見出し画像

「アイルランドのため彼女の名は言わない」3 ささやきのハープ第60回

ささやきのハープ第60回です。

前回は、「アイルランドのため彼女の名は言わない」という歌の旋律の現存する最古のヴァージョンを、1849年に出版されたクラレンス・マンガンの詩集からご紹介しました。

今回は、その数年後、画家であり民俗音楽収集家でもあったジョージ・ピートリ George Petrie (1789-1866) が1855年に出版した曲集に収められた、この旋律についての詳しい論考を取り上げます。

George Petrie (1790-1866)

かなり長く、難解な部分も多いので、要点をかいつまんでお話しします。


まずピートリは、この旋律が当時の一般の人々の間では、
「東の誇りナンシー Nancy, the Pride of the East」
あるいは地域によって West(西)の誇り として、
アイルランドの南部や中部で非常に広く歌われていた、と書いています。

ところがここで、ピートリの友人で、アイルランド語や古写本に詳しい
オカリー Eugene O'Curry (1794-1862) が、興味深い指摘をします。

Eugene O'Curry (1794-1862)

18世紀のアイルランド語写本に記された証拠から見て、この旋律はもともと、スコットランドの歌「ツイード川の岸辺(Tweed Side)」に付けられていた旋律ではないか、というのです。


この「ツイード川の岸辺」というスコットランドの旋律は、1695年ごろ、イングランド北部ニューカスルで編纂された、リラ・ヴァイオルのためのタブラチュア『ライデン(レイデン)手稿譜(Leyden Manuscript)』 に記録されています。手稿譜を一時所有していたスコットランドの詩人ジョン・レイデン John Reyden (1775-1811) にちなんでこう呼ばれています。

ではここで、その手稿譜に残る「ツイード川の岸辺」を、31弦の金属弦ハープで演奏してみましょう。


いかがでしょうか。

これまでご紹介してきた「アイルランドのため彼女の名は言わない」の旋律に、どこか似ていると感じられたでしょうか。

ピートリはこのあと、この旋律の起源がアイルランドなのか、スコットランドなのかについて、延々と議論を展開していきます。ただ、結論の出ない問題でもあるため、ここではあえてその部分は割愛します。


ピートリは次に、キルケニーのフォガーティ氏 Mr. Fogarty of Tibroghney in the county of Kilkenny から採集した「東の誇りナンシー」の旋律を掲載しています。

フォガーティによると、この歌は非常に古いラブソングで、そこには愛国心や政治的感情が混ざり合っており、恋人がフランス、あるいはスペインへ渡り、二度と戻ってこないかもしれないことを嘆く、女性の歌だとされています。

ただしピートリは、この歌のアイルランド語の歌詞も、英語訳も入手できなかったと書いています。


そしてピートリは、この旋律が別の歌詞、すなわち「アイルランドのため彼女の名は言わない Ar Éirinn ní ’neósainn cé hí」としても歌われていることを指摘します。

前回ご紹介したウォルシュの本には、この歌が

「この美しい恋歌の作者は不詳であるが、マンスター地方の中でも、とりわけケリー州で最も人気のある歌であることから、その作者は同州の出身であったと思われる。伝承によれば、これは、自分の兄弟の婚約者に激しく恋してしまった若者によって作られたとされている」

という伝承が記されています。
しかしピートリは、この話について次のように述べています。

「伝承というものは、しばしば空想的な作り話を覆い隠す外套であることが知られている」

そして、この曲について非常によく知っており、民衆の伝承にも詳しいオカリーから得た情報として、次のように、この説をはっきりと否定します。


「その作者は、兄の婚約者に恋した若者ではない。ケリー州出身の、フィニーン、あるいはフローレンス・スキャネル Finneen, or Florence, Scannell という名の年老いた学校教師である。この歌は、実在しない架空の美女について、およそ四十年前に書かれたもので、同時代の詩人たちの好奇心と反感を煽ることを目的としていた、というのである」

スキャネルの詩はこのような内容です。

私は打ちひしがれた放蕩者、
財産を惜しげもなく使い果たし、
あらゆる身分の美しい女たちの間で、
狂乱じみた、浮かれ騒ぎの悪ふざけに明け暮れてきた。

これまで、いかなる乙女にも心を奪われたことはなく、
また、そうなるつもりもなかった。
だが、キューピッドが哀れな我が心を裏切ったその時から、
私は今、彼女の捕虜となってしまったのだ。

それは五月のある朝のこと、
花々が甘い香りを放つころ、
私はミルタウンをあてもなく歩いていた。
そこには、美の女神が身を休めていた。

彼女の姿は、この上なく稀有であった。
緑の木陰の下にたたずむその人を、
その名を挙げることは、あえて控えよう。
ただ、愛しき「ストリーン・マ・クリー(わが心の小さな宝)」
と呼ぶことにしよう。


この記述から、かなり具体的なことが分かります。
つまり、「アイルランドのため彼女の名は言わない」は、
1810年ごろ、南部ケリーのフィニーン・スキャネルによって書かれた歌

である、ということです。

そしてその内容は、兄の婚約者に恋をした人物とは無関係であり、詩の中の男がアイルランドを離れることもなかった、ということになります。


では今日は、ピートリがキルケニーのフォガーティ氏から得た旋律、
「東の誇りナンシー」を、20弦の金属弦ハープ「龍のハープ」で演奏します。


いかがでしょうか。現在知られている「アイルランドのため彼女の名は言わない」に、非常に近い、美しい旋律だと思います。

ピートリは、この曲の歌詞を入手し損ねたと書いていますが、歴史家ジョイスは、「西の誇りナンシー」という同じ歌の歌詞を残しています。

次回は、そのジョイスの曲集に見られる「アイルランドのため彼女の名は言わない」について、ご紹介します。

どうぞお楽しみに。

いいなと思ったら応援しよう!