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手のひらのイリュージョン(ミステリ小説第5話 理想郷)

 親衛隊長はその顔に、怒りや悲哀や困惑や驚愕などのネガティブな感情を全て発露したような表情を浮かべている。
 発火直前のダイナマイトのようだった。今にも爆発しそうな熱いパッションをどうにかこうにか自制しているようだ。
「君塚さん」
 綿引は、呼びかける。
「亡くなった蓬莱さんは、12月1日に重大な発表があるとSNSで宣言していたそうですが、それが一体どんな内容か何も知らなかったんですか?」
「聴いてません。恐らく自分だけでなく奥様や、幹部の方も知らなかったと思います。尊師はそういう方でした。偉大なる天の神から、お告げがあったのだと思われます」
「偉大なる天の神ですか」
「神はいます。それは大いなる存在で、人類全てと動植物と、この大地をお作りになり、我らに理想郷を与えてくださいました」
「理想郷ね……僕らのいるこの世界がですか?」
 肩をすくめて、綿引が答えた。
「残念ながらこの世界はまだ、完璧な理想郷とは言えません。さらにパーフェクトな安楽の地を作るため、尊師は啓示を受けたのです」
「パーフェクトって具体的には?」
「我々で、何もかもを決められる事です」
「今でも充分自由でしょう。言論も移動も我々は自由です。選挙で都知事や都議会議員を選べますしね」
「それだけでは足りません。もっと本当の自由です。我々はまず、この世界がどうやって生まれたのかを知るべきです」
「科学者はビッグ・バンが原因だと主張してます」
「だとしたら、そのビッグ・バンは一体誰がどうやって起こしたのでしょう? 私達は、この世界を造形したのは、偉大なる創造神だと信じています」
 言われてみれば学校ではこの世界の最初は大爆発だと教えられるが、確かに誰が起こしたのか?
「なんだか、話がそれちゃいましたね」
 綿引は、苦笑した。
「それでは、話を事件に戻しましょう。例えばこんな話はなかったですか? グレート・ハンド教に違和感を抱く他の宗教団体に恨まれていたとかは?」
「そんな事もあったのかもしれませんが、少なくとも自分は知りません」

 君塚への尋問の後、他の6人の親衛隊員にも質問したが、目新しい情報は聴けなかった。全員が退室し、部屋には2人の刑事だけになる。
「初めて知りました。お父様の事」
 綿引を窺うような目つきで涼香が話した。
「しょっちゅう話すような事じゃないからね。そういう君は、どうして刑事になったんだい?」
「刑事ドラマに憧れて」
 涼香が笑う。
「一般人なら拳銃持てないけど、警察官なら持てるでしょう? 拳銃持てれば相手がどんなに強い男でも立ち向かえるから」
 いつも明るい涼香の目に影がよぎる。
「殺された親父は、今だに犯人がわからない。俺が刑事になったのは、自分で犯人を逮捕したいという意味もある。もう20年も前の話だけどね」


手のひらのイリュージョン(ミステリ小説第6話 敏腕記者)|空川億里

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