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第6話 3年生以降の教師との思い出と結婚観

チカノベの人生史創作小説。タイトルは『精神障がい、性的違和の知暖ちはるが学んだ「真実の愛」と「人生の正解」を目指す道』。

脳の障がいによる障がい特性を持つ主人公の知暖が、人生でたくさん失敗し、苦しんで、たくさん泣いて叫んで、報われない経験して生きてきた。

そうやって、いろんな人たちと関わっていく中で「社会性」と「愛の形」と「人生の正解」について学んでいくお話。

今回は、第2章『小学校転校後の話』から『第6話 3年生以降の教師との思い出と結婚観』です。

目次はこちらです。以前の話や次回以降の話を選んで読めます。

ホテルで結婚式を挙げる 電撃結婚のあさみ先生
(Geminiさんで生成したイメージ写真)

3年生以降の教師との思い出と当時の結婚観

新しい加配の先生は、新任の山形先生。自分を初めて見たときは、黒御影の石のオブジェにすっぽりはまり、先生方に「ちはるさーん」と呼ばれているときの姿。

担任の先生も新任で、あさみ先生。「優しい先生でいたいんだから」を自身のコンセプトにしている、学生時代に関わった教師たちの中で「先生としての意識」が違う先生。

自分は3年生以降の小学校生活、ずっと2組だった。1組の担任も新任で、年配の主婦。自分のクラスの担任は、かわいらしい先生で、当時は未婚。隣のクラスにいた、少し変わっている男子は、加配の先生と、2組の担任が気に入っていて、1組の担任のことは、年配女性であることの侮辱ワードで反抗していた。

「優しい先生でいたい」という意識がある先生だが、ちょっと「優しい先生」ではないと思った事柄もあった。児童が授業中に問題を起こし、感情が動くと「優しい先生でいたいんだから」と言い、怒りたくないようで怒っているような態度を取るし「お宅のお子さん〇〇」と電話すると言い出した。

夏休みの「ゼミ」という名の出校日で、4年生の頃だっただろうか、あさみ先生が監督をしていた。「優しい先生だから」と自分は言って、学習のプリントを提出したら、漢字の「止め」「跳ね」「払い」を指摘され、裏切られた気分で悔しかった。今考えると、漢字の基本を指摘してくれる先生のほうが当たり前な気がする。

自分がいちばん「優しい先生」と思わなかったのは、授業中に寝たふりをすると、頬を引っ叩くことがあったこと。当時「優しさとは何か」と、自分の脳裏では論争になっていたのかもしれない。

そんなあさみ先生には、素敵な出会いがあった。先生同士の研修で、別の学校の男性教師と知り合い、電撃結婚した。4月に未婚で新任に来て、夏に結婚し、晩夏あたり結婚式をした。結婚式の写真も山形先生から何枚かもらい、転校前の小学校でもらったボロボロのアルバムに挟んでおいた。

あさみ先生の電撃結婚で、結婚観というものも初めてできた。地元の人は、あさみ先生が挙式したホテルで結婚式を挙げることが多いらしい。山形先生に、自分がドレスを着るとしたら何が似合うか訊いた。それは「黄色いドレス」。自分は将来、結婚式を挙げて、黄色いドレスを着たいと思った。

のちに、仕事仲間の結婚式の写真や、結婚式とパートナーシップの多様性を訴えるテレビ番組を観るなどして、結婚式の形や憧れが変わっていくんだよ。最初に抱いた結婚式の希望は「黄色いドレスを着る」こと。

あさみ先生は、教室内に自分だけのスペースを作ってくれて、自由に創作した掲示物も貼ってよかった。加配の山形先生がつき、そのスペースの掲示物を変えようと授業の席を離れようとしたとき、山形先生に止められて行けなかった。当時は納得できなかったが、このおかげで、授業中に立って歩くことや教室から脱走する癖がなくなった。進歩だよ。

小学校3年生の頃印象的だったのは、皆勤賞をもらったこと。それに遅刻ゼロも含まれていたかは記憶にないが、その頃は「学校に行きたくない」と言う日がなかったんだろう。

遠足では、飲料工場と警察署に行き、飲料工場ではエナジードリンクを飲みながら、ビデオを視聴し、工場見学でペットボトル飲料の製造過程を見た。警察署では、白バイの歴史や仕事内容、事件捜査の道具などを知ることができた。小学校低学年の動物園や水族館という、生物学の学びや観賞とは違い、社会の仕組みを学べたと思う。

