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虚構の裂け目③答え合わせ

やがて飯伏とケニーは新日本プロレスへ。
そこには中邑真輔、内藤哲也、オカダ・カズチカ
そしてバレットクラブ。
ケニーはトップヒールに、飯伏はIWGP世界王座の初代チャンピオンになった。
飯伏がケガで失速し、ケニーが去るまで5年ほどその物語を追った。



そんな中CIMAはドラゲーを離れていた。
YouTubeで試合も観ていた。
そして4年前新日本のニュージャパンカップ
CIMAがシークレットで出た。
あの会場のざわめきは凄かった。

オカダとの兄弟弟子対決もあったNJC

そして社長&校長に履歴書を出してから18年経ち、マグナムTOKYOとCIMAのトークショー。

そこで長年気になっていたことの「答え合わせ」が行われた。真実かどうかは分からない。だがずっと引っかかっていたパズルのピースがはまった。
東京に来たばかりの頃。闘龍門からドラゲーのレスラーと飲み友になったことがある。その時でさえ聞けなかった話だった。
多くの団体は資金難で潰れる。だが闘龍門は違った。
金はあった。だからこそ崩れた理由は金ではなく人。

経営とスターの両輪だった。マグナムTOKYO
スターとして団体を引っ張った。CIMA
そして会社を回していた。岡村社長
成功していたからこそ生まれた闇がある。

あの時の履歴書で採用されていたらどうなっていたんだろう。
たぶん相当大変だったと思う。まあでも考えてみれば
あの後、俺は車の業界でも一度死にかけている。

結局どこに行っても俺のアミダくじは似たようなもんやったかな。どーですか?お客さん⁉️

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