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手のひらのイリュージョン(ミステリ作家第9話 新教祖)

「聞きたい話がある」
 単刀直入に綿引は切り出した。相手は黙ったきりである。薄ら笑いすら浮かべている。かつての氏家なら絶対に見せなかった表情だ。
「お前、弓削田と会ったよな」
「弓削田って、どこの弓削田だ?」
「グレート・ハンド教の幹部だ」
 氏家は、それでも黙っていた。
「動画がある。お前と弓削田が映っていた」
「仕事で不特定多数の人物と会う事がある。捜査に関係あれば、いくら同じデカだって、一課のお前には話せない」
「蓬莱虹羽が亡くなったのは知ってるだろ?」
 綿引は、畳みかける。
「上は事故で片づけようとしてるようだが、俺にはそうは見えないんだ」
「綿引、お前は変わらねーな」
 嘲るように氏家が笑う。
「氏家、お前は変わったな」
「俺はもう33だ」
「まだ、若いだろう」
「お前には、同情するよ。親父さんが原因不明の死に方をして、正義感から刑事になった。でも俺は違う。公務員なら安定してるから、民間よりもいいかなって入っただけでさ。ただそれでも公安の刑事として、この東京を守ろうとつとめてる」
「答えになってねーよ」
 イラっとした。つい、大声になる。
「東京を守りたいなら、蓬莱虹羽を殺した奴を逮捕したいと思わないのか?」
「たかが新興宗教の教祖じゃないか」
 あまりの暴言に怒りがつのった。マグマが頭のてっぺんまで上昇してきたような気分だ。
「殺されていい人間は、1人もいない」
「理想論だな。お前らしいよ」
 氏家が、鼻で笑う。
「俺達公安は、もっと大きな物を守っている。国家という偉大な存在だ」
「国家は個人の集まりだろ。個人の幸福が無ければ国家の安寧もない」
「全員を幸福にする事はできない。個人が暴走すれば、国家の安泰も危うくなる」
「蓬莱虹羽は、危険な人物だったのか? 俺が知らないだけかもしれないけど、前科もないし、悪いニュースを見た事もない」
 氏家はそれには答えず貝のように口を閉ざす。
 グレート・ハンド教は綿引の知る限り穏和な宗教で、テロを扇動したり政治に物申したりした事はない。
 なぜ氏家は弓削田と接触をはかったのか理解できなかった。その後綿引は、氏家と別れた。苦い別離だ。
 次いつ会うかわからないが、もう2度と友人にはなれないだろう。

 その後彼は1人暮らしのマンションに戻った。かつては結婚していたが、妻だった女は子供を連れて出て行ったのだ。
 テレビのスイッチをつけた。リモコンをいじくってニュース番組にあわせる。タバコに火をつけ、口にくわえた。
 いくつかの報道の後で、グレート・ハンド教の話題になる。ニュースキャスターは蓬莱虹羽の死を、はっきり事故死と断定していた。
 そして教団の次期教祖に、弓削田がなったと伝えていたのだ。
 グレート・ハンド教に関する報道が終わった後、綿引はスマホでこの教団の動画配信にチャンネルを合わせる。
 最新の配信は、弓削田の教祖就任演説だった。
「信者のみなさん!」
 スマホから、よく通る弓削田の声が響き渡る。声優がつとまりそうなクリアボイスだ。
「今みなさんはかつてない悲しみに包まれているでしょう。それは私も同じ気持ちです。偉大なる教祖である蓬莱虹羽会長が事故で亡くなり、胸の潰れる気持ちがします」
 弓削田は一旦目を伏せた。それはなんだか芝居がかっているような気もする。25歳にしてはしっかりしていた。
 しかし実際人間年齢関係ないと綿引は感じていた。年配でも頼りない人はいるし、若くても大人な人物はいる。
「本来なら、もう少し長く喪に服したいところですが、そうもいきません。教団の活動に穴を開けてはいけないのです」
 弓削田は拳を握りしめた。美しい顔が、上を向く。
「本来であればご子息が尊師の後を継ぐべきですがまだ幼く、ご成長されるまでの間、暫定的にこの私が、グレート・ハンド教の会長の座に就く事に決まりました。今まで同様粉骨砕身、布教につとめて参ります。どうか信者のみなさんにはこれからも同じ熱意で教団にお力添えをくださるよう、まだ若いこの私に叱咤激励をくださるよう、心よりお願いする所存であります」
 大きな拍手が、弓削田のいる会場から沸き起こる。ところどころ大げさだが、なかなかどうして、堂にいった芝居である。
 弓削田は売れない俳優だった。蓬莱虹羽とも芸能界で知り合ったのだ。
 役者としてはダメだったが、教祖としては大成するかもしれなかった。
 鶴喰詩葉は弓削田が教祖になる意思があるのを嫌がっていたが、彼女にとっては残念な展開になったものだ。
 権力闘争の結果は弓削田に吉と出た。こうなると、蓬莱虹羽を殺す動機は充分にある。
 だが弓削田であれ、彼の指令を受けた何者かであれ、殺すためには防犯カメラに映らなければならないが、誰も映っていなかった。
 銃やボウガンを使えば、別のビルから殺すのも可能だが、死因は生憎転落死だ。
 が、死体の近くには転落しそうな高い塔のような物はなく、飛行機やヘリコプターも近づかなかった。
 屋上をダイレクトに撮影したカメラはないが、建物の外周に設置されたカメラの動画がそれを証明していたのだ。
 それに虹羽の歯に残っていた何者かの血液と皮膚細胞。普通に考えたら彼は、殺される直前に犯人に噛みついたに違いない。
 が、防犯カメラが撮影し、ハードディスクに残された動画は犯行推定時間に、誰も現場の屋上に近づかなかった事を示している。
 全く不可思議な現象だ。そして事故の確証がないのに、警察の上層部が勝手に事故と判断した。何もかもが異例すぎる。



手のひらのイリュージョン(ミステリ小説第10話 20年前の謎)|空川億里

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