vol.208おひとりさま編【いつ会えるだろう?】我慢発うつ病行き 1521
売り上げに関わる帳票が見当たらない(前日に私が処理したというデータは記録されている)と社員Aさんから指摘され、一睡もできなかったのは5/12(火)。
翌日も頭の中はそのことでいっぱい。
眠気は一向に訪れなかった。
日にち薬とはよく言ったもので、いつの間にか「たまに思い出す」くらいになり、服薬しながらではあるし、波もあるけれど、眠れるようになった。
その後、誰からも何も言われないけれど、帳票はどうなったんだろう?
「私が紛失した」ということで、片付けちゃったの?
5/23(土)仕事から帰宅した夜、何の前触れもなく鳩尾の少し上辺りに激痛が走り、10〜20分くらい継続。
その後も断続的に繰り返す。
以前受診時には「心臓ではないと断言できないが血圧は常に高くなく、ホルター心電図を取るほどではない」
「逆流性食道炎の可能性もなくはないけれど、服薬するほどでもない」と言われている。
前職時代にも何度も経験し、最近では昨年10月にもあった。
私の被パワハラに理解のあった当時の上司(休職中に異動された)は、「原因はメンタルです、ストレスです」と休職を勧めてくれていた。
結局何の手も打たないまま現在に至り、今回は5日間ほどかけて徐々に治まっていった。
5/29(金)夜、母が入所するグループホームの責任者から、母が嘔吐したと電話が入る。
訪問診療医の見立てでは食道裂孔の疑い。
急を要するものではないけれど、もし夜間に嘔吐があって、サーチが下がるなどバイタルに異常があれば、救急搬送する可能性があるとのこと。
そういえば母は、2024.2.23.金(嘔吐)にも、2024.10.5.土(骨折)にも、2025.6.10.火(喉詰め)にも救急搬送されている。
もし夜中に連絡があれば、またタクシーGOで駆けつけなきゃと思いながら就寝。
幸いなことに連絡はなく、後のことは休みのワタル(仮名、妹)に託し、私は出勤。
5/31(日)、母に面会。
ワタルと待ち合わせてグループホームに向かう。
由美(仮名、長女)は来ない。
彼女が来てくれたのは3/29(日)が最後。
ワタルとの間でどんなやり取りがあったのか知らないけれど、ワタルからのメールに返信すら寄越さないらしい。
今度はいつ由美に会えるだろう?



母は、「来てくれたの?嬉しい‼︎」と満面の笑み。
プリンでも買って行こうかと思っていたけれど、普通の食事を普通に摂れているらしく、気がかりの一つが消えたことにほっとする。
以前と比べ自分のキャパが随分と小さくなっていると思う。
体、生活、仕事のことを考えるだけでいっぱいいっぱい。
その上に母や由美のことが加わると、溺れそうになってしまう。
とてもじゃないけれど、うつ病以前のようには戻れない。
グループホームの責任者に、「相談したいことがある」と事前に連絡しておいたら、「もしかしたら特養に移るのではないか?」と波紋を呼んでいたらしい。
相談内容は、実家宛ての郵便物をホームで受け取っていただけるなら、郵便局に転送依頼を出そうか?ということなのに。
「ああ、良かった‼︎
人気者の○○さんがいなくなったら寂しくなるからどうしよう?と思ってたんですよ。
『ご家族の決断なら"お元気で"としか言いようがないね』と、他の職員も心配していたんです。
直ぐに伝えて安心させます‼︎」ですって。
ホームと母、ホームと私たちは相思相愛。
母は何て幸せ者なんだ。
ワタルと食事&お茶。
食事が物足りなかったので、スイーツは3つ。
ワタルから美味しそうなお菓子をもらう。
自分では買わないので、とっても嬉しい。


ワタル(電車)と別れ、バス停へ。
バスは出た直後らしくガラーン。
日曜夜は本数が少なく、次は20分後。

お手洗いにでも行っておくかと、歩き出した私の目の前に由美‼︎
お手洗いはやめて、回れ右。
私は嬉しくて仕方ないけれど、由美は私に対して「接点ゼロ希望」。
大人気ないと思っても、由美の気持ちは由美のもの。
私が変えることはできない。
バスが来るまで隣りに座り、ひとりで喋る浮かれた母。
20分なんてあっという間。
バスでは由美の後ろの席に座り、後ろ姿を堪能。
由美は振り返ることもなく、途中のバス停で降りて行った。
いつ会えるだろう?って思ってたんだよ。
元気そうな姿を見ることができて良かった。
2026.6.1.月
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