「アイルランドのため彼女の名は言わない」4 ささやきのハープ第61回
ささやきのハープ、第61回です。
これまで3回にわたって、「アイルランドのため彼女の名は言わない」という歌について、その由来やヴァージョン違いを紹介してきました。
前回は、19世紀の音楽収集家ジョージ・ピートリによる考察を中心にお話ししました。今回は、そのピートリの曲集からおよそ50年後、20世紀初頭にこの曲を取り上げた人物――歴史家であり民俗音楽研究者でもあったパトリック・ウェストン・ジョイス Patrick Weston Joyce (1827-1914) の記述を見ていきたいと思います。

ジョイスは1903年、この旋律を詳しい解説付きで出版しています。彼によると、この曲は、アイルランド語の詩「ブルフの歌う妖精の砦 Binn lisín deorach a’ Bhrogha」でも歌われていたといいます。
この詩は、リムリック地方の農民で詩人の ブライアン・オフラハティ Brian O'Flaherty によって書かれたとされます。
内容は、湖のほとりにある妖精の砦で、詩人が美しい乙女の幻を見、その乙女がアイルランドの復権を予言するというものです。これは、アイルランド語詩によく見られるアシュリング Aisling(幻想詩)の典型的な形式です。
1.
鳥たちは歓びの歌をさえずり、
花々は道の上で明るく咲き誇っていた。
私はひとり、高みに立っていた――
そこはブルフの古い妖精の砦がそびえる場所。
眼前には、風にも揺れず静まり返った
美しい湖が広がっていた。
その水は盲人に視力を与え、
死者さえ、ほとんど目覚めさせるほどの力を持つという。
2.
いにしえの英雄たちに愛された
銀色の流れを見つめていると、
夢でも見るかのように、
金の髪をした乙女が私のもとへ近づいてきた。
私は涙を流したが、彼女は微笑み、こう言った。
「どうしたの、ブライアン、愛しい人――
その涙は、どこから来たの?」
その優しい魂を宿した乙女の言葉は、
槍のように、私の胸を貫いた。
3.
「いや、それよりも」と私は叫んだ、
「美しき方よ、あなたは誰なのか、どこから来たのか教えてほしい。
あなたはアオイヴェル Aoibhill (*マンスターの守護妖精) なのか――
ひとりここへ来て、私の魂を憂いで曇らせるために現れたのか。
それとも、
ギリシア軍が波を越えたとき、
大軍をトロイアへ導いたあの女(*ヘレネ)なのか。
あるいは、
勇敢なるウスナの子らを滅ぼす運命にあった
あの女性(*デアドラ)なのか。」
4.
「私はその三人のいずれでもありません」と彼女は答えた。
「向こうの緑の塚に住む妖精なのです。
あなたが妖精に憑かれたこの地をさまよいながら、
嘆き、ため息をついているのを聞いたのです。
だから今こそ、剣を腰に帯び、
俊足の馬に飛び乗りなさい。
そして、下僕も領主も含めたゲールの民を呼び集めなさい。
そうすれば、
エイレの緑の大地は、必ず解き放たれるでしょう」
5.
彼女はそう、音楽のような声で語った。
私は、まるで眠りから突然目覚めたかのように身を震わせ、
自分の嘆きの理由を彼女に打ち明けた。
涙を止められず、
胸が痛みに苛まれているわけ、
長年にわたって心が引き裂かれてきたこと、
血の流れさえ冷えてしまったように感じる理由を、
すべて語ったのだった。
6.