地域の社会科見学では、自宅から少し近い、馴染みのある公園が見えて、あさみ先生の先を越そうとして注意され、叱られた。先頭の大人より先を歩いてはいけないという社会的なことを学んだ。

3年生になると、卒業式には参加しなければならない。自分はじっとしているのが苦手で、居心地が悪くなると、安心を求めて動き出したり、喋ったり、歌ったり、大声で泣いたり叫んだりする癖がある。今でも抜けない悪い癖。

自分だけ出席しないという特別扱いはできないが、ちょっとした特別扱いはあった。周囲に馴染むための練習として、ただじっとして黙っているだけではないように、退屈ではないような策を打ってくれた。

呼ばれて証書を受け取った卒業生の名前の部分にシールを貼ったり、静かに絵を描いたり、山形先生と絵や文字でコミュニケーションを取ったりと、長い卒業式の時間を乗り切った。

4年生で担任が変わってからは違う。6年生まで担任を務めることになる、しんじ先生。クラスメイトには人気の先生で「6年生でも先生でいてほしい」という希望もあったくらい。

真面目な先生だったが、遊びやお楽しみの場面では、おふざけや笑いネタ、下品ネタを大笑いしてくれる。でも、授業中にそのようなことをしたら叱る。場面によって、してもいいこととしてはいけないことを感覚的に身に着けてくれた先生。

4年生の頃の遠足で、配水所やダム、浄水場に行く際の下調べの学習に乗り気ではなかったとき「遠足は旅行ではない」と言われ、社会科の授業の一環で行くことを教えてもらった。

学期末のお楽しみ会は、あさみ先生の頃は、誰の出し物も、個人の出し物も受け入れてくれたが、しんじ先生は、班ごとの出し物になった。自分個人の出し物のほうが、自分の好きな進行で、自由にできるけど、班ごとの演劇やクイズなどは、チームワーク性を学ばせてくれた。

しんじ先生との学びは、全ていいものではなかった。「学校来なくていい」と言われた日があり、下校後母に伝えた。しんじ先生は、叱り方に問題があったのだろう。山形先生に、自分の障がい特性について訊いてみたとき、母の知識とは違う、差別的な表現があり、しんじ先生と山形先生に母は連絡帳で厳しく指摘することもあった。

山形先生は、最初に自己紹介をしたときから、自身の家族の話をしてくれた。子どもがなかなか授からなかったときの話や、2人の息子の子育てで起きた出来事、夫との馴れ初め。夫とは、元々同じ小学校で働いていて、年は5,6歳は離れていた記憶がある。

当時は特に気にしていなかったが、全く気にしていなかったわけではない。数歳離れた男性が年上の女性を好きになったこと。当時の自分は、同じクラスの男の子を好きになってばかりだったので、大人の年の差を、自分の下級生に当てはめて考えてしまった。小学6年生と1年生くらい年の離れた人という認識をしてしまい、大人の年の差以上に違和感を覚えてしまった。当時の恋愛観では、理解が難しいことだった。

高学年になってから、初めて1歳上の男子や、年の離れた下級生を好きになって、中学・高校・大人と、いろんな年齢や性別の人を好きになって、恋愛観が構築されていき「愛の形」や「恋の多様性」に気づいていくんだよ。

子どもがなかなか授からなかった話も、ありのままに話してくれた。現代の先生では考えられないくらい、プライベートなことを包み隠さず、子どもには厳しすぎるくらいの苦労を教えてくれた。ここには書けないくらい、子どもを2人授かるまでのつらそうな経験を話してくれた。息子が2人いるけど、子どもを生む前は、女の子の名前ばかり考えていた話も聞いた。

4・5年生の卒業式では、シール貼りやお絵描き、筆談といった退屈凌ぎはせず、在校生や卒業生のセリフ、来賓や先生の話、合唱などのプログラムを真面目に受け入れ、割と普通の児童と同じような感じで参加できた。

