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スマホほどのアイロン

最近買ってよかったもの。それはこちら、

この時代にフッ素加工ってあったんですね

ナショナルのベビーアイロン「キューティ」。


幅なんてスマホよりも狭い

ご覧の通り、スマホほどのアイロンである。この使い物にならない感じが、とっても良い。

作られたのは、どうやら昭和50年代らしい。初代「キューティーハニー」が人気を集めていた時代である。本体カラーも、如月ハニーの髪色を意識したのだろうか。

もちろん彼女のように一瞬で変身するような華麗さはなく、昭和の家電らしく温まるまでにじっくり5分弱かかるのだが、油断してうっかり手を触れてしまったところ

「アチっ」

と、しっかり一人前の熱さになってくれていた。

半世紀近く前の家電になると、家に招き入れるのにそれなりの覚悟を要する。ちゃんと熱くなるのか、逆に熱くなりすぎて火を吹いたりしないか等の不安がよぎった。購入ボタンを押す前に、チャッピーことChatGPTにも意見を求めてみると、

「小さすぎて、ワイシャツなどには不向きです。ハンカチや、パッチワークなどの裁縫用には使えるでしょう。また、古い家電は内部の劣化により発火の危険もあるため注意が必要です」

という見解を返してきた。

しかし、「まあ二千円だし」というセコい妥協が、安全意識をあっさり買収した。発火についてはコードやプラグに異常がないか確認し、使用中に一歩も離れなければなんとかなるだろう。そう腹をくくり、私は購入ボタンを押した。

・・・そもそも、なぜ私は令和の御代に、昭和のベビーアイロンを買うことになったのか。


私は服を台形に畳むような子どもだったが、アイロン掛けだけはちょっとだけ好きだった。ワイシャツのシワがみるみるピンと伸びていく様に魅せられたのだ。

母から、

「やけどしないようにね」

と心配されながらも、最初はハンカチ、慣れるとワイシャツを掛けさせてもらえた。掛けた部分の生地がピシッときれいになっていく感覚が快感で、それまではしわくちゃのままで着ていたTシャツまで率先して掛けるようにさえなった。


ところが30代を目前にして、私はアイロン掛けが嫌いになった。

原因は、一人暮らしを始めるタイミングで購入したコードレスアイロンである。誰もが知る国内メーカー製で、シックな茶色にコンパクトな佇まい。コードレスで取り回しも抜群。完璧な相棒を手に入れた、はずだった。

ところが、こいつがどうにも使えない。

まず、肝心のシワがよく伸びない。それにスチームを出すと、本体から水がボタボタと滴り落ちてくる。アイロンを滑らせるたびに水シミができ、水シミを熱で乾かすものの、また水が垂れてくるという、水シミとの終わりなき戦いを続ける羽目になるのだ。

子どもの私の方が、よほど上手い。

実家に帰省した折、母に

「アイロンがうまく掛けられない」

とこぼしたところ、彼女は

「そのアイロン、軽いでしょ」

と全てを見透かしたように言った。

アイロンがシワを伸ばす際、必要なのは「熱」「重さ」「蒸気」の三要素である。ところが私のアイロンは軽く、蒸気はまともに働かず、ただ熱くなって水滴を落とすだけであった。

三本柱のうち、きちんと働いていたのは熱のみなのだ。これではシワが伸びるわけがない。

さすが、プロの主婦の見解は正しかった。

正しかったが、せっかく買ったアイロンを手放すのは惜しい。

そもそもシワになりやすい服を避けていたため、アイロンの出番は少なく、

「たまにしか使わないから」

と、だましだまし使い続けていた。

その後、夫と暮らし始めてからも、そのアイロンは我が家に居座り続けることになる。

いや、アイロンは勝手に居座らない。私が新しいものを吟味する面倒くささから逃げ続けていただけだ。


使うたびに水が漏れるストレスに耐え難くなり、先日ついに、夫に見てもらった。彼は家電などの構造を見るのが得意なのである。

タンクを眺めつつ、彼はこう言った。

「ここのとこ、割れてるよ。それに、接着されてるところと、されてないところがある。そりゃ漏れるよ」

「なぜか漏れる」という曖昧な状態だったものが、「明確に割れている」と判明したのだ。

そうなると、俄然買い替えたくなる。

私は今度こそ、「重いアイロン」を探した。

ところが、現代の消費者は軽いアイロンを求めているらしい。メーカー各社は1グラムでも軽くしようと企業努力を積み重ねているようで、私が求める、ずっしりとしたアイロンはどこにも見当たらなかった。

重さは諦めるとして、せめて「水漏れさえしなければヨシ」と割り切ることにする。

私は、Amazon、価格コム、楽天、ヨドバシカメラ等のレビューを手当たり次第に読み漁り、「水漏れ」という苦情が見当たらない商品を探した。そうしてようやく、某国内メーカーのアイロンがひとつ、見つかった。

ただし、レビューがたくさん付いている旧型はすでに販売されておらず、購入できるのは後継の最新型だけである。

嫌な予感がしたが、ほかに選択肢もない。ヨドバシ.comで注文した。

数日後、待ちに待ったアイロンが届いた。

期待に胸を膨らませながら箱を開ける。早速、夫と共にタンクをチェックする。

「……割れてる」

またか!!!

私が見てもわかるような亀裂が、しっかり入っていた。

いや、しかし。

見た目に亀裂があったとしても、水さえ漏れなければ使えるかもしれない。

私は淡すぎる期待を抱きながらタンクに水を入れ、アイロンを掛けるように本体を動かしてみた。

机の上に、水滴が落ちた。

・・・たまたま、この個体の引きが悪かったのだろう。そうに違いない。

そう考えて、ヨドバシの交換センターに連絡して、別の個体を送ってもらうことにした。


ほどなくして、交換品が届いた。

箱を開け、タンクをチェックする。

「……割れてる」

またか!!!

