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父からクリスマスに贈られてきた本たちの、居場所を作りました。

誰かのお家に伺って、最初に見たい場所は

本棚だったりする。

本棚には、その人の「好き」が背文字を

通して見えるから。

ちょっと堂々とではなく

「本棚みていい?」ってたずねたくなる。

「いいよ」とか「ええよ」って返事を待って

から、視線がそこにくぎ付けになる。

大学の時につき合っていた男子は、

ジャーナリストになりたかったから彼の

本棚は本多勝一の本がずらっと並んで

いたりした。

つきあってる間もわたしが本多勝一の

ページをめくることはなかったけれど。

大学の屋上でふたり浮かぶ雲をみても、

あれがひとつひとつの国だったらって

思うと、国境ってなんだろうねみたいな

ことを言うような男子だった。

え? なんて? もう一度いってみたいな

ちぐはぐなふたりだったけど。

彼が目指したいものがうっすらみえた

ような気がした。

わたしとは真逆のことが好きだったし

価値観もまるで逆だったけど、同じ

価値じゃなくてもけっこう楽しくやれる

ことを彼は教えてくれたような気がする。

本棚って、不思議だなって思う。

そこには何かしらの時間がつまっている。

自分の本棚にあたらしい1冊が並んだ

としても、いつしか馴染の顔で

そこにいたりする。

よそよそしくない間柄にすこしずつなって

ゆくみたいで、面白い。

今日、わたしは本棚を整理していてふと

コーナーをつくることを思いついた。

noteはじめて1ヶ月頃にもかいたことがある

けれど。

クリスマスになると父からいつも本が

贈られてきた。

好ましくない人ってあの頃は

言いたかったのだ。

そんなプレゼント本のコーナーをさっきまで

作っていた。

こんな感じ。

本棚の上から2段をしめるぐらいの本を

父からプレゼントされたことになる。

クリスマスの、父から本の贈り物。
およそ15年ほど贈り続けてくれた。

はじまりは、父と母が離婚したことが

きっかけだった。

家族は別れ、父と会うこともなかった

けれど。

その年の12月、クリスマスの日に手紙と

ともに本が贈られてきた。

最初の本は今でも覚えてる。

これだった。

父からのはじめてのクリスマスプレゼント本。


ジャンコクトーの「おかしな家族」。

彼が生涯でひとつだけ描いて書いた童話が

これだったらしい。

タイトルがマジかって思った。

父と母が離婚してすぐ送られた本が

この1冊だったから。

ちょっとすぐにはページをめくれなかった。

フクザツな心境だったから。

でも、本に罪はないしねって思いながら

ページを開いた。

太陽と結婚した月夫人がふたりの子供に

めぐまれる。でもこどもたちは勉強の

できないやんちゃだったので、

月に吠える犬が、子どもたちの先生になって

ゆく。しかしかんばしくないので次に

先生役を星にまかせるというもの。

なんのことやら。と思いつつ、

わたしのことかい? って

気が付くとあっという間に読んでいた。

最初のページには、

もし君たちのお父さん、お母さんが不幸にしても本当の大人になってしまったのならば、二人を教育し本を読むことを教えてあげよう。それともう一つ。もし、この本の色が気に入らないならば、君の色鉛筆で好きなように塗りたまえ。―――遠慮はいらない。

『ジャンコクトー おかしな家族』文・デッサン

父からのクリスマスプレゼントが来るたびに

それらの本たちはランダムに本棚に

おさまっていった。

ざっと数えたら56冊ほどあった。

そうか、って本棚のコーナーを作りながら

ちょっとだけ感慨深かった。

父とはうまくコミュニケーションが

とれなかったのに、送られてくる本は

どれも好みのものばかりだった。

どうしてなんだろうって思いつつ。

本を通してなら、距離を縮められることに

気がついた。

どんな作品が好きだって話したこと

なかったのに彫刻家の舟越桂さんの作品集が

送られてきた。

舟越桂さんの作品が好きでたまらないこといつ知ったんだろう、父は。

この作品集の巻末には大好きな作家の

川上弘美さんのエッセイが寄稿されていた。

舟越桂さんの作品を初めてみたのは、

須賀敦子さんの

『コルシカ書店の仲間たち』の表紙だったと

いう文章からはじまる。

舟越さんの彫刻作品群を「このひと」と

呼んでいらっしゃる次のような文章が

わたしは大好きだ。

 どのひとも、これから、船越さんのアトリエを出ていくにちがいない。そのとき、このひとたちは、どうなってゆくのだろうか。
 多くのひとにみつめられ、また反対にたった一人の持ち主にいとしまれ、またそれともひっそりと覆いをかけられて、秘蔵され、そのときこのひとたちはどんな表情になってゆくのだろうか。
 きっとこのひとたちは、私が生きるよりもずっと長く、在り続けるに違いない。

『舟越桂作品集・立ちつくす山』「しんとしたひと」川上弘美・文

ヘルマン・ヘッセの詩とエッセイの

この本はあるいみタイムリーで驚いた。

父に鬱っぽいって話したことなかったのに、
この本がぽんと送られてきて驚いた。
呼吸が苦しいような日々だった。

付箋が貼ってあるページ。その頃の気持ちが

ここに再現されているって思っていた。

 水がある一定のリズムで蒸発して雨となってふたたび大地に降るように、また、四季あるいは潮の干潮には、その固定した時期と周期があるように、私たちの内面の世界のすべてもまた、法則とリズムをもって生起している。

『雲/ヘルマン・ヘッセ』「曇り空」より。
1918年執筆『放浪』(1920)所収。

こうして父が贈ってくれた本のことを

書いていると、これは父が本に託した

なにか言葉にならない言葉のような気も

してくる。

若い頃、じぶんのことを遠ざけていたよね

ってこの間言われた。

確かにそういうことたくさんあったと思う。

一か月ぐらい前に、電話で父が最近読んで

いるという小川洋子さんの本の話を

していて、

気が付くと盛り上がっていた。

『博士の愛した数式』についてだった。

ともだちか? っていうぐらいに

好きな個所が一緒だった。

そして最後にひとこと父は、あとどれぐらい

本が読めるかなって考えるんだよって。

わたしもそういうところあるから、わたしも

そうだよって言ったら。

君はまだ若いから大丈夫っていった。

父にとって娘って幾つになっても

若いのかって

妙だったけど。

本を通してならわたしたちは話が

できることをわたしたちは知っている。

核心に触れないがための会話かもしれない

けれど。

何年か前から本は送られて来ていない。

あんまり増えると大変だろって言われて

手紙だけが届くようになった。

そこにはどんな本を1年間読んできたかが

たいてい綴られている。

この本棚は父からの贈り物の

コーナーだから、

ずっと永遠にこのままなんだなって思うと

ちょっとすんとした静けさを覚えていた。


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ゼロの紙 /歌人 いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