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「やらない方がいい」の背景にあるもの ── 医師の「正論」と家族の「後悔」のすれ違い【心理士ときどき患者#2】

※本連載は、医療現場のすれ違いを減らすヒントを一人でも多くの方に届けるため、当面の間【全文無料公開】でお届けしています。

こんにちは、臨床心理士の向田灯(むこうだ ともり)です。

この連載では、医療現場に潜む「すれ違いの構造」を、私自身が患者として長年医療現場で見てきた景色と、臨床心理士としての視点を交えながらひも解いています。

※皆様からの「医療の場でのモヤモヤした体験談」も募集中です(詳細は記事の末尾をご覧ください)。


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今回は、夫をがんで亡くした美代子さん(仮名)の話です。

夫の岸さん(仮名)が亡くなって半月ほどして会ったときのこと。まだ看護や葬儀の疲れが見える美代子さんが、病院でのエピソードを涙ながらに語ってくれました。

病状が悪化したため、地元の総合病院に入院した岸さんでしたが、治療の甲斐なく状態はさらに悪化し、ほどなくして緩和ケア病棟ヘ移りました。

残念ながら、緩和ケア病棟はその名のとおり積極的に治癒を目指す所ではありません。

苦しそうな様子に、美代子さんは前の病棟でもしてもらった処置をお願いしようと考え、医師に言いました。


「胸水を抜いてもらえませんか」

すると医師は、思いもよらないことを言ったのです。


「胸水を抜くと悪化するから、やらない方がいいよ」


美代子さんはその言葉に、打ちのめされたと言います。


「だって、同じ病院でやってたことが、悪いことだったなんて、ねえ。あの時胸水を抜いてもらわなければ、旦那はもっと生きられたのかなと思っちゃって……」


岸さんを見送った今、美代子さんは、あの時胸水を抜いてもらっていたことが、「大切な人の死期を早めてしまったのではないか」と繰り返し考えてしまうと言うのです。

私はこの話を聞いて、病院に怒鳴り込みたいくらいに怒りを覚えました。

同じ病院内でやったことを、いけなかったみたいに言うってどういうこと? 家族を傷つけて誰の得になるの?!

しかし今回は少し冷静になって、あの時何が起こっていたのかを考えてみたいと思います。

なぜこのような悲劇的なすれ違いが起きてしまうのか。その背景にある心理的メカニズムと、具体的なアプローチを考えます。

【この記事の後半でお伝えすること】

  • 「正しい方針」を伝える医療者側の心理とその背景

  • 大きなストレス下にある患者や家族の心理と、言葉の受け止め方

  • お互いのすれ違いを防ぎ、温かい対話を重ねるためのヒント


「正しい治療方針」の伝達=適切なコミュニケーションではない



前提として、私はがん治療に詳しくはなく、処置のあり方についての知識はありません。ですが、心理の専門家として、その時のすれ違いはこうだったのではないかと想像します。

  • 医師: 自分の治療方針を伝えたまで。しかしその背景には、(人によっては)プロとしての治療計画に意見を挟まれることへの戸惑いや、コントロールを維持しようとする無意識の防衛(一種の苛立ち)が働いていることもあります。

  • 美代子さん: 夫は「治療」を受けていたのにそれが悪いことだったなんて。そのせいでこうなってしまったの?! 今回思ったより早く亡くなってしまったのは、あの治療を受けさせたせいかもしれない……。


医師が治療方針について患者や家族に伝えることは日常業務だと思います。

そんな日常業務の中で、残念ながら、まるで学会発表でもするかのようにその妥当性を医学面から主張し、それ以外はダメと、切り捨てるかのように言う先生が一定の確率でいらっしゃいます。その背景には時として、患者が治療計画に口をはさむこと自体に苛立ちを覚えていることもあるのではないかと考えます。

しかし、患者や家族に伝えるべきことは、「今その時の処置でどのような効果を期待するか」「もし別の選択肢があるなら、それと比較してどんな点で選んだ治療方針の方が良いとするのか」ではないでしょうか?

ましてや、既に後戻りできない所にいる患者や家族に対しては、前にやったことを否定することに、ケア上のメリットは皆無です。

ストレスがもたらす「認知への影響」


人は体調不良時やストレスにさらされているとき、本人に自覚がなくても、「視野」が狭くなっていつもとは違う判断をしてしまうなど、認知面にも影響が出ます。

また、悲嘆や大きなストレス下にいる患者や家族はただでさえ自責の念にさいなまれていたり、犯人探しをしたい気持ちを抱えています。つまり、通常の時よりも、「〇〇が悪かった」という情報に敏感になっているのです。

ですから、これまでの治療を踏まえ、過去を否定するのではなく、今の患者に必要なこととして、あるいは主治医の見立てとして「現状ベストの治療法」をかみ砕いて説明すると、患者の側も安心して臨むことができるでしょう。


医学的な是非はさておき、「言葉が心に与える影響」を考慮するならば、例えばこのような伝え方はどうでしょうか。


「治療の時と状況が変わっています。今の状態から見ると、胸水を取ることはデメリットが大きくなってしまうので、今回はやらない方がいいと判断します。」


医学的な議論は、患者の側が情報を求めているとき、つまり「聴くための心の余裕があるとき」以外はむしろ害になることもあると私は考えます。

患者側ができること


一方で、患者の側にも無用なダメージを避けるためにできることはあります。

振り返って残念だと思うのは、美代子さんがつらい思いを医師や看護師さんに伝えないままになってしまったことです。

この時、もしも誰か信頼できるスタッフに、


「こんなこと言われたんですが、胸水を取るのって、いけないことだったんですか? そう思うと私もつらくて……」


など、今の気持ちを伝えていたら、この医師の発言の意図を別の人から、別の表現で聴くことができていたかもしれないと思うのです。

実際、胸水を取って良いのか悪いのか、素人には判断もできません。そのため美代子さんには、「胸水を取るのはダメって言われた(なのに、別の科ではやられた)」という困惑と思いだけが残ってしまいました。

こういう思いは時として、

「あの病院はヤブだよ。あそこでやったことを、ほかのところに行ったらそんなことするのはダメだと言われたよ」

という、意図しない口コミ(病院への不信感)に変貌してしまう危険性もあるのです。


おわりに:『納得の医療』を共に創るために


胸水については、抜く・抜かないはまさに一長一短であり、状況によっても判断が変わるもののようです。医学の分野は日進月歩でもあり、現場は「正解はひとつではないこと」であふれているのだと思います。

だからこそ必要なのは、次の2つの積み重ねではないでしょうか。

  • 医療者側: 患者の理解度やキャパシティ(ストレス下の心理)に合わせて、今の方針を丁寧に共有すること。

  • 患者側: 抱えた疑問やモヤモヤを、信頼できるスタッフに伝えてみること。(クレームではなく、「自分の気持ち」のかたちが良いです。


そういった対話の積み重ねこそが、医師にとっても患者にとっても、後悔のない『納得の医療』を共に創り出す土台になるのだと、私は考えています。

次回予告

次回は、転院や担当医交代の際、新しい医師が前任者の治療を否定する心理について、別の角度から考えます。幼い頃からの主治医から、自分の意思で主治医をかえた私自身の経験をもとに、健やかな信頼関係のあり方をひもときます。

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