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主治医を変えたいと言えないあなたへ ── 25年診てくれた主治医を変えた日【心理士ときどき患者#3】


こんにちは、臨床心理士の向田灯(むこうだ ともり)です。

この連載では、医療現場に潜む「すれ違いの構造」を、私自身が患者として長年医療現場で見てきたことと、臨床心理士としての視点を交えながらひも解いています。

※皆様からの「医療の場でのモヤモヤした体験談」も募集中です(詳細は記事の末尾をご覧ください)。

病院を変えた際、新しい医師から「前の先生の治療はちょっと……」と、前任者のやり方を否定する言葉をかけられた経験を持つ方は少なくありません。それは一見、新しい医師の頼もしさに見えますが、心理的な視点から見ると、そこには少し危うい構造が隠れていることがあります。

今回は、私自身の主治医交代の経験を交えながら、医療現場における「信頼の獲得」のあり方について考えてみたいと思います。

長年の主治医との、小さなズレ

私には5歳くらいから30代まで長く診てくださっていた主治医がいました。その成瀬先生(仮名) は私の疾患の分野の専門家であり、私の記憶にある小児病棟での入院のころは、おそらくその先生の最も脂ののった時期であり、その道の権威とされ新聞などにも取り上げられるようになった頃でもありました。成瀬先生の手術のおかげで私の疾患はいったん落ち着き、ある程度の不自由はありながらも学生生活を送ることができ、仕事にも就くことができました。

そんな先生ですが、当然歳を取ってゆくので、定年に伴い活躍の場は大病院から個人病院へ。その時も私は主治医を変えるのではなく先生の非常勤勤務の病院へ転院しました。

最後の手術から20年ほど経ったある時、色々なことが重なって状態が悪くなってきました。なにせ昭和の大先生ですから、「じゃ、手術しましょう。早い方がいい。」と即決です。昔のことなら親も私も従っていましたが、さすがに時代は変わり平成のこと。私は恐る恐る「最近はいろいろな手術方法もあると聞きますが・・・」と言ってみました。

「これまでの記録が全部残っているのは私のところ。ここで手術するのが一番いい。」

成瀬先生の回答は予想通りでした。セカンドオピニオンなんて、言いだすこともできません。ここで手術するしかないか・・・

とはいえ、手術の技法や入院環境など、他の情報も知りたいと思った私は、主治医には言わず、別の病院へ行きました。

指示しない、もう一人の医師

その病院で出会った小川先生(仮名)に、まず私が面食らったのは「この状態なら手術ですね。」と言わなかったことです。これまでの成瀬先生はこの状態ならこれと、ほぼ命令に近い方針を言うのが普通でしたが、小川先生はあくまで本人が不自由や辛さを感じるかどうかが重要と言うのです。先生の見立てを丁寧に説明し、小川先生の手術プランを説明してくれました。

さらに強く心を打ったのは、そこではできないこと、手術しても、期待できないことやわからないこともはっきり説明してくれたことです。

私は思いきって、成瀬先生との関係についても話しました。すると小川先生はこう言いました。

「あなたのこの状態を、専門医10人が見たら、たぶん10通りの治療法が出てくるでしょう。今は昔と違って、患者が医師を選び、自分で治療法を選ぶ時代なので、私は病院を変えたいといわれても気にしません。今日私が説明したことを成瀬先生に話してみたらどうですか。その上で、あなたの状態のことを誰よりもよく知っている方ですから『それは無理だ』という話があるかもしれません。それも聞いた上で判断されたらいいと思いますよ。」

とのこと。またこうも言ってくれました。

「これまでのことはこれまでのこと。今回のこととは切り離して、考えた方がいいでしょう。」

私は小川先生の手術説明にかなり納得し、そちらの方が良いと強く感じました。

守りたかったのは「患者」か「作品」か

後日、気は進みませんでしたが、勇気を出して、成瀬先生のところへ再度行き、 「実はこんな話を聞いたんですが・・・。」 と話をしてみました。同業者の後輩のところに行ったという話は気分が良くないだろうというのは想像していましたが、その否定度合いは想像以上で、 「そんなことはする必要がない。ここで手術すればいい。」 と、バッサリ。これまでどんなに苦労して私の治療をしてきたかをすごい剣幕で語りました。

たしかに、私は先生の患者の中でもかなり困難なケースだったようです。10代前半から約20年を概ね落ち着いた状態で過ごせたのは、その分野の権威だった成瀬先生が粘り強く取り組んでくださったおかげであることは間違いありません。

でも残念ながら、成瀬先生の否定は医学的な、または私にとっての最善を考えたためではなく、いわば長年の「作品」を手離したくないという先生本意の考えに聞こえてしまったのです。

