第48話 高校時代の交友関係や様々な事情を抱えた生徒について
チカノベの人生史小説。タイトルは『精神障がい、性的違和の知暖が学んだ「真実の愛」と「人生の正解」を目指す道』。
脳の障がいによる障がい特性を持つ主人公の知暖が、人生でたくさん失敗し、苦しんで、たくさん泣いて叫んで、報われない経験をして生きてきた。
そうやって、いろんな人たちと関わっていく中で「社会性」と「愛の形」と「人生の正解」について学んでいくお話。
今回は、第4章『何かと闘いまくった高校生活』から『第48話 高校時代の交友関係や様々な事情を抱えた生徒について』です。
目次はこちらです。以前の話や次回以降の話を選んで読めます。

(Geminiさんで生成したイメージ写真)
高校時代の交友関係や様々な事情を抱えた生徒について
高校時代の交友関係は、中学時代からの親友であるゆきほと、メールをしたり、自宅に遊びに行ったり、運転免許を取得した記念にショッピングへ行ったりした。ゆきほは、同じ学園の全日制の高校を中退し、就職活動をしていた。
同じ学校では、元々下級生だった女子と、遠足のバスで話したことがきっかけで友達になった。お小遣いの金額が私より少なく、携帯電話を持っていなかった。同じタイミングで高校を卒業し、卒業式で退場したとき、泣いていた。
通信制高校には、いろんな事情を抱えた生徒が在籍していた。都市部の通信制高校には、芸能人や在留外国人の生徒がいるイメージがある。私が在学していた通信制高校には、外国から来たと自称する生徒もいるが、知っている中国語の表現で話しかけても理解してくれず、英語のことを「アメリカ語」と言い、ホラを吹いていたのだと思う。
私は中学時代、不登校を経験し、遅刻や早退、欠席を繰り返すことがあり、早起きが苦手で、集団生活に馴染むことも得意ではなく、通学に苦痛を感じていたため、週末だけ登校し、授業参加が自由な通信制高校を志望していた。学校が休みの日は、就労施設や、精神病院のリハビリテーション室で、作業や学習をして過ごしていた。
もちろん、自分の他に、発達障がいやコミュニケーション障がいといった障がい特性のある人もいた。私は広汎性発達障がいを抱えていたが、周囲には多動性障がいで、授業中に貧乏ゆすりをする生徒や、授業に集中できない生徒、急に泣き出す生徒、独特な発言をする生徒、常に賑やかな生徒、休み時間に目立つ奇妙な行動をする生徒もいた。学習障がいの生徒を受け入れているとのことだが、読み書きや計算が困難で、学習面で苦労していた生徒は見受けられなかった。場面緘黙症と思われる女子生徒もいた。喋っている姿を見たことがなく、いつも下を向いていて、彼女が指導を受ける際、私は保健室から退出するように促され、それぞれの特性に配慮が必要な環境だった。
障がい者の他に、子育てをしている母親の生徒がいた。もしかしたら、前の高校に在学中、妊娠をして自主退学し、出産したあとに通信制に編入学したのだろう。仕事をしている大人の生徒もいた。金曜日と土曜日は登校して勉強をし、日曜日から木曜日までは仕事をしているということだ。仕事を引退し、第二の青春として、通信制高校に入学する後期高齢者の方もいた。
特に多かったのが、不良やギャルといった、素行の悪い生徒や、個性的なファッションをする生徒。私もアクセサリーを身に着けていて、そのことは特に咎められることはなかったが、好ましいことではないし、染髪や化粧が許されているわけではない。未成年の生徒は化粧をしてはいけないことが決まっていた。素行が悪くない生徒も、化粧をしていることがあり、生徒指導の教師も黙認だった。髪を染めると、生徒指導を受けたり、黒染めスプレーで黒く染められたりする。髪を染めた生徒は、試験を受けられない校則もある。私も失恋をしたときは、やけになって髪をブリーチしたいと思った。ヘアチョークで髪を染めたいと思うこともあり、母に「学校辞めるの?」と言われた。模範的な生徒の道を外れるところだった。
素行の悪い生徒が通信制に在学している理由といえば、全日制の高校を自主退学した人が編入や転入をしたというケースが多い。中学卒業後、前期では高校に入学できず、後期から入学する不良もいる。10代の頃に素行が悪かったり、入学の機会を逃したり、自主退学をして高校に通っていなかった20歳以上の生徒も少なくなかった。そうした生徒がタバコを吸っているところを目撃し、先生に話すと「あの人は大人だからいいの」と言った。校内は禁煙だが、学校の敷地外や自家用車の中で喫煙するところを目の当たりにすることもあった。
