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親友に、命を救われた話

今、消えたいと思っている人に、どうしても伝えたいことがあります。
これは私の親友が教えてくれた、あまりにも悲しくて、でも大切な教訓です。


“死にたいって言ってるうちは大丈夫”
その言葉を信じていた…

私には、誰よりもアクティブでオシャレで、優しくて、みんなから好かれる親友がいた。

若くして統合失調症になり、彼女の闘病が始まった。

きちんと薬を飲んでいた。

それでも少しずつ少しずつ悪化していき、 やがて「死にたい」と口にするようになった。


仲間内でも心配していたけど、
「“死にたい”って言っているうちは、まだ大丈夫らしいよ」
誰かのそんな言葉を聞いて、私は少しだけ安心してしまっていた。

きっと治る。

大丈夫。

そう信じていた。


だけどある日、 親友が自死したと報告を受けた…

到底、現実だとは受け止められなかった。

半信半疑のまま、お通夜の会場へ向かった。

近づくと、 〇〇家の案内が目に入る。

それは、紛れもなく親友の苗字だった。

それでも、まだ信じたくなかった。

恐る恐る棺に近づくと、 彼女は綺麗な顔で、まるで眠っているようだった。


寝てるだけだよね。

嘘だよね。

起きるよね?


涙が止まらなかった。

冷たくなった彼女の手を、ただただ握りしめた。

彼女の家族の計らいで、 思い出の写真がたくさん飾られていた。

どの写真も、明るく元気に笑う彼女。

それなのに、どうしてこんなことに…

私は、病気を憎んだ。

そしてその日から、私と共通の友人たちは情緒不安定になった。

それぞれが、 「救えなかった自分」を責め始めたから…

中には、自分を責めすぎて、 後を追おうとする子まで現れた。

それはどうにか食い止めることができたけど、 この悲しみや苦しみは、 どれだけ時間が経っても消えることはない。

私は今でも時々考える。

もし、もっと早く異変に気づけていたら。

もっと真剣に話を聞けていたら。

だから私は、 「死にたいって言ってるうちは大丈夫」 という言葉を、簡単には信じてほしくない。

その言葉の裏には、 「助けて」 「苦しい」 「限界だよ」 という叫びが隠れていることがあるから。

そして私は
生きるために、 少しずつぼやかして受け止めている。

彼女は遠い場所で暮らしているんだと、 そう思うことで、なんとかやり過ごしている。

もう会えないけど、 生きている世界が違うだけだと…

そうやって、折り合いをつけている。

この経験があったからこそ、

その後、人生でどうしようもなく辛い出来事があって

「消えたい」「死にたい」と思ったとき、

私は、どうにか思いとどまることができた。

残された人の苦しみを、 知ってしまっているから…

親友でこれだけ苦しいのなら、家族ならもっともっと苦しむのが目に見えているから…

悲しいけれど親友に、 命を救われた気がしている。

※統合失調症でも安定して生活している人は多く、これは一つのケースです。
この経験がすべてではありません。

🌿‬私のこれまでの歩みはこちら↓




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