで、すぐに諦めてしまった。3年生の頃は特に決まっていなくて、たくさんある中で「子どもたちを喜ばせる仕事」。祖母の家業を手伝っていることも書かれていた。他はあんまり記憶にない。
高校の合格に関わる成績が記載されるテストでは、1回不要物を持ち込んだことでかんしゃくを起こし、連続で早退した。担任はテストの成績を重視しない評価を受験先に送ることにしてくれた。
高校は義務教育ではないため、特別支援学級が配置されていない。特別支援学級に入った当初は、みんなと同じように学習できないことに強い嫌悪感を覚えたが、高校受験の際は、特別な学級で学習していた自分に慣れてしまって「高校も義務教育にしてほしい」「特別支援学級を作ってほしい」と切実に願った。もし通学が苦になれば、通信制には「特別指導講座」なるものがあるので、当時はそれが安心材料と志望理由のひとつだった。
受験当日。自分はその日、生理がきていて、サニタリーポーチを持って高校のお手洗いから出ると、面接に呼ばれた。高校の男性教師に、そのポーチをカンニングペーパーだと思われたのか、顔を近づけて見てきて、配慮のなさに困惑した。母は別室で副校長と面接。自分もその間に、視聴覚室で面接した。
練習通り、お辞儀と挨拶をし、面接を受けた。面接の教師は、面白い顔つきの人と、知っている誰かに似ているような顔つきだったので、顔を見て話せた。親のしつけが厳しいかどうかや、宿題のサボり癖について言及されたことが記憶に残っている。当時テレビで観た、面接の際に、言葉が出ず、その際、当時テレビで「面接のNGワード」として紹介されていた、言葉に詰まった時に出る「あの⋯⋯」という言葉を、意識しすぎて、つい口にしてしまった。
視聴覚室から出る際も、深々とお辞儀と挨拶をし、戸を開けると、母がいたので「NGワード言ってしまった」と言って出た。母に「まだ面接は終わっていない」と指摘され、戸を閉めるまでが面接だった。面接の教師に無礼をしてばかりだった。
しばらくして、合格通知が来た。封筒の中身をそっと取り出してみると「合格」の文字があった。友達にも、封筒の中身をそっと取り出すような雰囲気で「合格」の文字にたどり着くまでの緊張感が伝わるようにメールを綴った。
通信制高校に入学することになり、学校が休みの間は、就労施設で過ごすことになる。でも、楽しい毎日は長くは続かず⋯⋯。
おことわり
この物語は、自分の主観と記憶を辿り、実体験をベースに綴ったノンフィクション・エッセイです。一部、プライバシー保護のために、地名や人名、団体名、家庭事情等を伏せたり書き換えたりしています。そして、歳月の経過による記憶の断片を繋ぎ合わせています。当時の心情風景としての描写が含まれることをご了承ください。
あとがき
養護学校を見学したのに、そもそも知能指数が高く、養護学校に入学できる条件にそぐいませんでした。
高校に行かせない選択肢もあったのではないかと親族に言われることもありました。確かに、高校に通った意味を、今でも見い出せていません。
ネットの情報では、僕のような知的障がいのない発達障がいの人は、公立高校は難しく、進学するとしたら、私立高校が妥当と言われています。
アスペルガー症候群(ASD)の裕喜は、県立の農業高校へ行きました。軽度障がい者で、健常者のフリをして生活しています。
障がい特性が重かった頃の僕は、かんしゃく、パニック、わがままに苦しむことはたくさん経験しました。
健常者と変わらない軽度障がいは、軽度なりに苦しむことはあります。裕喜は僕より障がいに苦しんでいる印象です。
僕は中学校は大嫌いで、まともに通学することなく卒業することになりますが、高校では、もっと苦しむことになります。
初めての異性との交際や、レポート・授業・試験の難しさ、様々な事情を抱えた生徒への戸惑いに、通学に苦を感じることがあります。
残り少ない中学校生活、どう締め括るのか、第3章の中学生時代のエピソードは、あと5話で終わります。
作者の近況
今、第10章を生きる作者の近況。図書館で借りた小説を貸出延長し、今度こそ寝る前のルーティンとしてしっかり読んで返したいです。
昨日の夜中は、自信のあるエッセイ記事を編集してばかりでした。今日、この記事を投稿するまで、自分のエッセイを読んだり、編集したりしました。
そして、今週末こそ、新しい小説の下書きを編集したいです。下書きは第45話まで執筆しています。
5月中旬で、第45話まで投稿してしまうので、今日この記事を投稿してからでもいいので、第46話の下書きを作成したいです。
今はニートなので、土日の執筆だけではなく、平日でも書けそうなときに、小説の下書きを執筆したいです。
今度、就労選択支援の施設に通うことになるかもしれません。なので、引きこもりニートではなくなり、自宅にいる時間は減ります。
就労に行っていない間や休日に、たくさん小説の新しい話の下書きを執筆します。
土日に下書きを編集すると、1日で10話分も執筆するほど、集中して小説を執筆することができます。
やる気のある日は、日によってまばらなので、エッセイを書きたいときはエッセイを執筆し、小説が書けると思ったときは、新しい下書きを編集します。

