「別にウチでやらなくてもいいんですよ」と言われたら ─ 診察室の不機嫌と、強い使命感の裏側【心理士ときどき患者#4】
※本連載は、医療現場のすれ違いを減らすヒントを一人でも多くの方に届けるため、当面の間【全文無料公開】でお届けしています。
こんにちは、臨床心理士の向田灯(むこうだ ともり)です 。
この連載では、医療現場に潜む「すれ違いの構造」を、私自身が患者として長年医療現場で見てきたことと、臨床心理士としての視点を交えながらひも解いています 。
※皆様からの「医療の場でのモヤモヤした体験談」も募集中です(詳細は記事の末尾をご覧ください) 。
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診察を受けるというのは、私のように0歳から病院との縁が切れず 、慣れている人にとっても、ちょっと緊張するものです。そんな緊張の診察室で、医師の説明にちょっと口を挟んだら、
「だーかーらー!」
と言われたり、そんなことも分からないのという声が聞こえてきそうな半笑い状態で説明された経験はありませんか?
変わらない症状と、診察室の小さな予兆
いつも健康な杏奈さん(仮名)は、おなかの痛みと軽い下痢が良くならないので内科を受診しました。医師は軽い調子で言いました。
「軽い胃腸炎でしょう。薬出しておきますね。
すぐよくなるだろうけど、一応10日分ね。」
杏奈さんは言われた通り薬を飲みましたが症状は変わりません。
もう一度受診し、良くならない旨を医師に伝えました。すると医師はあっさり
「じゃ、胃カメラの検査をしましょう。予約を取って帰ってね。」
と言います。
胃カメラ? まだ若い杏奈さんは胃カメラなんて受けたことがありません。
「い・・・胃カメラって、バリウム飲むやつですか?」
「違うよ。それはX線検査。
カメラを口とか鼻から直接入れて胃の中を見る検査が胃カメラ。」
「それって・・・どのくらいかかるんですか?
それで原因がわかるんですか?」
(へらへらと笑いながら)「ちょっと苦しいかもしれないけれど、すぐ終わりますよ。じゃ、あとは看護師さんから説明受けてね。」
苦しいと言われるとますます不安です。
杏奈さんの不安とは裏腹に、医師は次の患者のカルテに手を伸ばしています。
杏奈さんはこれ以上尋ねることができず、診察室を後にしました。
杏奈さんが直面した医師の態度は、一見すると、単なる不親切や忙しさによる無愛想に見えるかもしれません。
しかし、心理学の視点からその内側を少し丁寧に見ていくと、そこには医師が無意識のうちに抱きがちな「万能感」と、それが思うようにいかなくなったときの微細な防衛反応が見え隠れしています。
そして、この診察室の小さな空気の変化の先には、もう一歩深い「すれ違い」の構造が繋がっていることがあります。
なぜ、最初は頼もしかったはずの医師の言葉が、ある瞬間を境に患者を突き放すような響きを帯びてしまうのか。その心理的なメカニズムを、ここから少し客観的にひも解いていきましょう。
【この先でお伝えすること】
医師だけが持つ「診断」という権限がもたらす心理的な重圧
*強い使命感や責任感の裏にある「べき思考」と防衛のメカニズム
*診察室の不機嫌に直面したとき、自分を責めることなく気持ちを伝える工夫
※後半で少し触れている前回第3回では、長年の主治医を変えた私の経験から、より良い信頼関係を築くための視点を提案しています
「診断」という権限と心理
医療の世界で、医師は依然としてどの医療関係者にもない、絶大な権限があります。それは「診断できる」ということです。私のような心理士やほかの医療関係者も、患者の状態を見立て、対応のプランを考えることはありますが、疾患を特定し、診断することは医師だけが持っている権限です。こういう医療の構造も手伝って、医師の中には今も、万能感ともいえるような、絶対の自信と、自分が上に立たねばという心理状態にある人が一定数いると私は感じています。
そういう医師は、自分の診断が崩れた時、患者から疑念(ただの疑問のことがほとんどだと思いますが・・・)を呈されたときに、怒ったり、ちょっとばかにしたような態度を取りがちです。それは、「なんでわからないんだ!」という怒りの気持ちのほかに、絶対の自信があったはずの診断という自分の牙城が崩れた、不安の表れでもあるのです。
しかし患者のほうにしてみれば、頼みにしていた先生が怒っている。あるいはばかにしたような笑いを浮かべていることは、別の意味のメッセージと受け取ってしまいます。自分が何か悪いことをしてしまったのではないか?こんなくだらないことを先生に尋ねてはいけなかったんだろうか・・・
そして、これ以上余計なことは言わず、おとなしく言うとおりにしようと考えたり、黙って別の医師のところに行ったりするのです。
重なる不安と、突き放しの言葉
杏奈さんは胃カメラの予約を取るときに、看護師からの説明をきいて覚悟を決めることができ、怖いながらも胃カメラの検査を受けることができました。
その結果、軽い胃腸炎ではない、少し厄介な病気が見つかってしまいました。
検査結果を聞くと同時に、杏奈さんは今後腰を据えてつきあわなければならない病気を告知されることになりました。
若く、自分が病気になることなど想像もしていなかった杏奈さんは、わけがわかりません。
「それって・・・原因は何なんですか?すぐにはわからないものだったんですか?」
「原因は・・・特定はできませんね。最初の症状は胃腸炎だったんでねえ。ウチでも治療はできますけど、別にウチでやらなくてもいいんですよ。」
胃カメラを受けるよう言われた時と同じく、医師は杏奈さんの言葉の裏にある不安や恐怖心を、診断への不満ととらえてしまいました。そして、自尊心をこれ以上傷つけたくないという心理が働き、売り言葉に買い言葉の状態で、「ウチでやらなくてもいい」と言ったのです。
