💁【接待】きょうだい間格差 1253
きょうだい間格差についての新聞記事を読み、主旨とは違うだろうけど、厳しめ(?)の私見を以前に書いた。
私自身も経験者なので、お気持ちは想像できるんだけど。
その記事の追記で予告していたのが今回の記事。
碓井真史さんは、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授で、新潟市スクールカウンセラー。
「きょうだいは平等に愛してはいけない」という新聞記事の見出しに興味を惹かれた。
親の側にも子どもへの「好み」がある。
子どもの行動が親の願いと合わないと不満に感じてしまう。
親と合う子と合わない子がいると、家族関係が複雑になりかねない。
要約は筆者
これは解る。
クリクリお目々で、ポチャポチャほっぺで、ニコニコしてて、母の言いなりになる弟。
ガリガリで、いつもオドオドと母の機嫌を伺ってる可愛げのない私。
弟は小学生くらいになると、母のいないところで舌を出すようなこともあったけど、弟命の母の目には入らない。
弟の要領の良さには歯噛みする思いだった。
そもそもきょうだいは、仲良くせねばならないものではなく「仲が良い方がいい」ぐらいの関係。
「ねばならない」という考え方は、不健康な心を作り出す。
要約は筆者
私が弟や妹を羨むことを、母は「お姉ちゃんなのに」「お姉ちゃんのくせに」「お姉ちゃんだから」と嗜めた。
こんな状況で仲良くできる方が不思議、
親子の上下関係もそうだけど、きょうだいの順番や年の差は何年経っても変わらないし、変えることはできないのに理不尽。
自分の3人の子どもに「お姉ちゃん」「お兄ちゃん」と呼んだことはないし、きょうだい間でも呼ばなかったのは、そういう理由。
幼稚園に上がる前の幼い末っ子の進(仮名、次男)が、6歳上の修(仮名、長男)や8歳上の由美(仮名、長女)を、人前で「修‼︎」「由美‼︎」と呼び捨てにするのには閉口したけれど。
「きょうだいは平等に愛してはいけない」と考えている。
子どもは平等に愛されることを求めているのではなく、常に自分を見て欲しいと思っている。
子どもが「お兄ちゃんとどっちがかわいい?」と聞いてきたら、「あなたが一番」と言ってください。
要約は筆者
「常に自分を見てほしい」という気持ちは解る。
「平等に愛してはいけない」「あなたが一番」と言い切るのは、私にとっては斬新。
幸いなことに私は3人の子どもたちの誰かを依怙贔屓しないで済んだけど、もしそうでなくても、「あなたが一番」と伝えることで、「私は一番だけど、他のきょうだいは二番三番なんだ」と思わせることはしたくないような気がする。
あるお母さんは、あまり関われない子どもを時々「接待」する。
2人だけでファミレスに行き、「いつも我慢させてごめんね」と言いながらチョコレートパフェを頼む。
要約は筆者
思い出した。
何度か母と2人だけでお茶をしに行ったり、甘いものを買ってもらったりしたことがある。
「2人だけ」というのが、ほんの少しだけ嬉しかったし、「(弟•妹に)内緒よ」と言われると、優越感に浸れた。
会場(母が信仰していた新興宗教の集会施設の通称)からの帰り道、某和菓子店の甘味処、母は寒いからと2人前のお善哉を注文した。
今なら美味しくいただけるけど、私は大人になるまで餡子を食べられなかった。
母には何度訴えても伝わらない。
なぜなら母と弟の好物だったから。
買ってくれた甘いものといえば、酒饅頭(店頭で蒸してる)やら焼き餅(餡入りの巨大な草餅を店頭で焼いてる)やら。
母にすれば接待のつもりだったのかもしれないけど、私にしたら拷問。
お母さん、私をダシに使わないで。
自分が食べたかっただけなんでしょ‼︎
愛情は時間やお金の量では示せない。
どこかで特別扱いしてあげることで、「お母さんは私の方が好きなんだ」と思い、格差を感じずにすむのではないかと思う。
要約は筆者
これについては、ちょっと疑問。
短絡的に「愛情=時間」「愛情=お金」とは思わないけど、逆に愛情が湧かない対象には時間やお金をかけようとは思わないでしょ?
「特別扱い」の中には言葉やスキンシップなどが入るのだろうけど、自分のためだけに時間を使ってくれる、自分のために経済的負担を厭わないって、「愛されてる実感」に繋がると思う。
私が「そうされたかった」と、僻んでるだけなのかな?
親子と言えども相性があるし、縁が薄い場合もあると、私は思ってる。
もし「平等に愛さなくてはいけないのに、平等に愛せない」と悩んでる親御様がいらっしゃるなら、「平等に愛せなくても仕方ないよ、これも相性だし、ご縁だからね」とお気持ちを軽くしていただきたいと思う。
きょうだい間格差で苦しんだ当事者には、「お辛かったでしょう?愛されたかったよね?私もなのよ」とハグしたい。
その上で「でもね、親だって人間だから好き嫌いがあるのよ。子どもには好き嫌いをしてはいけませんって言うくせにね」と一緒に笑い合いたい。
自分の3人の子どもたちのことを好き嫌いしないでいられた私は、幸せな母だった。
尤も一方通行の片恋だし、今では総スカンなんだけど。
2025.9.7
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