第35話 中学時代の交友関係
チカノベの人生史小説。タイトルは『精神障がい、性的違和の知暖が学んだ「真実の愛」と「人生の正解」を目指す道』。
脳の障がいによる障がい特性を持つ主人公の知暖が、人生でたくさん失敗し、苦しんで、たくさん泣いて叫んで、報われない経験をして生きてきた。
そうやって、いろんな人たちと関わっていく中で「社会性」と「愛の形」と「人生の正解」について学んでいくお話。
今回は、第3章『自分に向けた「ありえない」を覆した中学校生活』から『第35話 中学時代の交友関係』です。
目次はこちらです。以前の話や次回以降の話を選んで読めます。

(Geminiさんで生成したイメージ写真)
中学時代の交友関係と趣味
小学生の頃は同じクラスになったことはないが、中学1年生の頃から3年生まで同じクラスで、出席番号の近かった、ゆきほとは、よく家で遊んだ。ゆきほの家は、今は取り壊されている古い団地。2階建てのアパートで、2階の部屋でよく話をしたり、お菓子を食べたりした。ゆきほの弟と、忍者ごっこをすることもあった。ゆきほは、ゲームソフトやゲーム機を貸してくれた。ゆきほの過去の交友関係から、いわゆる「借りパク」をされた経験があり、ゲームの貸し借りは、こっちが「自宅に持ち帰る」のはNGで、いくら信用している友達でも、親に内緒でも持ち出しはだめだった。自分の母に話すと「親しき仲にも礼儀あり」と言われた。
小学校で同じクラスだったりずとは、小学生の頃に、中学生になったら、市内の商業施設に行く約束をしていた。中学校では同じクラスにはならなかったが、2年生の頃に約束が果たされた。自転車で市内を巡り、市街地にあった大手の百円ショップに連れて行くと、りずはその店を知らなかったらしく、他の友達とも通うようになったようだ。
りずは、戸建ての家に住んでいて、市内を練り歩くようになる前は、自宅で遊んでいた記憶がある。部屋でクラシックを流すこともあり、思春期の体のガールズトークをすることもあった。りずの家では、部屋で遊ぶ際、母親が早めの時間に「お開き」と言い、小学生の頃の自分は納得しないこともあり、廊下で暴れた経験もある。携帯電話は所持しておらず、高校生で親にスマートフォンを持たされたそうだ。自分のメールアドレスは年賀状で教えた。「気が向いたら連絡する」と言っていたが、連絡は来ておらず、連絡先は未だに知らない。
1年生の頃に同じクラスだった、あやかとみれい。最初にメールをした友達が、あやか。次にみれい。あやかやみれいは、戸建ての家に行くこともあった。あやかの家では、2羽のオスのセキセイインコと、メスで恰幅の良いチワワを飼っていた。インコを鳥かごから出し、遊んでいた。1階のリビングでしか遊んだことがない。
みれいは、比較的新しい家に住んでいて、家の大きさに対して、敷地が広いため、駐車場を貸していた。みれいとは、2階の自室で遊ぶこともあり、ペットは飼っていない。部屋では、ゲームをしていた。小学校の卒業アルバムを見せてもらったこともあり、いじめっ子の野田の写真や作文も見せてもらった。
複数人で遊んだこともある。2年生から同じクラスの、ゆきほとも仲良しの、えれんと、別のクラスのギャルと、あまり馴染みのない大人しめの子。隣の市の商業施設で遊んだ。母がお小遣いに千円をくれて、ショッピングや食事を楽しんだ。プリントシールを撮影した。自分も代金を支払ったはずなのだが、なぜか撮影したシールは手元に残っていない。アクセサリー屋さんで、えれんは親からお小遣いを多めにもらっていて、たくさんアクセサリーを購入していた。ギャルはつけまつげや化粧品にこだわりがあり、百円ショップのつけまつげは「ダサい」と言い、当時の自分には違いがよくわからなかった。自分は百円ショップでリップパレットを、悩んだ末、購入した。
他に遊んだ同級生がいたか記憶にない。メールだけの関係だった子はいる。でも、特別支援学級の担任に「断捨離すべき人間関係」だと促され、関わるのをやめ、実際に連絡を取り続けていたのは、ゆきほ、あやか、みれいだけだった。あやかとみれいは、中学校生活後半になると、急に連絡がつかなくなった。
中学生活では、なぜだか、りずとゆきほと3人で仲良くすることがあった。一緒に出かけることはなかったが、校内や外で会うと、3人で集まって学校の話をすることもあった。りずとは、高校1年生の春に「彼氏ができた」と報告したきり、話さなくなった。りずは自宅が近所なため、見かけることや、お互いを認識して見つめ合うだけのときもある。ゆきほは、5年程度会うことはなかったが、現在でも連絡は取っている。
もしかすると、小・中学校の頃の友達は、僕のことをもう覚えていないかもしれない。あやかも、みれいも、えれんも。少なくとも、りずだけは覚えていると思うけれど、年賀状をやり取りしていた他の学友たちはどうだろう。僕が人生の門出を迎えるとき、彼女らを招待しても差し支えないだろうか。「なぜ自分が?」と思われてしまうかもしれない。それでも、記憶力に自信のある僕の心の奥には、みんなとの思い出が永遠に刻まれているのだから。
おことわり
この物語は、自分の主観と記憶を辿り、実体験をベースに綴ったノンフィクション・エッセイです。一部、プライバシー保護のために、地名や人名、団体名、家庭事情等を伏せたり書き換えたりしています。そして、歳月の経過による記憶の断片を繋ぎ合わせています。当時の心情風景としての描写が含まれることをご了承ください。
あとがき
