大学職員に向いている人/向いていない人
10年働いて分かった、向き・不向きの分かれ目
はじめに
考えて考えて捻りだした結果、こう考えました。
『大学職員は「能力」ではなく「耐性」で向き不向きが分かれる』のではないかと。
大学職員という仕事は、スキルや地頭の良さだけで、評価が決まる世界ではありません。
むしろ重要なのは、
この独特な環境に、どれだけ精神的に耐えられるかです。
これは、外の方々にはなかなか伝わりません。
だからこそ、実際に働いている中途採用の職員同士で話すと、「確かに。」と、納得するポイントが驚くほど一致します。
大学職員に向いている人
① 成果が「見えないこと」に納得できる人
大学職員の仕事は、
評価されるより先に「問題が起きないこと」が求められます。
トラブルを未然に防ぐ
苦情が表に出ないよう調整する
制度が滞りなく回る
これらは、
誰かが失敗しない限り、可視化されません。
「やった感」や「評価されている感覚」がなくても、
自分の中で意味づけができる人でないと、いずれ虚しさが勝ちます。
② 正論を振りかざさず、空気を読める人
大学では、
正論が必ずしも最適解になるとは限りません。
前例
教員との力関係
学内政治
組織の体面
こうした要素を無視して正しさを押し通すと、仕事は進まなくなります。
「今は引く」「今回は飲み込む」
そうした判断を、敗北感なく選べる人は、確実に向いています。
③ 自分より“楽そうな人”を見ても、心をすり減らさない人
これは、かなり重要なポイントです。
大学という職場では、
明らかに仕事量が少ない
難しい判断をしていない
責任の重い業務を避けている
にもかかわらず、
自分より給料を多くもらっている人が、普通に存在します。
(あなたが思っている以上にいます)
年功序列、配置、タイミング。
理由はさまざまですが、
この構造に強い不公平感を覚える人は、ずっとイライラを抱えたまま過ごすことになり、結果、不幸かも知れません。
「それでも自分は、自分の仕事をする」
そう割り切れる人でないと、精神的な消耗が積み重なります。
④ 地味な仕事を「雑に扱わない」ことを誇れる人
大学職員の仕事は、
派手さとは真逆の場所にあります。
書類
確認
調整
説明
それを「つまらない」と切り捨てるか、「誰かの安心を支えている」と捉えられるか。
この感覚の違いが、数年後に大きな差になります。
大学職員に向いていない人
① 頑張りが報酬や評価に直結してほしい人
努力がすぐ評価される職場ではありません。
むしろ、
頑張りすぎる人ほど、
「それ、やらなくてよかったのに」と言われる(思われる)こともあります。
この感覚に強い違和感を覚える人は、
かなりストレスが溜まります。
② 周囲の仕事ぶりに我慢できない人
ミスが多い
要領が悪い
判断が遅い
未経験の業務は引き受けない
そうした人が一定数いるのは事実です。
「自分がやった方が早い」
「なぜこのレベルで成り立っているのか」
そう思い続ける人ほど、疲弊します。
ここに、イライラの原因が前述の「自分より高給な人」だった場合はさらに拍車をかけることになります。
③ 成長実感や刺激を常に求める人
大学職員の仕事は、
年々大きく変わるものではありません。
成長は、自分で見つけにいかないと感じられない世界です。
ここまで読んでいただいた方の中には、現職の大学職員の方もいらっしゃるかと思います。
「うちも同じだ」と思った方もいれば、「少し違う」と感じた方もいると思います。
大学によって差はあります。
それでも、
評価の曖昧さ
仕事量と報酬のアンバランス
正しさより調整が優先される文化
このあたりは、多くの大学に共通する構造なのではないでしょうか。
おわりに
大学職員に向いているかどうかは、優秀かどうかではありません。
「続けられるかどうか」という耐性に関連する と思います。
この環境を、
過度に恨まず、過度に期待せず、
自分なりの折り合いをつけられるか。
それが、
この仕事を続けられるかどうかの分かれ目なのかなと考えました。
自分はどうだったかと言うと、葛藤して、悩んで、それなりにイラついて(笑)、けど馴染んだからそこにいる。といった感じでしょうか。
参考になれば幸いです。
次回のテーマはまだ考え中です。
思いついたらすぐ記事にして掲載したいと思います。
今回も最後までお読みいただきありがとうございます。