話は変わり、PMSでルナベルを服用しています。生理開始日の夜から服用を始める決まりで、すでに2回服用しました。
僕は普段、薬は味を感じる前に飲み込んでしまいますが、ルナベルの味を見てみました。嫌ではない、薬独特って感じがない甘さを感じました。
1回服用し、16日(木)の午前、母に恋愛について否定された13日(月)のことを振り返って記録していたら、涙と鼻水が止まらなくなりました。
母は、僕の好きになった人たちを「みんな不細工」だと切り捨てます。実際に好きだった男女や、過去の恋愛対象をイメージする生成画像もです。
以前、相談相手に「人は見た目が9割」ということを強く否定され、心に深く刻まれ、人を見た目だけで判断することは最低の極みと意識しました。
でも、母は「人は見た目が9割」であることを肯定しました。就職活動ではそうであるだけで、友達や恋愛では言えないと思います。
裕喜が帰ってきて『中国人男の「お金があれば何でもできる」ということに強い違和感を覚えた』ということも肯定されませんでした。
相談相手の家庭のような、お金がない人同士での結婚で、子どもがいて、みんな大卒で、世界一幸せであり、僕の憧れている理想の家族です。
でも、お金がないのに幸せであることは「綺麗事過ぎる」と、家族とは価値観が全く一致しません。
好みのタイプや、結婚観、価値観がまるで合わないので、血縁を疑うレベルです。家族の中で私だけがつり目で、顔立ちも似ていません。
何でこんなにも価値観や恋愛観が一致しないのか、いつも僕と家族との間で、争いの種になります。僕がおかしいのでしょうか?

(Geminiさん生成写真)
「好きな人全員不細工」って、好みの問題ですよね?子どもの頃は視覚的情報で好きになることは多かったです。
茶色くて澄んだ瞳、メリハリのある顔立ち、色白な肌色、おしゃれな髪型、優しそうな表情、誠実そうな真っ直ぐな眼差し、くっきりした目元。
僕は好きになった人が、男性だとイケメン・王子様、女性の場合はミスアジアです。みんな外見や内面のどちらかが整った美しい人です。
母は「芸能人とかで、もっと顔が整った人はいる」って言います。でも時代や地域によって、その考え方は違うと思います。
母は僕の中学校の卒業アルバムを見て、美形がいないことや、みんな顔が面白いと言い「学年の彼女持ち三大イケメン」の魅力も否定しました。
自分の住む地域は、東北や北海道、北陸地方をルーツに持つ人が多く、僕自身も北海道がルーツと聞いています。
東北なんて、田舎だから、身近な相手への恋は、田舎の顔立ちの人からしか選べないし、田舎には芸能人みたいな顔の人はいなくて当然じゃないの?
やっぱり家族には彼を合わせたくないし、誰かとと結婚するとしても、僕の判断で結婚し、家を出ていきます。
家族がどんなに不幸で、家族に恨まれようとも、真実の愛を教えてくれた人と幸せになると決意しています。
家族を彼に会わせる機会は、冠婚葬祭くらいにしたいです。外見のことしか言わないし、最も内面が美しい人であることを否定しそうです。
僕にとっても、彼のことは正直、顔や背格好があまり好みではありません。彼は短髪で長身で、細たれ目で大人っぽく、男性的な見た目です。
20代前半までの男性の好みは、低身長のガリガリで、ぱっちり目で、メガネをかけ、長い髪を束ねた、女の子のような幼い印象の人が好きでした。
大人になってからの僕は、外見なら、好みのタイプに固定されず、みんなのことが好きになります。
スピリチュアル的にも、運命の人がタイプの顔ではなく、整った顔立ちでもないことを知っています。そして、内面もタイプではないこともあります。