念のため、水を入れてみるが、やはり漏れてくる。

私は前世で、アイロンの神様か何かの逆鱗に触れるような、よっぽどのことをしでかしたに違いない。電気のない明治時代あたりは、中に真っ赤な炭火を入れる「炭火アイロン」が使われていたと聞く。前世の私は、この炭火を水浸しにして消火するような、たちの悪い嫌がらせでもしてまわっていたのだろうか。アイロン一族による時空を超えた水攻めの復讐に、私は今、遭っているのかもしれない。

ヨドバシに申し訳なさを覚えつつ、今度は返品を申請した。アイロンは二台とも漏れたが、ヨドバシの対応には一切の漏れがなく、救われる思いがする。

こうして、我が家からアイロンがなくなった。

たまにしか使わないとはいえ、布のシワを伸ばす道具が一切ないのは困る。早急に、代わりを探さねばならない。

・・・スチームアイロンに裏切られ続けた私は思った。

もう、スチーム機能なんていらない。

アイロンの内部で無理に水を沸騰させて蒸気を出そうとするから、あちこちから漏れてくるのだ。

ドライアイロンを使い、必要なときだけ霧吹きで水をシュッシュと掛ければよろしい。

そもそも、空にしたスチームタンクに残った水滴は、いつまで経っても完全には乾かない。平気で何週間もアイロンを使わないことがある我が家、わずかに残った水滴があの中でどうなっているか想像すると、ゾッとした。霧吹きの方が圧倒的に清潔ではないだろうか。


今度は現物を確認しようと考え、ビックカメラの店頭へ向かった。

しかし、アイロン売り場に着いて愕然とした。

ドライアイロンが、一台もないのだ。

売り場は、衣類スチーマーを筆頭とするスチーム勢の天下である。熱と重さだけで勝負する硬派なドライアイロンは、絶滅危惧種なのだろうか。

ようやくネットで生き残りのドライアイロンを見つけたが、

「ダイヤルが取れた」

などと書かれたレビューもある。

業務用はどうだろうと探したが、価格は5万円から6万円もする。ごくたまにしか使わない道具に、パソコンが買えるほどの金額を払う気にはなれない。

私の欲しいアイロンは、この令和の市場にはなかった。

そう落胆したところで、ふと思った。

令和の市場にないものは、昭和の市場にあるかもしれない。

私はアンティークに凝っている。古道具屋で食器を集め、アンティークの腕時計にまで手を出したばかりだ。家電もアンティークデビューしてみるのも悪くないような気がする。

そうしてメルカリで見つけたのが、この「キューティ」だったのだ。


初めて使うときは、こんなものでシワが伸びるのか、半信半疑だった。 なにしろ、熱くなる部分の面積がスマホほどしかないのだ。

ところが、予想は良い方に裏切られた。「キューティ」は現在、とても良い仕事をしてくれている。

まず、収納の場所を取らない。そして小ささゆえ、小回りがきく。普通サイズのアイロンだと、二重になった布地の下部分に思わぬ折れジワを作り、ひっくり返してみて「あーあ」となることがあるが、このサイズなら細かく確認しながら掛けられる。チャッピーは「Yシャツには不向き」と評していたが、肩口や袖口などの細かい部分にこそ、この小ささが最高に使いやすい。

それに、なんといってもこの見た目である。ポップなカラーリングに、作りは細部までしっかり丁寧であることがぱっと見から伝わる。アイロンを冷ましている間、机の端っこに出しっぱなしにしていたって、視界に入るたびににやにやしてしまう。

ミニオンとのカラーコーディネートも抜群

しかも、なぜか消費電力がものすごく低い。たったの80Wだ。現代のP社のドライアイロンが約700Wだから、およそ10分の1。昭和にこんな省エネ家電があったなんて、驚きである。

コンパクトで、愛せるルックスで、地球に優しく、ちゃんとシワも伸びる。これぞ、私が求めていたものだ。10年経っても、私の「ベストバイ」の筆頭に入り続けるのではないか。

夫に聞くと、この時代の家電は構造が単純で、夫の手で容易に修理ができるとのことである。私と夫とアイロンの3人で、できるだけ長く仲良く、一緒に暮らしていけたらと思う。


ところで、つくづく思うのだが、今の企業は本当に大変だ。コストカットと効率化を極限まで求められ、常に目新しさや新機能、話題性を要求され、短い納期に追われている。

アイロン事業部、ってなんかいいなぁ

それはよくわかる。だって、私も以前はがっつりそういうような世界で生きてきたから。そして、今でもその片隅にいるのだから。

生産性と利益を追求しなくてはならず、人手不足の現場で原材料価格や人件費が上がっていくなか、単価が安めの家電なんてものづくりの企業にとっては割に合わないのかもしれない。タンクの接着が甘くなるのだって、現場が悲鳴を上げている証拠なのだろうと思う。

でも、私みたいに、

「機能はシンプルでいいから、気に入ったものを長く愛したい」

と思っている消費者も、少なからずいるのだ。


スマホほどの黄色いアイロンを眺めながら、じわじわと熱を帯びていく時間を、ただのんびりと待つ。 この愛すべき「昭和のアイロン」がそばにいてくれるだけで、時々おとずれるアイロンがけの時間が、少し楽しいものになりそうな気がしている。

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