治療方針については、小さいころから先生に従うことが当たり前で、思えば反論したことなどありませんでした。治療に対してはとても熱心でアグレッシブでありながら、普段は穏やかに話ができる成瀬先生の、あまりの剣幕に圧倒されて、

「ではもう一度考えてきます。」と言うのが精一杯の状態で私は診察室をあとにしました。

それが、成瀬先生の診察を受けた最後の日となりました。その後成瀬先生へ手紙を書こうかと何度も思いました。でも、悲しいことに、何を書いても先生に理解していただける気がせず、私は結果としてお世話になった先生から何も言わずに去ってしまいました。そのことは今も心にわだかまりを残しています。

一人の「患者」としてのわだかまりを抱えながら、ここからは一人の「心理士」の視点に戻って、なぜあの時、このようなすれ違いが起きてしまったのか、その心理構造を冷静にひも解いてみたいと思います。

【この先でお伝えすること】

  • 医療現場における「手っ取り早い信頼」の危うさと、評価が反転する仕組み

  • お互いにより良く、安定した信頼関係を築くためのコミュニケーションの視点


(前回の連載第2回では、家族のがん治療における「周囲の善意の言葉」が引き起こす心理構造について、有料で詳しくひも解いています。よろしければ合わせてお読みください)

「信頼の急上昇」が引き起こす反転の仕組み

この話は昭和の医師の例で、そんなの昔の話・・・だったらよいのですが、これに似たことは今も起こっています。

私が長年いろいろな場面で病院や医師とのコミュニケーションを見聞きしていると、患者の信頼を勝ち取るためや、自分の実力を知らしめたいために、今までの治療や別の見解を否定する医師がいると感じます。

今までのはダメ。自分はこうやると、新しいことや別のアプローチを掲げることで「今度の先生はすごい!」と一気に信頼を勝ち取ることは、自分の評判はひとまず高まるかもしれません。

人は大きなストレス下にあるとき、あるいは、もともと物事を白黒はっきりさせたいという考え方の傾向が強い場合、自分の願っていることに合致する意見を言ってくれる人を理想化(過剰に評価)しがちです。また、「これでうまくいく!」と思いたいという心理も働きます。

しかし、追い詰められ「視野」が狭まっている患者やその家族は、意に染まないことが起こったときには「あの先生はダメだ!」と意見が即座に反転することもあります。急上昇した評価は、急降下もしやすいのです。

安定した関係を築くための、コミュニケーションの視点

私は結局、小川先生に診ていただくことに決めました。私が驚いた、小川先生の姿勢は前述の通りですが、それに加えて小川先生は決してもとの主治医の方針や治療法を(よくご存じにもかかわらず)悪く言いませんでした。私は小川先生のそういう姿勢も大変尊敬しています。

第2回で紹介した、家族のがん治療で大きな傷を負った美代子さんの例にも通じることですが、患者と医師がより良く、安定した信頼関係を築くためには、医師の側は信頼の急上昇を狙わないこと、現状でできることを冷静に開示することが重要です。

患者の側は信頼できる医師かどうか判断するためにどうしたらよいでしょうか? 命にかかわるような病気など、大きなストレスの下では、冷静にと言われても難しいことが多いでしょう。その時には、こんなバロメーターを思い出してください。

  • 前任者について、ことさらに悪く言ったり批判したりしていないか
    (私は、プロであるならば思っていても患者にすべてをさらけ出さないと考えます)

  • 「すべてうまくいく!」「これしかない」という論調ではないか
    (何事も、できないことやデメリットは存在するはずです。)

そして、違和感を覚えた時には、あえて、「その治療にデメリットはないのですか?」と尋ねるのも一つの方法だと思います。

そういうことをお医者さんに言うのは「失礼では?」と考える人もいるでしょう。また、私の経験からも、これはかなり勇気のいることだというのはよくわかります。

そんな方にはもうひとつ、元の主治医に言いにくいと言った私に、小川先生が言ってくださった言葉をお伝えします。

「でも、これは先生ではなく、あなたの人生でしょう。」

私たちは失礼と思われても、怖くても、自分の人生のために踏み出さなければならない局面があるのです。怖くなった時にはこの言葉を自分に言い聞かせてください。

それでも、どうしても直接言うのは言いづらい、怖いと感じる時には、

「あとで不安になるかもしれないので確認なのですが……。」
「家族に必ず聞いて来いと言われていまして……。」

などと、クッションとなる言葉を前置きしてみるのはどうでしょうか。

小川先生の言葉のとおり、今は患者も医師を選ぶ時代です。専門家である医師の言葉をしっかりと聞き、患者も意見が言えることが、お互いに良い信頼関係を築く第一歩になると、私は信じています。

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