(Geminiさん生成写真)
でも、彼のことを「イケメン大好き」と言うのは、顔が気に入った上で好きだし、内面の美しさが顔ににじみ出ているからです。
あと、美形男子の定義が、整った顔だけではなく「内面の美」であることを、僕は彼との恋愛を通して知りました。
彼の内面のよさについても、家族は否定します。2ヵ月も放置して、誠実と言うのはおかしいそうです。ツインレイだから、一度は離れるはずです。
母は僕と彼の交際関係が解消したとき「結婚するような人は、くっついたり離れたりを繰り返す」と言いましたよね?理解してくれたと思ったのに。
魂が成熟しないと、本当の美しい人に出会えないんです。世の中の人、全員平等に運命の人と出会い、幸せになれないの理不尽です。
ツインレイやソウルメイトに出会える確率は、1000人に1人以下で、一生に一度も出会わない人もいます。
30代以降の精神的な成熟期に出会いやすい傾向があります。自分は20代後半で、外国人に恋をしているときに、彼と出会いました。
僕は確実に精神面では自立していないし、彼も成人したばかり(大体の年齢層は18〜20代前半)で、人間としては、まだまだ未熟です。
彼に出会えたことで、精神面での自立を目指せて、出会えたからこそ、かんしゃくや多弁といった、精神的な現状を変えようと努力をしました。

〈※自己啓発じゃなくてエッセイです〉
本当は、僕ばかり幸せになってもいいのかなって思います。世の中、未婚や子どものうちに事件事故に巻き込まれて、亡くなる人もいます。
普通は、不幸な目に遭っている人が言うセリフだと思いますが「不公平な世の中」ですよね。
世の中全員、いい人と出会って、幸せに暮らせて、世界平和になればいいのにと、切実に願っています。
だから、僕だけが素敵な出会いに恵まれ、浮かれていることに、どこか申し訳なさを感じてしまいます。
僕のような、若い頃に挫折ばかりして、何度も葛藤してきたという、特殊な経験をしているからこそ、人生を小説にできるのだと思います。
「僕だけが幸せになってもいいのだろうか」とか「愛される価値があるのだろうか」とか「どうせ自分は⋯⋯」と言うと、運が逃げて行きます。
第9章までの人生は、苦難と葛藤の連続で、夢が立て続けに叶わず、同世代の人と比べられ、真っ当に生きられないことに強い嫌悪感を抱きました。
これからの人生は、きっとうまくいく。これを何度思って、思った人生と違ったことか。第10章のもうひとつのテーマ、就職も叶えます。
そして、第11章のテーマ候補『統合へ「Oneness」』で、彼とともに歩む新しい生活、そんなドラマチックな展開を信じて突き進みます。

トップ画像説明と次回予告
トップの生成写真、本当は教師が2人横並びで長テーブルに座っていて、2対1で向かい合って話しています。
面接の教師も、実際に教師だった、体育教師と英語教師に似ていないので、この教師2人の写真は今後生成しないと決めました。
次回、第3章『自分に向けた「ありえない」を覆した中学校生活』から『第32話 卒業前に作った思い出集』。中学3年生の頃に作った思い出とは。