私は学校でかんしゃくを起こすことがあり、退学寸前に追い込まれた。「ここまで酷いとは思わなかった」と、副校長が母に訴えた。それでも退学をしなかったのは、1年生の6月下旬から11月初旬まで、閉鎖病棟に入院して精神状態を回復させ、2年生から勉学に励んだのが功を奏したのだろう。自分が模範的であることに違和感はあった。他の健常者の生徒や、多動の生徒は、レポートの提出が遅れたり、内容不十分で再提出になっていたことは日常茶飯時だった。しかし、自分ばかり常に高得点で完璧な状態で提出し、休学中以外は全て提出期限に間に合い、点数にも問題がなかった。最初のうちは、家族に手伝ってもらっていたが、2年生以降は、授業には積極的に参加し、授業内容をよく理解し、レポートを自力で解き、提出していた。他の生徒たちが再提出になっていることが多く、自分は他の人と違って「普通のことではない」「おかしいことだ」と最近まで感じていた。でも、今は違う。この学校では、模範的な生徒のほうが少数派だったということだ。障がいという事情を抱えながらも、数少ない成績優秀だった自分を、今は誇りに思いたい。
おことわり
この物語は、自分の主観と記憶を辿り、実体験をベースに綴ったノンフィクション・エッセイです。一部、プライバシー保護のために、地名や人名、団体名、家庭事情等を伏せたり書き換えたりしています。そして、歳月の経過による記憶の断片を繋ぎ合わせています。当時の心情風景としての描写が含まれることをご了承ください。
あとがき
たくさんの人と関わり、関わろうとしていたのは、学生時代までです。20代半ば頃になると、交友関係の幅がだんだんと狭くなります。
恋愛の相手や趣味の仲間を探していた時期もありますが、アラサーになると、友達は中学時代からの親友の「ゆきほ」だけになってしまいます。
また、いろんな事情や障がいを抱えた仲間と一緒に過ごす機会も、高校の頃がピークだったと感じます。
成人後、就労施設で他の障がい者や疾患、病気を抱える人と一緒に仕事をしますが、大人しく、一見普通の大人のようです。
高校では障がいや疾患、病気がわかりやすく見えていました。多動や情緒不安定、コミュニケーションの難などが目に見えてわかりました。
「いろんな特性や内面的事情を抱える生徒たちに配慮すべき場面だったと」今は感じています。
作者の近況
今、第10章を生きる作者の近況。ゆっくり休んでいたら、もうこんな時間になってしまいました。今日、伝えたいことは多いです。
今日の就労選択支援での作業は、ラベルシールの切り取りと、食品製造の過程の一部、ラベルシールの貼り付けをしました。
立ち仕事で、首や肩、腰、膝を痛めてしまいました。体を壊しかけています。明日は飲食店からの発注が多いらしく、食品製造の作業をずっとします。

お茶会で、施設の人が手作りしたドーナツを食べました。ドーナツは、砂糖味ときなこ味があり、私はきなこ味を選びました。
最近、記事でもよく話していることで、私の外見だけで判断して興味を持ってくれる異性についてです。
施設の担当者に話しても「顔がかわいいから仕方ないじゃない」と流され、不快でした。外見はそう簡単に変えられません。
今の施設で、一方的な興味を持たれている男性について、解決策が見つからないため、Geminiさんと話しました。
その人は、自己紹介なしに、一方的に私に話しかけてきます。もしかすると、私のように、ASDの積極奇異型を持っているのかもしれません。
私も好きな人に対しては、一方的な気持ちを満たすために、しつこく話しかけたり、自分をアピールしたり、距離を縮めたりすることはあります。
そんな私の情熱的な愛をしっかりと受け止めた上で、私のことが好きな両想いの相手がいるので、他の恋愛対象を作る気はありません。
自分も積極奇異型なのに、他の積極的で多弁・衝動的なASDや知的障がいの方を見ると、すごく奇妙に感じてしまいます。
私に興味が少しでもあるのなら、自己紹介くらいはしてほしいです。仲良くなるには、名前や年齢、住んでいる地域、趣味等を普通は言いますよね?
