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進学塾enaの小6入試直前必勝特訓のニュースから考えたアレコレ

首都圏の中学受験塾enaが1月の平日に「小6入試直前特訓」を打ち出して、多くの批判を受け2日後に撤回するニュースがあった。
これに関して多くの意見が飛び交っていたが、どうも「小学校6年生の学校生活」についての解像度が低い人が多い気がして、私の心境の芯を食った意見があまり見られない。それが今日のnoteを書く動機となった。

まずはこちらのニュースのリンクと記事の一部を引用させていただく。

中学校受験塾の1月平日講座が「小学校を休む前提でおかしい」などの批判が殺到、塾側は17日に中止を表明しました。

中学受験指導などを行う進学塾enaを運営する学究社は、2026年1月に予定していた「小6入試直前必勝特訓」の平日午前からの開講分を中止することを決めた。「諸般の事情」としている。
2017年度の東京都下の公立中高一貫校11 校への合格者総数は738名。総募集定員に対するenaの合格者占有率は約5割で、西東京多摩地区の4校に限った占有率はなんと6割を超える。

中学受験をする場合、ではインフルエンザなどの感染症対策から1月に小学校を休む事例が一定数あります。enaの1月平日講座はそれを見越したものであり、SNSでは「どうせ休むのだから、それを見越した講座があるのはありがたい」など支持する意見があります。
一方、「進学塾、それも公立中高一貫校志望者向けに義務教育を否定するような講座を作るのは矛盾」「小学校を休ませるのは親の責任だが塾がそれに乗るのはモラルがおかしい」などの批判が強くあります。

塾と公教育との関わり方については改めて問われるべきではないでしょうか。

2025/12/17 大学ジャーナリスト石渡嶺司氏の記事 

まず私の立場を明らかにしておくと、enaが行おうとしたことは完全にレッドカードと捉えている。そしてこのタイミングだからこそはっきりさせておくが内心「フリースクール」も以前から設置に反対である。理由はこのようなモラルハザードの免罪符になるからである。このenaの講座の賛否が分かれる根っこには「不登校児向けのフリースクール」の存在は大きい。ただここを深堀りすると、今回の記事が脱線してしまうのでそれは稿を改めて次の機会としたい。


本題に入る。このニュースでもそうなのだが、中受がテーマとなる際に必ず以下の枕詞が飛び交う。”公立小学校が低レベルな授業をしているから、学力の高い子たちは退屈で塾に行きたくなるのだ”という内容である。
どうも私はこれに首を傾げてしまう。確かに勉強内容としては「平易」である。しかし「退屈」というのがよく分からない。今の小学校に「退屈」な時間はなかなか存在しない。それはグループワークや探究で常に動いていなければいけないからだ。そしてその活動自体が「中学受験と二者択一」になるような種のものではないと感じている。実際に次男の小学校の6年生の事例を挙げて解説していこうと思う。

私の市では「ちっチャイ菜」という白菜とチンゲン菜の中間のような野菜を特産品として10年ほど前から売り出している。そして2,3年前からこちらの小学校でも文化祭で保護者に売ったり、家庭科の調理実習で使ったりするようになった。そして今年度は更に力を入れて「ちっチャイ菜」を売り出すことにした。

まずは小学校に畑を作り夏前から「ちっチャイ菜」を種から育て始めた。6年生を中心に据えながらも低学年も協力して縦割りで成長を見守った。農家の人に来てもらったり商工会議所の人にアドバイスをもらったりしながら子どもたちは数カ月の間懸命に育てた。気候にも恵まれて11月から大量に収穫することができたようであった。

そして市では毎年12月の第一週の土日に「鍋フェス」という恒例行事がある。市内の飲食店が7,8軒「鍋」を提供して、最もおいしいと感じた店に客が投票してグランプリを決まるイベントである。
今回こちらの小学校では青年会議所と合同で「ちっチャイ菜食っチャイ菜鍋」を出品することになった。勿論、素材には今回育てたちっちゃい菜を使用する。鍋フェスの数日前には生徒たちがチラシを配りにやってきた。
「〇〇くん(次男は5年生)のお父さんは塾の先生だから顔が広いですよね」そんな話と共に何枚もチラシを渡された。「たくさんの人に配ってください。お願いします。そしてお父さんも是非来てくださいね!」

