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還暦オヤジのやりたい放題 06 予備自衛官への道3

晴れて予備自衛官補に

2度目の挑戦で、51歳にして晴れて予備自衛官補となりました。
これからの未知の世界に只々ワクワクしていました。
技能の予備自補は5日間が2回、合計10日の訓練を経て予備自衛官になります。

予備自技能 訓練概要 防衛省のサイトより引用(https://www.mod.go.jp/gsdf/reserve/yobijiho/training.html)
予備自一般 訓練概要 防衛省のサイトより引用(https://www.mod.go.jp/gsdf/reserve/yobijiho/training.html)

予備自衛官の知り合いもいなければ、自衛隊の都合も全くわからない51歳のオヤジが、仕事でもなく趣味でもない、自分の信念だけで駐屯地へ乗り込むなんて、その後の展開が全く想像できませんでした。
不安がないと言えばウソになります。でも、自分で決めて自分で始めた事なので、どうしてもダメなら辞めればいい、自分がやるだけやってどこまで通用するのか試してみたい、そんな思いもありました。

予備自補 技能訓練の過酷さ

訓練の内容については守秘義務があるので何も言えませんが、実際の訓練よりもまずは集団生活に慣れるのが大変で、オッサン達が1部屋に10人以上詰め込まれ、二段ベッドで寝泊まりし、朝は起床ラッパで飛び起きて整列し、決まった時間に食事や風呂を共にし居室では飲酒禁止、移動は決められた服装で常に隊で行進し、消灯後には強制的に就寝、昼間は訓練、スキマ時間には身支度や整理整頓、基本教練の復習等やる事と覚える事が多すぎて、休む暇など全くない5日間を過ごす事になりました。
特に技能は10日間で自衛官に必要な訓練を行うので、詰め込み教育となっていて予備自一般とは違い、濃縮された苛烈な10日間を過ごす事になります。

1段階目の8月の訓練では、居室のエアコンが故障して汗が首を滴り眠れない夜が何度もありました。慣れない半長靴を長時間履いての訓練では足の爪が内出血し、あまりの過酷さに隊からの途中離脱も頭に過ぎりましたが、そんな事を班長に言う勇気もなく、心身の疲労を日々感じながらも目の前のやる事を黙々とやるだけでした。

また、2段階目には射撃訓練がありました。
初めて武器庫で一人一人に小銃を渡される時、自らと国民を守る為に国から特別に授かった本物の銃の重さは、物理的にも精神的にもにズシリと重く感じられました。
実際の射撃も、国内で実弾射撃ができる事自体非常に特別で、もう自分はそこいらの普通のオジサンではないんだと変に納得してしまいました。

訓練があった武山駐屯地には陸上だけでなく海上自衛隊もあります

そして、無事予備自衛官補の訓練を終了し、晴れて予備自衛官になる事ができました。正直おじさんにとっては、フィジカル面よりも精神面のほうがキツかったです。
サラリーマンは失格の自分ですが、非常勤の特別職国家公務員という立場は自己肯定感をグッと上げてくれます。
日頃もなんとなく自分に自信をもって生活ができるような気がします。

そこで改めて思ったことは、
① 被災地での援助活動はこの訓練とは比較にならない程過酷であり、先の見えない状態で作業を行う訳で、この程度で音を上げていては話にならないという事。
② 今の生活がどれほど恵まれているか、自由過ぎて温過ぎるという事。
③ 被災者の力になるには、まず自らの強さが不可欠であり、その自覚と心身の鍛錬が必要である事。
④この訓練に参加し終了する事ではじめて自分も隊の一員として認められ、一般人ではできない国の援助活動に参加できるという事。

頭で考えるだけでは到底理解できない、体で感じる事の大切さと
まずは「覚悟」が必要であるという事を痛感しました。


錚々たるメンバー

技能訓練に参加する方々は、聞くと錚々たるメンバーで、自分みたいなただの冴えないサラリーマンがここに参加してもいいのかと恐縮してしまいました。
年齢層も幅広く、各人の職業や技能を言うと医師、薬剤師、看護師、弁護士、大学教授、元外務省職員、元商社社員、整備会社社長、バイリンガル等それぞれの分野で知識や経験を持たれ、活躍されている魅力的な方々です。でも皆さんには共通点があり、それは国への強い想いで自ら志願してきたという事です。
このメンバーの中に入れてもらえている自分が正直ちょっと誇らしく思えて、こんな貴重な出会いは自身が志願しなければあり得なかったと改めて感じました。

報酬の使い道

予備自補や予備自には報酬があります。
ただ、自分は報酬欲しさで予備自になった訳ではないので、自分の意志の弱さを補うためにも自らを律して、予備自を辞められないようにしようと考えました。
そこで、報酬の多くをWorldVisionというチャイルドスポンサーへの継続寄付にする事で、辞めるとチャイルドサポートも止まる事となり、自分の都合だけで辞められないという訳です。
もし、「予備自なんて報酬欲しさでやっている」と言われたとしても、胸を張ってそうではないと言える自分は、正直気持ちが良いですし、この自己肯定感は自身の気持ちを豊かにしてくれます。もちろんサポートしているバングラディシュのお子さんの笑顔も、報酬以上に我が家みんなを幸せにしてくれています。

World Vision のサイトより引用 https://www.worldvision.jp/index.html

自衛官として訪れたい場所

実は以前より、もし予備自衛官になれたら是非行きたいと思っていた場所があり、妻には許しを得て予備自になったお祝いとして早速そちらへ一人旅をしました。そこは一般人としてではなく、陸上自衛官としていくことに大きな意味がある場所だと思っていたので。

そのお話は次回「予備自衛官への道4」にて。


余談

会社には、自身が予備自衛官になった事で、有事の際の休暇について以下のように尋ねてみました。
「国や官庁等の出頭要請については特別休暇があると社内規定がありますが、国家の有事により防衛省より招集命令があった際、特別休暇の対象に該当しますか?」

会社の回答(人事の女性担当者よりメールで)
「裁判員裁判等で指名された場合は特別休暇として扱いますが、予備自衛官は個人の自由意思で行われる活動ですので、会社としては特別な対応は行いません。ボランティア休暇としても規定外です。自己の有給休暇を使用し、それ以上は欠勤、休職の扱いとなります。会社として個人の活動を阻害はしませんが、補助する事もありません」

微かに残っていたか疑問の愛社精神が地に落ちてゼロになった瞬間でした。

自分は、この担当者はこのメールを平然と書いているんだろうか?
東日本大震災をどう思っているのだろうか?ととても不思議に思いました。
もし自分が担当者なら、会社の規定は変えられないとしても、
相手の心を汲む文言になると思うからです。
目には目をという事で、退職時に盾を切り刻む事に…(02 再雇用辞退編参照

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還暦チャレンジャー ケビン 大変おこがましいの重々承知しております。 還暦オヤジの戯言に共感してもらえたら宜しくお願いします。