不安の渦中にいる杏奈さんのほうも、ここで医師に見放されることは不安を大きくするだけです。あわてて
「いえ、治療は先生にお願いします。」
と言い、それ以上尋ねることはできませんでした。
ここまで、初めての診察から病気の診断までのやり取りにはこんなすれ違いが生じています。
・医師:専門性を発揮する場面でのちょっとしたほころびに対する不安が、怒りや相手への苛立ち、冷笑という形で表れている。
・杏奈さん:病気という予想もしない事態で色々なことが知りたいのに、医師に見放される恐怖から、尋ねることもできない。
強い使命感の裏にある「べき思考」
第3回では「昭和の大先生」のエピソードをご紹介しました。杏奈さんのエピソードも昔のことならば良いのですが、こういうやりとりは残念ながら令和の今も、診察室で行われています 。そして、それは旧態依然の先生だけのものではなく、若い医師とのやりとりでも起こる、年齢に関係のない問題なのです。
先ほども書いたように、この時、医師の側には診察や治療が想定通りにいかなかったことに対する不安が、いら立ちや相手への冷笑という攻撃のかたちであらわれていますが、これは自信にあふれ、自分が一番!というタイプの医師に限って起こることではありません。
医師という、患者の命を預かる仕事をしている方々は、他の仕事以上に重い責任を負っています。多くの方が、平均的な人よりも強い使命感や責任感を感じている場合が多いと想像するのですが、そういった行動スタイルや思考の傾向が高じて「医師である以上、こうあらねばならない」というような、「べき思考」とも呼ばれる考え方のくせを強く持つ結果につながっている場合も多くあると考えます。
日々の重圧や忙しさなど、ストレスが高まると、心理学では「非合理的信念」と呼ばれる、考え方のくせが強く出てしまうことがあります。非合理的信念は、その名のとおり合理性はないけれど、繰り返し頭に浮かぶ極端な思い込みのことです。
今回のエピソードで言えば、最初の診察では、症状から診断できる病気の中で、患者にも負担の少ない治療法を選び、症状が改善しない場合により詳しい検査を行うというのは、通常のやり方であり、医療の資源を無駄遣いしないためにも必要なプロセスだと思います。
ところが、「べき思考」が強いために、「もっと的確に診断すべきだった」とか、「〇〇を見逃すべきではなかった」といった思考に陥り、杏奈さんの医師のように、怒りを覚え、患者に攻撃的になってしまっている医師も多いのではないでしょうか。
医療者の側に起こっていること、工夫できること
このようなケースを冷静に考えれば、それは結果論であることがほとんどではないでしょうか。もしも自分以外の医師のケースであれば、どう思うかを考えると、答えが見えやすいかもしれません。
患者にとって、命を預ける医師にマイナスの感情を向けられることは、想像以上に恐ろしいことです。つい声を荒げたり、患者を見下す気持ちが出てきたときは、気持ちの余裕がなくなっているのかもしれません。
少し立ち止まって、「べき思考」に陥っていないか、振り返ってみてください。信頼できる同僚に話をするのも一案です。
患者の投げかける言葉は、多くの場合「知らないから」「不安だから」発せられていることです。たとえば、先ほどのような診断の手順のことなど、ほとんどの患者は知らず、極端に言えば医者はなんでもわかるくらいの考えの人も多いのです。冷静に、医師にとっては当たり前となっているような手順を知らせるだけでも、患者は見通しを持つことができ、安心することができます。
自分の気持ちを伝える工夫
患者の側はどうしたらよいでしょうか。
初めて聞く病気や治療。わからないことや不安な気持ちでいることに、医師が寄り添って丁寧に対応してくれるに越したことはありません。しかし、残念ながらそうではない場面が、これまで書いてきたような理由から、今も起こっています。
それをなるべく回避し、かつ自分の不安が解消できるように診察を受けるにはどうしたらよいでしょうか?
私は、患者の側も「自分の気持ち」や「自分の考え」を、なるべく伝えるほうがよいと考えています。
前述のとおり、医師にとって日々の診察は日常業務なので、つい当たり前になりすぎて「患者は知らない」ということを忘れてしまうことが多く、素朴な疑問を抗議や不満に受け取っていることがあると思うのです。
それを回避するため、あるいは誤解を減らすために、こういったクッション言葉を使ってみてはどうでしょうか。
「初めてのことで、よくわからないのですが・・・」
「この病気のことを知らないので、教えていただきたいのですが・・・」
「あとから不安になりそうなので、念のため伺いますが・・・」
「不安が強くて、今後の見通しを持ちたいので、検査の流れを教えていただけると助かります」
家族や会社など、自分以外の人を使うのもよいでしょう。
「家族に説明しないといけないので、もう少し伺いますが・・・」
「家族が心配しておりまして・・・」
大切なことは、穏やかに、そして「私が(または自分の身近な誰かが)○○と考えている」という形の投げかけをすることです。これは、I(アイ)メッセージと言われるコミュニケーションのコツです。あなた(相手)がこうすべきと言ったり、声を荒げたりすることなく、自分の想いや要望を伝えるのによい方法と言われています。
医師に限らず、病院でお世話になる方々は日々、忙しさやストレスにさらされており、患者に寄り添う対応が常にできないこともあるでしょう。そういう時は、医療を受ける私たち患者も、自分自身のためによりよい医療を受けるための工夫をしてみることが必要だと思っています。
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