手のひらのイリュージョン(ミステリ小説第6話 敏腕記者)
そう。もう20年前になる。時間の経つのは早い。それでも綿引は、昨日のエピソードのように、その惨劇を覚えていた。
その時である。スマホが回想を打ち破った。電話の相手は、上司の夜船(よふね)警部だ。
「綿引、そっちはどんな具合だ?」
夜船は50歳になったばかりだ。白髪頭にタヌキ顔で、鋭い目つきの持ち主だった。警部補は事件の状況を、かいつまんで説明する。
すでに夜船警部には、何度か連絡を入れて捜査状況を報告していた。
「まるでミステリ小説みたいな怪事件というわけだな」
夜船は、どこかバカにした口調である。
「自分も信じられないんですが、そんな感じです。こんな話聞いた記憶も見た事もありません」
「先に伝えておくが、今回の件表向きは事故として発表するかもしれない。上からは、そういう話が来ている」
「しかし、事故とも断定できません」
憤慨して、綿引が詰め寄る。
「よく、考えろ。お前が今説明したような話をそのままマスメディアに公表して、奴らや世論が納得すると思うのか? 犯人が見つからないなら、とりあえずは事故で発表するしかないだろう」
夜船の口からこんな言葉が出てくるとは思わなかった。彼は上と喧嘩してでも、ホシをあげるタイプの男だ。
今回は一体どうしたのだろう? 今度のヤマは、よほど裏があるのだろうか?
本庁に戻った綿引が観た朝7時に放映されたテレビのニュースは、蓬莱虹羽の死を『事故死らしい』と報じていた。そこへ涼香が現れる。
「何かわかった?」
「ガイシャは星空の画像を写す事にはまっていたらしく、大量の夜空の画像がスマホやパソコンのハードディスクから見つかりました」
「変わった趣味の持ち主だね」
「奥さんや、周囲の方の証言によれば天体の姿を分析すれば、この世界の理に近づけると信じていたようです」
涼香が1枚の、A3サイズの紙を見せる。そこには星空に月が2つ写っていた。
「なんだいこりゃ?」
「ガイシャのデスクにありました」
「月が2つか。特殊な撮影の仕方をすれば、こんなふうになるんじゃなかったっけ?」
「私もそう考えて、奥さんや周囲の方に聞いたんですが、ガイシャはありのままの星空を撮るのにこだわっていて、そういう事をする人ではないそうです」
「しかし普通に撮ったんじゃ、こうはならんだろう」
その時である。綿引のスマホが鳴った。画面に登録された名前が表示される。週刊誌の記者だった。
「ご無沙汰してます。綿引さん」
ハスキーな若い女の声が、耳に響く。七沢音乃(ななさわ のの)。実年齢は知らないが、多分30歳前後だろう。
茶髪のロングヘアーは肩までたらし、常に笑みをたたえた目は、猛禽類のごとく何かを追っている。
「一体なんだ?」
「なんだも何も、蓬莱虹羽が亡くなった件ですけど」
音乃の笑声が、耳に響く。
「報道の通りだ。事故の可能性が高い」
「まだ事故だと断定されてはいませんよね。だってタイミングがおかしすぎるでしょう。蓬莱は近日中に重大な発表をすると宣言したのに、その直前に事故死だなんて」
「言いたい事はわかるけど、たまたまそういう事故が偶然起こる時もある」
