△乙訓さんぽ△⑦:一文橋から向日市上植野を歩く
実家の近所、乙訓地域の散歩。前回まではJR長岡京駅付近を歩いていました。昔から身近な場所だったのですが、改めてゆっくり歩くと、とても有意義な街歩きとなりました。
(前回の記事はこちら)
今回は、西国街道に架かるちょっと有名な橋、一文橋を渡り、向日市側を歩いてみたいと思います。
■今回の探索範囲はこちら

■一文橋を歩く




室町時代から続く有料道路だとか。
最初に訪問した一文橋。京都と西国を結ぶ西国街道の小畑川に架かる橋です。昔から橋が架かっていましたが、小畑川が氾濫するたびに架け替えなければならないので、架け替えの費用(一文)を通行する人から徴収するようになったのが名前の由来だとか。いわゆる「有料道路」のルーツのような橋です。今は向日市・長岡京市の主要道路の交差点となっていて、結構渋滞する場所でもあります。


■向日市内の西国街道を歩く
長岡京市側から歩くと、西国街道は向日市内を歩き、その後京都市内に入っていきます。向日市内の旧西国街道は、実は旧道の面影がのこるとても散策するのに楽しい街道です。


地域に歴史あり、です。

ちょっと残念な状況になっています。。



この辺りの山岳信仰のメッカは、京都の西にそびえ立つ、愛宕山のようです。



構造物の年代も昭和初期のものが多そうです。

細い道です。線路とはいずれにしても斜めに交差します。


今回はここで方向を変え、東側を目指します。
■上植野地区を東へ
上植野地区を東へ進みます。京都市内が実家の身にとっては、昔の「いつもの帰り道」というイメージでもあります(笑)。





少し離れたところにある、向日神社の御旅所のようです。




細い道と古い民家が建ち並ぶ場所です。

今でも地域の方に大切に扱われています。


丘の上の集落は、古そうな雰囲気です。


この辺りは旧・長岡京の施設跡が多数発掘されています。


第五向陽小学校には、想定浸水深の表示もありました。
■終わりに
今回は、向日市内の旧西国街道と上植野地区の古い町並みを歩きました。何気ない昔の通学路は、実はとても古い集落で、今もひっそりと良い雰囲気の狭い路地が沢山ある場所です。それなりに都市部(と思っていましたが(笑))にある小さな集落ですが、それを一瞬忘れさせるくらい、とてものどかな一角を歩き回ることができました。
次回は、また別の乙訓さんぽをお届けする予定ですので、お楽しみに(笑)。
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