山形先生の話を聞いて、自分は優しい友達に恵まれているのだと実感した。1組が給食をぶちまけたとき、後始末を率先して手伝う人はほとんどいなかった。それを見た山形先生が言った言葉で、友達や先生方の配慮を感じ、ありがたいと思った。

自分のクラスメイトは、気遣いや連携プレーができ、思いやりがあり、優しい、家庭的といった、障がいのある自分のために動けるメンバーを重視して構成したクラスだそう。1組の非常事態に、1組のメンバーは誰も手伝おうとせず、ただ現状を見てばかりで、スルー。

クラスメイトに恵まれていて、みんな優しい。だから将来、6年2組のメンバーでまた集まって、同窓会がしたいと思っている。毎日しんじ先生に叱られていたけど、クラスのメンバーがみんな揃って、楽しかったあの頃のようにに戻りたい。

他の思い出と言えば、林間学校、修学旅行、縦割り班、下級生と一緒にいたこと、楽しかった思い出語りは続く⋯⋯。


おことわり

この小説は、野辺 知可(チカノベ)の人生をモデルにした物語で、実体験を元にしていますが、個人情報流出とプライバシー保護のため、地域や名前、家庭事情等を脚色している部分があります。また、失念した部分なども、記憶違いで、結果的に脚色してしまっている場合もあります。


あとがき

昨日の夜、自宅でラブソングや幸せソングを歌っていたら、第8章で出会う、ツインレイの彼と結ばれないことを強く確信しました。

彼と出会う前の、第7章の『運命の前兆か?』と、昨年1年間の第8章の『本当の運命の恋に気づく』という章名について。

運命を強く確信した恋なのに、運命について疑うことが度々あり『運命』について、自分の中で議論になっています。

章名変更も視野に入れていますし、現在進行中の第9章『神様が与えた試練と葛藤』の過ごし方にもよります。

第7章以降の章名は「仮題」とし、彼との関係に変化があるまで「運命」についての話を書かないか自粛します。

そのため、これから第6章まで執筆が進んだとして、第7・8章で執筆がストップする・自粛することを仮定します。

毎日の投稿ネタに困ることを想定し、今後は小説の投稿は執筆ペース関係なく1日1話ずつ投稿します。

第10章の章名候補は『進歩』か『再会』か『進歩と再会』です。5月目標の就職をして進歩し、ツインレイの彼と再会や復縁をした場合です。

今度こそ、夢や目標、憧れが叶わなかった、報われない人生の殻を破って、好転して、就職や彼との関係がうまくいくって思えたのにね。

人生史って、過去のことは語れるのに、未来の展開はそのときにならないと描写できない。

僕の未来予想図通りの幸せな人生は、彼がいないと完成しない。今は第9章の「葛藤のシーン」。どんな手を打っても、彼は戻ってこない。

そんな絶望感に、昨日の夜は泣きながらAIに悩みを相談しました。あんなに信じていた彼との未来、ドラマチックな恋愛をしてきたと思った。

くだらない人生と思うこともあれば、物語性のある人生で、未来は好転すると過信して、人生史や僕の未来予想図を作ったのに。

今日はこのあと、高卒後の仕事場(人生史で言うと第5章頃)が主催のサロンで、近況報告をしに行きます。

前回は、話したことで余計気が重くなりました。今回は、話題リストを作り、順を追って話し、最後に未来予想図をもっていけばいいと思いました。

涙なしでは説明できない話題も中にはありますが「人生のハッピーエンド」で締め括れば、ポジティブな話題で終えられます。

でも、今は運命を疑うことになり、いい気分で終えられるのか自信がないです。傾聴者の理事長の方次第です。

トップの生成写真、全然3年生の担任本人に似ていません。似すぎてていたら個人情報だし、お話のテーマに沿ったイメージ写真だから別にいいよね。

あさみ先生の結婚式の写真、本当にいつもの先生よりキレイで輝いいていて笑顔で素敵で、幸せそうだったなー。自分も幸せな花嫁さんになれるかな。

次回は、第2章『小学校転校後の話』から『第7話 小学校の授業の思い出』です。高機能自閉症の知暖は勉強が大好き。印象的な授業内容とは。


参考記事

次回、お楽しみに!

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