99:もう一度、マンドリンを・・・。
前回、マンドリンを
教えてくれた先生について書きましたが
ある意味の恩師が、もう1人おります。
大人になってマンドリンクラブに所属して
コンサートマスターもさせていただいて
5年は経っていたはず・・・。
その頃の私は、子供のスポ少の
やれ当番だ、やれ試合だと
土日は全部、スポ少に持っていかれ
組長だの、婦人会だの
区の子供会の役員だの、旗振りだの
学校のPTA役員(下っ端だけど)もしていて
忙しい日々を過ごしていました。
更にマンドリンクラブの
創立30周年記念コンサートが決まっていて
練習もしなければなりません💦

全く暇のない・・・、そんな折、実母が
スキルス胃がんになり
胃を3分の2切除する手術をすることになりました。
母は手術2週間くらい前から
検査、検査で入院していたので
実家の家事、自分家の家事と
勿論、仕事もしていたし
諸々の用事もあり
演奏会の練習もあり、
もーーーてんやわんやでした。
コピーロボットが欲しいくらいでした。

そんな忙しい日々を送っているけれど
マンドリンではコンサートマスターです。
役員会議もでなきゃならないし
14曲くらい・・・1時間半は弾く
曲の諸々たちを1音たりとも間違えないまで、自主練習し、
全体練習で曲も色(雰囲気)付けして
仕上げなければならない・・・
コンサートが12月
母の入院は11月でした。
実家にも行くし
入院先にも行く
もう!自宅で自主練習などしてる暇などなく!
毎週のマンドリンクラブの練習の場で
練習するだけしか出来ませんでした。

余りの忙しさに、心がやさぐれ
マンドリンは楽しくなくなってしまいました。
『演奏会が終わったら
退会させて貰おう・・・』
『コンサートマスターだし、
ソロもあるし・・・演奏会までは・・・』
そんな事すら考えてました。

そんな時、他所のマンドリンクラブの
演奏会があり、
自分たちの演奏会に来てもらうには
やはり、行くべきなので
出来るだけ沢山の人数で行くことになり
駐車場の数の問題もあるので
数台で乗り合わせて行きました。

その時、たまたま、同じ車に
Sさんが同乗しました。
Sさんは
60過ぎてからの手習い的に
初心者教室から
マンドリンクラブに入られた方で
そんなに弾ける訳ではないけれど
何年もされて、段々、弾けるようになっていた方でした。

なんの話からだったのか
『初心者教室からMさんと一緒に入ってよかった』といった お話を
Sさんは、されたのです。
その時の私は、マンドリンが面白なくなり、
楽しくなくなって、心の余裕もなく
ただ義務的にやっていて
心が、やさぐれてた状態でした。

車内で、彼女は
私を褒めてくれました。

ちゃこさんが、「弾けるとこだけで良いよ」
「私が必ずと弾くから、任せて!
弾けるとこだけ弾いてくれてたら
大丈夫だから。」
「だんだん慣れたら、もう少し、ここも、もう少しって
増やして弾いてくれたら大丈夫だから」
「それには何年もかかるから、のんびりついてきて」って言ってくれたから
Mさんと安心して、弾けるとこだけ弾いてた。
でも少しずつ曲もわかってきて、弾けるとこも増えて
みんなで1つの曲を作り上げていくのがこんなに楽しいと思わなかった。
農家に嫁に行って
必死で家の事(農業も含む)して
子供育てて、大きくなって
孫も出来て
やっと自分の時間が持てるようになって
始めたマンドリンだけど
こんなに楽しいと思わなかった。
だんだん弾けるようになってきて
“みんなで曲に色を付ける作業”
が
楽しくて楽しくて🎵
音楽ってこんなに楽しいんだ!って
毎日の生活に色がついたの!
ちゃこさんが支えてくれたおかげ!
いつも前で、ちゃんと弾いて
引っ張っていってくれたおかげ!
ありがとう😆🎶

彼女は私にそう言ってくれたのです。
ただただ、日々に追われ、クタクタになり
マンドリンが義務になり
心に余裕がなく、
やさぐれてた私には、
心に染み入る 言葉でした。
その場では我慢しましたが
帰宅してから、涙が止まりませんでした。
(書いてる今も泣いてますが)

『音楽が楽しい』そんな事すら
忘れていた・・・
『生活に色がついた』
そこまでの言葉が貰えるなんて・・・
頑張ろうって、また、
頑張ろうって思えました。

その後、彼女は
『夜の練習で車の運転が
危ないから、と家族に止められて』
と、言う理由で
クラブを退会しましたが
退会してから 1年7ヶ月後に
亡くなられてしまいました・・・。
きっと、ホントは
何かの病気を抱えていたのだろうと、
思われます。

退会なさってから約1年半後
私は彼女のご自宅に電話をしたのです。
創立40周年記念コンサートが決まり
OBとして受付をして欲しくて
お願いする電話でした。
旦那様がでて、
『ちょっと妻は、忙しいから折り返しかける』と言われ
2週間経っても折り返しがなく
(連絡をしないタイプの方ではないので
待ってましたが・・・)
もう一度かけた時、旦那様が出られ
『申し訳ない。一昨日、亡くなって・・・』
とにかくビックリしたけれど、
後々、
そんなタイミングで電話してしまって
まだ、『亡くなった』なんて
言葉を言いたくもない時期に
言わせてしまった事を
申し訳なく思いました。
もちろん電話口で理由は聞けませんでした。

その年の40周年記念コンサートは
コロナ禍を経ていたため
練習期間や、回数が少なく
人様に見せられるレベルではなかったため
今回の45周年記念コンサートは
仕上げて行きたいのです!

そして彼女に空から見ていて欲しいのです。
きっと、いつもの笑顔で
『ちゃこさん!凄い凄い』って
ニコニコしてくれるだろうから
私の音色を『綺麗!綺麗!』って
パチパチ手を叩いてくれるはずだから
だって退会する時に
『町の文化祭や、演奏会あったら
絶対に 聴きにくるからね!』って
約束してくれたんだもん。
必ず聴いててくれてるはずだもん。
私はこの先もきっと
空から聴いてくれる彼女のために
マンドリンを演奏します。
『絶対』と約束した
彼女が空で聴いててくれるから
彼女はきっと 褒めてくれるから
彼女はニコニコ笑ってくれるから
疲れて、心が、やさぐれて
マンドリンを辞めようとしていた私に
もう一度マンドリンを
持たせてくれた人だから。
だから・・・ある意味、恩師なんです。
