△乙訓さんぽ△⑥:長岡京駅周辺を歩く
実家に近い乙訓地区の散歩。前回までの探索で、向日市内の大きなJRの車両基地や、明治9年から現役で使われている6連レンガアーチ橋を紹介しました。実家から最寄り駅までの通学路にあったいつもの構造物と思っていたものが、実はすごいということを再発見したのでした。
(前回の記事はこちら)
今回は、その最寄り駅の一つであった、JR長岡京駅周辺をご案内します。
■今回の探索範囲

このあたりは、左の地図では、「新神足村」でした。
■まずは、小畑川沿いを歩きます。





では写真に見えている、小畑川沿いにJRをくぐる道を行きましょう。



JRの昔の橋脚跡でしょうか?基礎の形をした中州が見えます。



■長岡京駅周辺へ。

馬場橋からまっすぐ来たところにあるアンダーパスです。

昭和45年竣工】
民家裏架道橋という、ちょっとすごい名前の架道橋でした。実は、その名前はどうやら・・・、

「長岡京市馬場民家浦」という地名!!
この地の地名に由来する架道橋だったようです。それにしても珍しい地名です。


長岡京の大極殿をイメージさせる橋上駅舎が今の駅です。
右の自転車置場、昔はバスの転回場がありました。(元利用客なので覚えています)



長岡京音頭は、聞いたことないです(笑)(私は京都市民だったからか・・)

元々は乙訓郡内に向日町と山崎の駅が開設され、間に駅が欲しかった地元の請願駅のようです。




駅前広場には、新幹線とSLの動輪が。



勝龍寺城跡も、素敵な場所なので、また別機会に是非改めて紹介します。

長岡京遷都1200年(1984年)を記念して作られた駅舎。
■旧・西国街道を歩く。

【西国街道 右:一文橋、京 左:調子八角、山崎
長岡京 延暦三年至延暦十三年 桓武天皇王城之地也】



何だかとても懐かしいです。すぐ横に
「今日も無事故で笑顔の明日 開業45周年記念 昭和52年 神足駅職員一同」
昔の駅名標と、45周年記念の安全を祈念する石碑が保存されています。請願駅からスタートしたためか、地元の皆さんの思いがこもっているのでしょうか。
今回の探索は、ここを西端として、西国街道に沿って一文橋の方向に向かいます。


さすがに昔の中心地です。





豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に整備したとされます。



■終わりに
今回は、長岡京駅前と、その近くの西国街道を歩きました。今回の探索はここまで。次回は、長岡京市と向日市の境界にある、一文橋付近から向日市方面の探索が続きます。やはりこの街、とても面白いものが見つかります。何気なく歩いていた道も、違った目線を身に着けると、とても興味深い発見があることを改めて知りました。
(続きはこちら)
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