東海自然歩道_12|柳生街道で奈良へ
今回は8月26日に歩いた
東海自然歩道12回目について🌱
前回から約2ヶ月ぶり…
11回目は6月中旬の梅雨真っ只中に
月ケ瀬口から笠置まで歩きました
今回は季節が変わり夏の自然歩道
笠置から柳生街道で奈良へ向かいます
■これまでの軌跡

※詳細地図は目次最後の今回のルートで🗺
モーニングは早朝の奈良で🦌
この日の出発地点は京都の笠置ですが
モーニングできそうな店がないため
手前の奈良市内の店へ向かいました
初入店の店やったけど
居心地もモーニングも良い店でした🤗
今回喫茶には7時前に到着を目指し
大阪の自宅を5時台に出発しました😴
その理由は出発地の笠置駅へ向かう
列車の都合によるもの

07:50|奈良
↓ 🚃《JR関西本線》
08:04|加茂
08:15|加茂
↓ 🚞《JR関西本線》
08:23|笠置

9時までに出発するには
8:23着するしかなくその次だと
9:47着で1時間以上遅れてしまう💦
ということでの早朝モーニングでした😆
東海自然歩道を歩く《12》

ということで無事に出発地点
京都府の笠置駅に到着🙌
すでに達成感がありましたが
ここからが本番と気合を入れ出発

駅から少し歩くとぶつかる
T字路が東海自然歩道で
今回は右の柳生方面へ向かいます
笠置山を経て奈良県へ

少しだけ市街地を歩くと
笠置山方面への道と分岐し
早々に山登りに突入する💦


笠置寺参詣道下の道の仏堂で本尊仏は青面金剛石仏。善を行い身をつつしんで笠置寺に参詣するとともに道中安全の道祖神の意味も持つ。
この先何事もなく歩けるよう
手を合わせておきました🙏


笠置寺まで登りが続き最後は階段💦
歩き始めでのこれは堪えるが
この日一番はここまでの登りで
序盤の1〜2kmでした🤣

門前まで来ましたが境内には入らず…
この日は多くの社寺の近くを通るけど
1つ寄りだすと全て気になってくるので
全て立ち寄らないことにしました🙏
笠置寺奥には笠置山もあるので
別の機会に再訪する予定です🌱

笠置山から柳生方面へ向かうと
府県境の直前に地図を発見
見慣れた京都府のマップも見納め🥺
この先は自然歩道では初の奈良県🙌

府県境看板は見当たらなかったけど
標識が奈良県になりました🙌

正面に彫られた阿弥陀如来は流行病よけの願を聞いてくれるといわれ、向かって左側の地蔵菩薩は子供のいない人が豆腐を供えると思うままに授かると言われる。室町時代の作。
柳生街道とは
石仏の説明横に自然歩道案内もあり
奈良市街地まで街道沿いに歩くそう
そもそも柳生街道はどういう道なのか
事前情報なしに歩いてしまったので
復習も兼ねて調べた内容を先に書きます
柳生街道とは春日山と高円山の谷を越え、奈良市街地から柳生へと続く古道です。沿道に誓多林、忍辱山など、インドの聖地に見立てた仏教由来の地名が今でも残っていることから、奈良・平安時代には既に山岳仏教の道場となっていたと考えられます。

誓多林(逝多林)とは、祇園精舎(古代インドにあった寺院)が建てられた園林。もともと逝多(古代インドの王子、祇陀太子)所有だったことに由来する。

忍辱山の「忍辱」とは、菩薩の修行すべき六つの徳目をあらわす菩薩行六波羅蜜(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・般若)のひとつで、いかなる身心の苦悩をも耐え忍ぶというということを意味しています。
そして300年前に柳生新陰流が興されて以来、「柳生の剣」を求める武士が柳生街道を通って柳生の里へと足を運んだと言われます。
アニメ鬼滅の刃の聖地もあるそうですが
全く読んだことないので気付かず…
知ってても何これ?で終わるやろうけど🤣
そんな柳生街道
色々知ると再訪したくなるけど
それはまたの楽しみにするとして
今回は無知なまま歩いた道のりを
写真で辿っていきます🙌
柳生の里〜かえりばさ峠
川沿い日陰の阿対の石仏から
炎天下の農道に出たとこから💦

標識には柳生街道と書かれてますが
側面に東海自然歩道ともあり👍


柳生十兵衛三厳が、幕府の内命により西国大名の動静を調べるための旅に出る際、先祖の墓を参った時に植えられた杉と言われる。樹齢約350年余りを経て落雷のため枯れてしまった。

