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手のひらのイリュージョン(ミステリ小説第7話 もう1つの不可能犯罪)

 そう返したものの、自分でも信じていなかった。音乃が記者をしている週刊スプリングは、政治家や芸能人の不祥事を告発するスクープを連発してきた事で、名をあげてきた雑誌である。
 電子版も出ているが、スマホの普及したこの時代に、紙媒体も売れていた。
「実は、情報があるんだけど」
「どんな情報?」
「グレート・ハンド教がらみの件ですよ。会う時間作ってくれますか?」
 綿引は、その時間を作る事にした。音乃と待ち合わせの打ち合わせをする。
 スマホを切った後、いつのまにか涼香の姿が現れた。彼女がこう切り出したのだ。
「鑑識から、興味深い報告がありました」
「どんな?」
「ガイシャが死ぬ時誰かの腕を噛んでいたようです。ガイシャの歯から皮膚細胞と血液が検出されました」
「DNA鑑定は、したんだろ?」
「もちろんです。事件当時蓬莱邸にいた人物は全員DNAが一致しませんでした」
 涼香がそう説明した。
「そして、過去にDNA鑑定を受けた人物のうち、誰のとも一致しませんでした」
「ますます不可能犯罪だな」
「世の中に、不可能なんてないですよ」
 涼香が真顔でそう斬りこんだ。
「犯人が、この世のどこかにいるはずです」
 確かにそうだ。考えてみれば、亡くなった父も『不可能な状況』で、何者かに殺されたのだ。
 大学教授だった父は、天体物理学が専門で、星を観るのが好きだった。
 その父が、星の写真を取るために夜近所の公園に出かけたのだ。が、結局父は帰らなかった。
 あまりにも帰りが遅いので公園まで様子を見に行くと、父親は公園の池の水面にうつ伏せとなって浮かんでおり、溺死体となっていたのだ。
 亡くなった場所には防犯カメラは設置されておらず、警察の調べでも、疑わしい人物は目撃されなかったという事だった。
 そのため事故として処理されたのだ。が、綿引は信じていない。
 池は浅く、仮に池のそばで足を滑らせたとしても、溺死するなど考えられなかった。
 誰かがきっと父親を溺れさせたと綿引は、にらんでいる。
 が、財布や撮影用のカメラなどは盗まれておらず、強盗による犯行とも考えにくかった。
 もしかしたら、父親殺しと今度の事件、何か関連があるのだろうか? いやしかし、時間が離れすぎている。
 偶然の一致かもしれないが父親も、蓬莱虹羽も、天体に関心があったのだ。
 ただし父の場合は科学的な好奇心だけで、そもそも父は信仰心は薄かった。
 初詣の時だけ神社に行き、葬式と墓参りの時だけ寺に行き、12月24日にはクリパをやるような、典型的な日本人だ。
「係長、課長から来るよう言われました」
 部下の1人が、声をかけてきた。
「わかった。ありがとう」
 綿引は礼を述べると、夜船警部の元へ向かう。
「今度の件、事故として発表して、捜査は中止する。上からの命令だ」
 夜船がそう明言した。
「課長らしくもないですね。ガイシャの歯には、何者かの皮膚細胞と血液が残されてました。犯人の物に違いありません」
「お前らしい返答だな。だとしても、犯人の物とは限らんだろう。我々は、組織の中で動いている。一匹狼的な動きは許されないぞ」


手のひらのイリュージョン(ミステリ小説第8話 スパイか否か?)|空川億里

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