中学校時代、休日に遊んだ友達と、メールだけしていた友達がいました。校内で見かけて挨拶をするだけの友達もいました。
特別支援学級の同じ情緒級には、1学年下の男子がいましたが、同級生が苦手だそうで、僕より人間関係の構築が困難な印象がありました。
ASDは、社会的なコミュニケーションを図ることが苦手とされる発達障がいです。特性により、コミュニケーション傾向が異なります。
僕は積極奇異型で、幼少期から現在まで、他の人や家族とうまくコミュニケーションできず、もどかしい毎日を送っています。
小学生の頃は、障がいに配慮があり、みんな優しかったです。クラス編成も、教師たちが僕のために考えてくれて、優しいクラスメイトに恵まれました。
中学生になると、障がいが「おかしいもの」「頭が悪い」「避けるべき人」などというイメージを持たれ、いじめられました。
男子はいつもいじめる側で、女子の味方が多かったです。学生時代は、メールや挨拶をする友達がたくさんいました。
大人になり、対人関係や異性関係のトラウマで、自分で交友関係を狭くしてしまいました。
うまくコミュニケーションできず、気持ちの表現も、自分か相手の一方通行で、何度も喧嘩し、仲違いしてはうつになることを繰り返しました。
仲違いが相当なストレス、体調不良の原因になるので、過去の人間関係を排除し、新たな人間関係に興味がなくなりました。
知らない人に、友達同然のように、とことん話しかけていた自分が、新しい人間関係を望まないことが、異常事態だと感じています。
今回の話や、小学生時代の交友関係に登場した人たち、その他の人間関係のお話に出てくる人で、人生の門出を迎えるときに招待したい人たちもいます。
家族親族、学友、教師、第5章の就労施設の人、計20人の男女を呼びたいです。
その中に、友達以上恋人未満で、仲違いした男性や、理不尽な対応をした人、かんしゃくのとき掴みかかった人もいます。
仲違いした男性は、恋愛に悩んでいるイメージがあり、今も多分独身です。そんな彼に、僕の幸せを分けてあげたいです。
理不尽な対応をされたり、かんしゃくになって攻撃をしたりしてしまった教師たちは、嫌な思い出だけではなく、僕に社会性を教えてくれました。
運命の相手を見つけて、真実の愛を知り、人生史小説を通して、気づけた社会性や人生の正解を教師たちに知ってもらって、成長した姿を見せたいです。
その人生の門出を迎えるときに呼びたい人たちは、エッセイや第8章のお話で説明したいと思っています。
作者の近況
今、第10章を生きる作者の近況。明日はついに、復縁した恋人とお花見デートです!汽車で行きます。お互いの最寄り駅の無人駅から乗ります。
汽車内には両替機がなく、家族に頼んで、両替してもらいました。間違って運賃分を使わないように、コインケースに入れておきました。
このコインケースは、ファッション雑誌のmimiの付録で、MILKFED.のものです。このコインケースは、僕にとって縁起物だと思っています。
何年か前、祖母のお使いのときに持ち出し、ショッピングモールのサッカー台に置き忘れてしまいました。800円弱入っていました。
電話で問い合わせると、忘れ物として届けられていて、後日サービスカウンターへ取りに行き、手元に返ってきました。
幼少期、商業施設のトイレに、シマウマの毛並みのようなかわいい財布に千円以上入った状態で忘れたときは、盗まれたのか、返ってきませんでした。
家族も、財布を忘れたり、なくしたりしても、戻ってこないことがあり、キャラクターものの財布と、3万円程度の所持金をなくしたこともあります。
財布がそのまま戻ってくるのは、財布そのものや中のお金を持ち逃げしようとする人の悪意が振りかからなかったということですよね。
僕は昔から、忘れ物をしたり、物をなくしたりすることが多く、手元に戻ってきたものや、二度と触れることができなくなったものもあります。
他に戻って来たものといえば、携帯電話、おくすり手帳や保険証が入った診察セット、買った駄菓子、DSのゲームソフトなどです。
携帯電話なら、個人情報を悪用したり、端末を売ったりする人もいるし、保険証も身分の悪用に使用できます。
駄菓子は食べられるし、ゲームソフトも使用されたり、売られたりして、戻らないこともあります。
世の中、僕が思うより、悪意のある人はいると思います。返ってこなかったものは、人の悪意によるものもあるわけです。
僕は物質主義で、目に見える形ある物をたくさん持つことで満たされます。戻ってきた中で、いちばん大きかった物は、お金でも高価な物でもないです。
それは、何だかわかりますよね。明日「自分の元に戻ってきたんだ」と実感して、安心して、これからも大切に扱っていきます。
トップ画像説明と次回予告
トップの生成写真、最初に生成した画像を、変更したタイトルに合わせて、生成し直しました。最初は、交友関係と趣味についてのお話でした。

中学生時代、トレーディングカードに夢中だったので、こちらをトップの生成写真にしていました。
このお話を執筆していると、趣味のお話は書かなかったので、友達と買いに行った物と友達からもらった物を並べる画像にしました。
子ども時代の趣味については、第4章で振り返るので、その際に、中学時代の趣味に関する品々も説明するつもりです。まだ執筆していません。
次回、第3章『自分に向けた「ありえない」を覆した中学校生活』から『第36話 中学時代に学んだこと・感じたこと』です。中学時代の総評です。