石垣の上は旧柳生藩家老屋敷で
興味あったけど時間の都合でパス



社寺名所旧跡と田園風景とが
交互に現れ飽きない道のりやけど
色々気になりペース上がらず🤣
この付近に宿あるらしいので
次回はそこに1泊して散策かな♪


この石仏は1319年の刻銘を持つ古いもので、疱瘡よけを祈願して作られたと伝えられています。

石仏を過ぎるとかえりばさ峠へ続く
石畳の山道になり涼をを味わう😆
この日、日陰は快適でした

急坂を下るとのどかな風景
一部は黄金色になってて
少し秋を感じれました🌾
南明寺〜夜支布山口神社


本堂は鎌倉時代の建築らしいが
当面の間境内立入禁止らしいので
道路側からの写真です🌱



再び集落の中に入り
歴史ありそうな民家の角を曲がる

6世紀後半に造られた古墳で、室内に多数の土器と鉄の鏃や刀、馬具が副葬されていました。この地域を治めた首長の墓だと思われます。
集落、農地、集落…の流れで
まさか古墳に遭遇するとは🤗
さすが歴史のある道やなと感動

この道、写真には写ってないけど
1歩進めるごとに無数のバッタが
飛び跳ねまくってました🌱

街道の柳生とは違う字で
同じ読みをさせてるのには
何か意味があるんやろうけど
深掘りは再訪する機会にします😁
忍辱山〜峠の茶屋
神社を過ぎると名所は減り
自然歩道な要素が増してくる🌱

2ヶ月ぶりの自然歩道歩きの序盤から
名所旧跡が連続してて忘れてたけど
本来はこういう道が目的でした😆



結構登ってきたと思ったら
またまた集落に入りました😓
このエリアが先述した忍辱山


車道から分岐する旧柳生街道
この辺りから標識の行先表示が
峠の茶屋となりました🍵
ただ旧街道沿いに昔は茶屋があって
現在は何もないけど茶屋跡として
地名だけ残ってるんやと想像🙄

実際に以前歩いた中山道和田峠では
東餅屋などの茶屋があった場所が
地名として残ってるが何もなかった


標識に距離がないので
何もなければいつのまにか
通り過ぎそうやと少しドキドキ💦


田んぼを抜け集落に入り
峠へ向かう坂道になった

やっぱりここも地名だけか…
と思ってたところで突然現れる

なんと江戸時代から続く茶屋で
現在も営業してるらしい😁
存在してたら立ち寄ろう♪
と思ってたんですが飲食欲よりも
汗流したい欲が強まってきてたので
ここも次回の楽しみになりました😋
峠の茶屋、食べログがある🤣
滝坂の道
石切峠から奈良市街地まで
一気に下っていく…
奥山ドライブウェイを横断し

ここから石畳が続く滝坂の道
春日山原始林が古都奈良の文化財の
一部として世界文化遺産に登録され
石畳の改修工事も行われたそう

首の部分で二つに割れた地蔵で、剣豪の荒木又右衛門がためし斬りしたとの伝説が残る。鎌倉時代に作られたとされる地蔵菩薩。

木彫りの看板で現在地確認
奈良の市街地はもうすぐ🙌

早朝、高円山の頂からさしのぼる朝日に真っ先にてらされることから名付けられたもので、実際には観音ではなく中央は弥勒仏、左右は地蔵仏です。石像には1265年の銘があり鎌倉時代の石彫。


岩が転がっているのが名前の由来ですが、彫られているのは密教の本尊大日如来で室町時代前期のものと推測されています。
首切地蔵、朝日観音は鎌倉時代
寝仏は室町時代の石仏だそうです
同じような石仏としか思ってなくて
実際知った今でもどっちが昔やっけ?と
歴史の疎さを痛感してしまってる
今さらやけど日本史ちゃんと勉強したい😄
今なら頭に入りやすい気がする♪


古い石垣と石灯籠を過ぎると
森からいきなり市街地になりました

今回の自然歩道はここまで🙌
これより市街地を歩き銭湯へ…
銭湯と夜ご飯を経て
この日は奈良に1泊します
詳細は添付記事で書いてるので
興味があればどうぞ🦌
今回のルート

■東海自然歩道の軌跡(12回目まで)
・全長1697.2km|255.5km完歩|15.5%


・時間:約8時間10分、・距離:22.1km
・登り:944m、・下り:907m
笠置駅→笠置寺→阿対の石仏→旧柳生藩家老屋敷→柳生八坂神社→疱瘡地蔵→かえりばさ峠→南明寺→水木古墳→夜支布山口神社→円成寺→石切峠→滝坂の道→花園新温泉|太字:立寄地
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