子どもたちから託されたビラ
ビラは何種類もあった様子
これらも当然子どもたちによる制作

実際に私も食べに行った。子どもたちが必死に客の呼び込みをしていた。そして店内では違う子どもたちが盛り付けに積極的に参加していた。それを適度な距離から教頭先生が見守っていた。私が行った前後の時間には他の先生も次々とやってきていたようだった。また2日目は私は用事があったので行くことができなかったが、妻が他の父兄と行くと校長先生がとても精力的に声を掛けていたようで「校長先生とのおしゃべりと食事を楽しんだ」と笑いながら教えてくれた。

ちっチャイ菜食っチャイ菜鍋
ゲストに元中日ドラゴンズの荒木雅博氏が来るようなイベント!
荒木氏も小学生の鍋に「美味しい」と語っていました(画像は違う商品の実食中)

それでもちっチャイ菜は鍋フェスでは消化できずにまだたくさん残っていたようで、先日17日には学区のスーパーで「小学校で作られたちっチャイ菜販売」が子どもたちの元で行われた。やはり妻が買いに行ったが予定の3時間どころか1時間弱で売り切れたらしい。保護者や地域の人や親戚の人がこぞって買いに来た様子だった。

また市内の飲食店のいくつかでは「小学校産のちっチャイ菜を使った特別メニュー」の提供が始まっている。児童たちはそれらの店に行って写真を撮り一部はSNSに挙げるようなお手伝いもしている。まさにそんな活動がenaのニュースと同時に流れてきたので「環境によって小6の生活は全く違うのだな」という気持ちにさせられたのだ。

市内のカフェでカレーに添えられたちっチャイ菜

そして彼らは2月の上旬に「学習発表会」がある。今年1年間ちっチャイ菜に携わった児童たちはその成果を皆に発表する。農家の方や商工会の方、飲食店の方も多数訪れるだろう。今日のnoteに最も書きやすかったのが「ちっチャイ菜」だったのでそのテーマばかりを紹介しているが、市の伝統芸能について調べたり参画したりするチーム、市の観光を活発にする施策を考えるチーム、市議会に意見を出してその行く末を見守るチームなど、様々な探究活動をそれぞれの子どもたちはやってきた。その集大成が2月にあるのだ。

昨年の学習発表会の掲示物。市を盛り上げるプレゼンが次々と

だから正直「小6の1月に学校を休む」ということが私にはよく分からないのである。座学では補えない学びが最も充実するこの時期をフイにすることが。多分首都圏ではこの「学習発表会」を中学受験者に配慮して秋口に行っているのであろう。ただそうなると受験の為に探究を縮小し、非受験組の学びを細いものにしているという形になってしまう。

そして学習発表会を終えると次は「卒業生を送る会」と「卒業式」である。この時期に6年生は各学年と一緒に給食を食べたり、校長室で数人ずつ給食を食べたりと学校でお世話になった人たちの所を行脚する。長男の時によく分かったが、これらの行事が彼らを大きく成長させる。そして探究活動で生産することを学び、行脚によって学校にレガシーを残していく。これは「1月に学校を休んで自分の受験だけに集中する小6」とは逆の姿である。良い悪いではないが、私はこの地元の子どもたちの振る舞いの方に好感を持つ。

SNSで行われている学校の議論は本当にペラペラだ。20年前の自分の通った学校で「今の学校は~」と語っている。そしてなぜか活動の中の1/4くらいしかない座学の授業の話ばかりしている。そのレベルが高いとか低いとか子どもたちの実態を無視して自論を語っている。

わが子の通っている小学校の6年生の後半を休むことは非常に勿体ないと感じる。そしてenaの姿勢とどちらが共同体として健全だろうか?と問いたい。私はこういう地域で「学習塾」をやっている。学校を全て肯定する訳では無いが、地域に根を張って凄いことをしているという畏敬の念があるのだ。


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