翼の継承者 ③
アーサーⅡ
日曜学校の最中、僕はエリザベスの話したことを考えていた。
広場にあった黄金の王子像、それに寄り添うようにいたツバメの話。
十月にはいなくなるはずのツバメが残り続けたこと、そして町の貧しい人たちに王子の金箔をはがし配っていたこと。
その日食べるものの心配をしていた母さんが、お医者さんを呼んでくれたこと、僕の大好きなオレンジ。
熱にうなされて見た僕を扇いでくれたツバメの夢。
一緒に聞いていたレジナルドが考え込むような顔をしていたが、僕を迎えに来た母さんを見て話をきりあげた。
そのあと、母さんとレジナルドが話してエリザベスの持っているマッチをどうせ使うものだからと二人で分けて全部買ってくれた。
彼女は小さな体で何度もお辞儀していた。
エリザベスはきっと真実を話してくれていた、彼女の瞳はまっすぐだった。
自分の考えはまとまったけど、今日の先生の話を聞いていなかったことを反省しながら家に帰る支度をしていた。
休みなく働いている父さんに申し訳ないと思った。次の日曜はしっかりと先生の話を聞こう。
「兄ちゃん今日は何して遊ぶ?」
教会を出た僕の前を、二人が先に歩いていた。
「今日は父さんから風車小屋の掃除を頼まれてたろ」
答えたのは、アトキンス兄弟の兄、ダニエルだ。
日曜学校に来ている子供たちの中で一番体が大きい。
「そうだったね、じゃあ明日また鳥を仕留めようよ」
「そうだな、たまには肉も食べたいしな」
さっきまで考えていたせいだろう、僕は「鳥」という言葉が少し大きく聞こえた。
「ねえ兄ちゃん、ツバメってうまいのかな?」
弟のサミュエルの言葉は、もっと大きくなった。
気になって僕は兄弟の会話を注意深く聞いていた。
「ツバメ?分かんねぇよ、食ったことないし」
「この前のツバメは惜しかったよね、もうちょいで当たったのに」
「そうだな、もうすぐ十一月だっていうのにツバメがいるなんて珍しかったよな」
「うん、きっとあのツバメはバカだったんだよ。だから仲間から置いて行かれたんだ」
「そうかもな」
「兄ちゃんの石はもう少しで当たったのにな・・・」
僕の口は、考えるよりも早く声を出していた。
「おい、ダニエル、サミュエル」
二人が僕の方を振り返る。
「その話を詳しく聞かせろ」
「なんだよ、アーサー。お前も鳥を食いたいのか?」
僕はダニエルをまっすぐに見た。
「お前たちは、十一月間近でも残ってたツバメに石を投げた。間違いないか?」
「なんだお前、偉そうに。兄ちゃんに喧嘩売ってんのか?」
割って入るサミュエルを睨みつけると、彼は半歩ほど後ろに下がる。
「投げてはないがスリングで狙った、それがどうした?」
ダニエルの方に向き直り、僕は勢いのまま問う。
「それは二人ともか?」
二人の兄弟は一瞬顔を見合わせるが、こちらに向き同時に答える。
「そうだ」
その答えを聞いて僕は一度呼吸を整え、二人に告げる。
「決闘だ、二人ともついてこい」
「アーサー、あなた何したの!?」
夕方に泥だらけ、あざだらけで帰った僕に母さんが詰め寄ってきた。
僕の体をさわりながら怪我の具合を確かめているようだ。
「決闘してきた」
「決闘!?あなたまだ子供なのよ」
子供だって、許せないことぐらいあるよと言いかけて僕は口をつぐんだ。
どうやら大きな怪我のないことを確認したらしく、母さんの声はいつもの調子にもどる。
「なんで決闘なんかしたの?話して」
まっすぐに見つめてくる母さん、こうなると僕はもう敵わないことを知っている。
「恩人を、バカにされたから」
「恩人?」
「母さんこそ話して、どうやってお医者さんを呼ぶお金を作ったの」
母さんの表情が変わるのを僕は見逃さなかった。
怪訝そうな母に僕は、エリザベスから聞いた話を一気に話していた。決闘の理由も。
「そう、でもまさか、そんな」
話を聞いて戸惑う母さんに僕は続ける。
「熱にうなされている時、僕は見たんだそのツバメを」
「ねえ母さん教えて、家にも宝石が届いたんでしょ」
母さんは一度大きく息を吐いて、吸ってから答えた
「ええ、アーサー。その通りよ」
水曜日のお昼過ぎ、久しぶりのお使いで僕は広場に来た。
マッチを売るために、目についた大人たちに駆け寄って話しかけている彼女を見つける。
「あ、アーサーお兄ちゃん。こんにちは」
駆け寄ってくるエリザベスの足音がカツカツと聞こえる。
足元を見ると、古いブカブカの革靴を彼女は履いていた。
「あ、この靴ありがとうございます」
「え?僕がなにかした?」
「お兄ちゃんの友達だって人から頂きました。お姉さんのお古だからって」
友達という言葉に誰のことか思い出そうとする僕に、エリザベスは続けた
「あと、このパンも。家にはパンは余ってるからって」
エリザベスがマッチのカゴから取り出した固そうなパンを見て、僕は誰のことだかやっと理解した。
「もしかして、兄弟で来たのかい?」
「はい、アトキンスさんっていうご兄弟です。アーサーから聞いたって、あとごめんって謝っていました。何のことか聞いたけど、とにかくごめんって」
「あいつら・・・」
決闘の日、僕はもう立てなくなって地面に寝転んだ。
なんでそんなに必死なんだとダニエルが聞いてきたから、教えてやったんだ。
王子像のこと、エリザベスのこと、そしてツバメのことを。
やっとの思いで立ち上がると、サミュエルも立ち上がって向かって来ようとしていた。
「やめろ!」
寝転んだままのダニエルの声に、サミュエルは止まり抗議する。
「兄ちゃん、僕はまだやれるよ」
弟の方は年下だからって手加減しすぎたかなと、僕は少し後悔をした。
「・・・やめろ!」
立ち上がったダニエルの声は大きくはなかったが力強かった。
「アーサー、今日は俺達の負けだ。もう終わりにしてくれ」
「兄ちゃん、なんで?もうこいつへろへろじゃないか」
「黙れ、サミュエル。親父が言ってただろ、男の勝負は力だけじゃないって」
そういうとダニエルは弟を促して鞄を拾う。
僕はその場に座り込んでいた。サミュエルの言うとおりだった。
「広場にいるのか?」
「なにが?」
もう頭の回らない僕にダニエルはもう一度聞く。
「その女の子だ、エリザベスって子だよ」
僕が、やっとの思いで「ああ」と絞り出すと「わかった」とダニエルはつぶやいて帰っていった。
腕に巻いた包帯をさすりながら、友人となった兄弟との決闘を思い出していた。
「あいつら」
つぶやいた僕はにやけていたんだろう、つられてエリザベスも笑顔になっていた。
もうすぐ十二月がくる町に、まだ雪は降らないでくれと僕は無意識に祈っていた。