だが私の話を聞き終えると、彼女は姿を消してしまった。
それでも私は、今も夕暮れになるとさまよい歩く。
ゲールの民の悲しい運命を嘆き、
ブルフの妖精の丘で涙を流すために。
ああ、どうか近いうちに
三人の王たちが、
とりわけジェームズ王が、
この地に戻って来られますように。
どうか追い風がその翼に力を貸し、
彼らの艦隊を、
一刻も早くこの岸辺へ運びますように。
ジョイスはその後、1909年の曲集でも、再びこの旋律について触れています。
今度は「西の誇りナンシー Nancy, the Pride of the West」というタイトルで紹介されました。
ピートリは、「この歌には歌詞があったはずだが、入手できなかった」と書いていました(ピートリは東の誇りとして紹介しているが、同じ歌と書いている)。
一方、ジョイスはこの1909年の曲集で、はっきりと歌詞を掲載しています。
その内容は、ナンシーという若く美しい女性への、下記のようなごく素朴なラブソングです。
ある朝、ふとあてもなく歩いていると
東の空から、ポイボス(太陽)が明るく昇り
緑の木陰の小さな林のそばで
一人の美しい乙女が、休んでいるのを見かけた
その姿は端正で、まっすぐで、気品があり
甘い鳥の歌に包まれて、まどろんでいた
年の頃は、まだ十六
――若く、初々しい娘だった
その唇は、きめ細やかな珊瑚のよう
頬は、朱の色に染まっている
瞳は二つのダイヤモンドのように輝き
若者たちは皆、彼女を妻に望んでいる
私は彼女に、変わらぬ真心を誓おう
死がその矢で、この胸を貫くその時まで
そして最期の言葉として、私はこう呼ぶだろう
――愛しきナンシー、西の誇りよ
私はコークからキンセールへと旅し
リムリックからキルケニーの町へも足を運んだ
マローから、麗しきドネレイルへ――
そこには美しい女性たちがいた
けれど、恋に心を奪われることはなく
私の心は、いつも静かなままだった
それが今、ついに私は打ちのめされた
――西の誇り、ナンシーによって
我が宝よ、我が恋人よ、mo shíora(わが永遠の人)
もしも君の愛を得られぬのなら
私は広い世界をさすらい
胸の張り裂けるような苦しみの中で生きていこう
草原や緑の森を彷徨い
野鳥たちを安らぎの眠りから追い立て
谷間は、私の嘆きをこだまさせるだろう
――西の誇り、ナンシーのために
ここで重要なのは、「アイルランドのため彼女の名は言わない」の伝承として現在よく知られているような
・ 兄弟のフィアンセに恋をする
・ 男が外国へ出稼ぎに行く
・ 「アイルランドのために」という政治的解釈
こうした要素が、この歌詞には一切出てこないという点です。また、タイトルからも分かるように、ナンシーという女性の名前が、はっきりと書かれています。
一方で、ピートリが記録した「東の誇りナンシー」については、
「アイルランドを離れ、外国へ行く男を、女性が歌った内容だった」と説明されています。
おそらく、同じ旋律に、全く異なる詩が付けられていたのでしょう。ただし、ピートリ版の歌詞そのものは失われているため、確証はありません。
なお、ジョイスが1903年に発表した「アイルランドのため彼女の名は言わない」と1909年の「西の誇りナンシー」の旋律は、まったく同一です。
ジョイスはこの旋律について、次のように書いています。
「若い頃、リムリックの年寄りたちが歌っているのを耳で覚えたもので、ピートリが採集したキルケニー版とは異なり、より簡素で、より純粋に声楽的なものである」
それではここで、31弦の金属弦ハープ「壮麗のシナモン」による、
ジョイス版「アイルランドのため彼女の名は言わない」別名「西の誇りナンシー」をお聴きください。
いかがでしたでしょうか。とても素朴で、金属弦ハープの響きによく調和する、美しい旋律だったと思います。
私はジョイスの曲集をこよなく愛しており、これまでに多くの曲を、ここから学び、編曲してきました。
さて、今回で4回にわたって、「アイルランドのため彼女の名は言わない」という歌の由来と、そのさまざまなヴァージョンについて考察してきました。こうして時系列で整理してみると、伝承は非常に複雑に入り組んでいて、現在知られている物語が、いつ、どこで生まれたのかは、結局はっきりしません。
ひとつの旋律に、別の歌詞を付けて歌う――そうした習慣が、この混乱を生んだのでしょう。
あるいは、これは私の想像に過ぎませんが、19世紀に、この伝承のモデルとなった実在の人物がいたという可能性も考えられます。
貧しさゆえにプロポーズできなかった男が、アメリカへ出稼ぎに行き、
故郷に戻ってきたとき、彼女は自分の兄弟と結婚していた――
もともとの歌詞とは別に、そんな物語が後から重ね合わされ、語り継がれていったのかもしれません。
*この曲を4回にわたって解説してきたのですが、歌詞の内容に鑑みると、タイトルの日本語訳は「アイルランドのため彼女の名は言わない」というよりは「アイルランドに誓って」「アイルランドにかけて」という誓約の方がニュアンスが近いような気がしました。