その人は、とにかく一方的に、話すきっかけを作ろうと、早口で自分の存在をアピールしてきます。
正直、不快なので、名前も年齢も趣味も知りたくないです。逆に、親友のような存在の彼がいることや、私の内面が悪いことを知ってほしいです。
Geminiさんにも、自分の気持ちを少し打ち明け、相手のことを「積極奇異型?」などと話しました。
私が「見た目だけで興味を持たれるのが嫌だ」と感じること、そして「相手がいる風に振る舞っている」という自衛の仕方はとても賢いそうです。
それなのに、自分の名前も明かさず、自己紹介も一切なしに一方的に話しかけてくる異性がいて不快な気持ちになってしまいます。
それは、コミュニケーションとして完全に一方通行だし、私が警戒して嫌な気持ちになるのは当たり前のことだと理解してくれました。
私が「積極奇異型(自閉スペクトラム症の特性の一種)」という見立ては、非常に核心を突いている可能性があります。
ASD積極奇異型の人のコミュニケーションには、以下のような特徴がよく見られると言われています。
相手の状況や境界線(パーソナルスペース)が見えず、相手が嫌がっているサイン(そっけない態度、距離を置こうとする雰囲気)を読み取るのが苦手です。
自分の「話したい」「関わりたい」という衝動のままに突き進んでしまいます。また、対等なキャッチボールができません。
「まずは挨拶をして、自己紹介をして、お互いの名前を認識し合う」という社会的なステップをすっ飛ばしてしまいます。
そのため、自分の興味のある話題だけを、一方的に相手にぶつけてしまうことがよくあります。
私の場合は、相手の気持ちに全く配慮をせず、自分の気持ちだけを満たそうと、一方的に話しかけてしまいます。
その人に悪気があるかどうかは別として、私が求めている「お互いを尊重し合う対等なコミュニケーション」ができていないのは間違いありません。
私の内面的事情をその人に知ってほしいという思いは、これ以上踏み込ませないための強い防衛線になります。
これから、不快に感じることが続くようであれば、もっとしっかり職員さんに話そうと思っています。
見学の際にも、相手からアプローチされることがあれば「大きな声は出さず、職員に助けを求めてください」と言われていました。
明日、彼に愛の言葉をかけてみようと思っています。重くならないか、また彼が逃げ出したり、既読無視をしたりしないかが気がかりです。
外見だけで興味を持っている人がいても、どんな容姿の異性や同性がいたとしても、ときめかないし、私は彼以外は考えられないことです。
私は元々惚れっぽいですが、人を好きになると、ずっと大切にし、そう簡単に他の相手に乗り換えられません。

(Geminiさん生成写真)
彼と出会った頃、私は他の男性が好きで、どんなに輝かしい運命の相手に視線を送られても、気づきませんでした。
本当に眼中になく、私が一途で誠実なあまり、隣に世界一素敵な男性がいようと、乗り換えることはできませんでした。
彼はタイプの外見・内面ではなくても、パートナーに求める条件とことごとく一致しなくても、私の世界一大好きな人には変わりありません。
他の外見がタイプの人を見ても、自分をアピールすることはないです。彼に対して、人生最後の恋という覚悟があるからです。
そして最後に、仕事を始め、午前から午後まで作業をし、帰宅後は家事と休息の時間が必要になりました。
なので、90日以上継続していた連続投稿も、疲れた日や時間がなくなってしまった日には、投稿の作業を中止することも考えています。
一般就労をしたら、更に多忙になったり、体力が消耗されたりすることも考えられるので、自分の体力と相談して、表現者の活動を続けます。
トップ画像説明と次回予告
ピアスや染髪をしている不良やギャルに囲まれた画像を生成するように指定しましたが、なんだか不必要に絡まれているような画像になりました。
次回、第4章『何かと闘いまくった高校生活』から『第49話 高校時代母に苦労させたこと』です。
中学生時代は、毎シーズンの制服代と、かんしゃくで学校から呼び出され、仕事を早退させたことを母に苦労させたと感じた。
模範的な生徒でも家庭の取り巻く事情には抗えなかった。高校生時代に、母に苦労させたこととは一体何だろうか?
