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手のひらのイリュージョン(ミステリ小説第10話 20年前の謎)

 魚の小骨が喉に突っかかったような、隔靴掻痒の気持ちであった。その時綿引のスマホが鳴る。液晶画面に「七沢音乃」と表示された。警部補は、電話に出る。
「ごめんなさい。遅かったかしら?」
 音乃が恐る恐る聞く。
「そう考えたら、電話するなよ」
 思わず笑って綿引は回答した。
「まだ夜の11時を過ぎたばかりだ。大丈夫だよ。もっともいつが大丈夫なのか俺にもわからん。忙しければ3日連続徹夜もあるし、非番の時は日中ずっと寝てる時もあるし。それがデフォになっちゃってる」
「お疲れさん。でもあたしも、忙しい時は似たようなもんか」
「お互いひでえ仕事だな。ネットでしょっちゅう他の仕事を探してる。スマホでゲームするのが唯一の息抜きみたいになってるよ。相方に逃げられるのも無理ねーな」
「この社会には絶対必要な仕事なのにね」
「ジャーナリストだってそうだろう」
「そうね。あたしもちょっと結婚とか無理そう。ずっとシングルで終わりそう」
「ちなみに用件は、何よ」
「電話じゃちょっと話しづらい。また、こないだの店で会おう。明日の午前中とかどうかしら? 11時とか」
「わかったよ。明日の午前11時だな」

 翌日の午前10時半。綿引は再びいつも音乃との待ち合わせに使っているレストランの個室に入る。
 タバコが吸いたいが、この店は全面的に禁煙だった。11時になっても音乃は来なかった。5分過ぎ、10分過ぎても現れない。
 やがて11時半になって現れた。
「ごめんなさい。忙しくって」
「気にしないでよ。お互い様」
 2人共ブレンドコーヒーをウェイトレスに注文する。綿引は音乃が来るまでオーダーを待っていたのだ。
「話ってのは一体なんだ?」
「20年前の話」
 心臓に、矢が刺さったような衝撃を受けた。
「綿引さんのお父様が亡くなった時の事を調べてたの。以前綿引さん、事故で処理されたお父様の死について、納得いかないって言ってたよね」
「確かにな。しかしずいぶんおせっかいだな」
「おせっかいな性格じゃなきゃ、記者なんてできない」
 真剣な目で、音乃が答える。
「当時は報道されなかったそうだけど、お父様が亡くなった池、水位が下がっていたそうね」
「間違いない。一見して、それとわかるほど下がっていた。写真もある。携帯のカメラで撮ったのが、この画像だ。俺が遺体を発見した時撮影したんだ」
 綿引は、画像を見せた。うつ伏せになって夜の池に浮かんだ父親が写っている。水位は池の縁の部分から50センチほど下がっていた。
「見た通り50センチほど縁の部分から下に水面があるだろう。でも、普段はこうだ。たまたま事件当日の昼に俺が撮ったんだ」
 綿引は、画像を見せる。昼間の池は、縁と同じぐらいの位置までいっぱいいっぱいに水が満たされていた。
「本当だね」
「今でもたまに、同じ公園の池に行くけど、今も普段は池の縁まで水があるんだ。事件前夜に大雨があったんでなおさらだ。小さい池だから、ちょっと大雨が降っただけで、水があふれる」
「それは、確認した。実は昼間見に行ったの」
「何をしようとしてる?」
 綿引は、詰め寄った。コーヒーが普段より苦く感じる。
「知的好奇心ね。一見事故だけど、そうは思えない何かがある。そういう意味で、今度の事件と20年前の惨劇は似てなくない?」
「似てねーよ」
 呆れて綿引が返した。
「今までも、証拠不十分で事故で処理されたけど、実際は殺人じゃなかったのかって事件は何度もあった。そう感じただけで本当に事故かもしれないし、殺人だったのかもしれない。真実は、藪の中だよ」
「かもね。ただあたしは、20年前の事件の真相がわかったら、スクープになると考えたの」
 結局それかと、綿引は脳内でつぶやいた。
「似てないって言うけど共通点はある。お父様も蓬莱虹羽も、宇宙に興味を持っていた」
「確かにそうだけど、親父は学術的な興味があっただけだ。蓬莱虹羽は宇宙を見つめる事で、彼の信じる神様から、何らかの啓示を受けられると考えていた」
「確かにそうね。蓬莱は、動画配信や自分の著書で、そう主張していたから。なので信者も、天文学や天体に興味を持つ人が多いみたい」
「一般信者もそうなのか」
「SNSで信者のアカウント見てると、そういう人が多いわね。ちなみに捜査は打ち切りになったの?」
「残念ながら」
 綿引は、肩を大きくすくめる。
「事故とされてしまったんでね。現在は、他の殺人事件を捜査中だ。特に謎もなさそうな、ありきたりのマーダーケース。全く理解できないんだよ。グレート・ハンド教団が信者数の多い大教団ならわかるけど、公称でも1万人ぐらいだからね」
「おかしいよね。やっぱ何かありそうだよ。今度事件のあった公園に、夜行こうと考えてるの。事件があったの夜の11時ぐらいだったんでしょう? 同じ時間に行った方が、昼ではわからない何かがわかると思って」
「危険だな。行くなら誰か、他の記者と行った方がいい」
「そだね」
 軽い口調で音乃が答える。
「今度の事件、陰謀の臭いがする。陰謀がないにしても、夜中の公園は危険だって」
「大丈夫だよ。誰かと行くから」
 音乃はギャルピースをすると、笑顔になった。そして、綿引が生きている彼女と会ったのは、これが最後になったのだ。


手のひらのイリュージョン(第11話 新たな遺体)|空川億里

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