お豆腐メンタルは、父譲りだった。
昨日はnoteが書けなかった。
心がいっぱいいっぱいで。
なにかがあふれてきては、ひたひたに
胸の中がみなぎる表面張力のようになって。
凪を待つのだけど、なかなか訪れず。
そっとしていた。
昔はよく荒ぶる心のままものを書いて
発散していたけれど。
それとは真逆で。
かといって静謐ではなくて。
ざわついているのだけど、静観したい
そんな感じだった。
8年ぶりほどの父との再会のせいだった。
遅れて感傷がやってくるみたいな感覚。
一日やすんだので、今日はニュートラルに
ギアいれて大丈夫になったけど。
ほんとうにわたしはメンタルがあれだ。
メンタルは弱いですって、仕事では言えなかった
けれど。
noteでは、堂々とカミングアウトしたら、
とても楽になった。
勉強できないですは、昔から誰彼に言って
きたけれど。
心が弱いですは、仕事ではなかなか言えない。
それは誰もが知るNGワードだ。
クビになったらこまる現場では必死に
大丈夫なふりをする。
いわゆるお豆腐メンタルという部類に
入るのかもしれないけれど。
あのお豆腐メンタルという言葉は、至極
便利だと思って使っている節もある。
お豆腐らしいメンタルが、いつか高野豆腐
みたいになりたりですって、コメント欄でも
書いたような気がする。
このお豆腐メンタルってわたしの血の場合、
どこからルーツが来てるんだ? って思った。
そりゃ、母親じゃないなっていう自覚はあった。
無意識過剰な母とわたしは明らかにちがう。
で、父親しかいないよなって思ったら
やっぱり、この間ふたりで会っている時でも
ことあるごとに父はお豆腐だった。
わたしと会う前日は弟家族と食事をしたらしく。
お寿司をふるまったそうな。
そして翌日わたしと会う時、店をどうする?
っていうことになって。
父はそんなにお腹空いてなかったみたい
だったけど。
わたしが適当なお店は中華かお寿司か、
アフタヌーンティーぐらいかな? って
言ったら、中華はヘビーだけど、お寿司だと
2連チャンお寿司になるねって笑う。
でも、ぼんちゃんお近頃寿司食べてないん
じゃないか? ってわたしを察してくれて、
連チャンでもいいよと、お寿司になった。
そして、お寿司を食べたのだけど。
こっちのお店の方が美味しかったんだねって
昨日食べたお店がそうでもなかったらしくって
そうなんだねってわたしは笑った。
あっちのお店の方が有名なのにねって。
そう、オーダーの時も父は豆腐メンタルだった。
そのお店もしばらく来ないうちに、店員の方が
日本人では無い方になっていて。
父とうまく疎通がいかなくて、そのお店の人が
まちがったメニューを通そうとした。
それでも父は、ま、いっかって顔をして。
それでいいですって妥協しそうだったので
わたしがそれじゃなくてこっちですって
言い直して、オーダー通りのちらし寿司が
やってきた。
お寿司屋さんのちらし寿司、久しぶりだった。
父はことあるごとにお店の人に気を遣う。
生の中ジョッキを頼む時もまた、同じ感じ
だったので、わたしが生の中を、瓶じゃなくて
ジョッキでくださいって言い直して、父の希望が
叶った。
そしてわたしはお茶で乾杯した。
おもしろいな、そうそうこういう人だった。
って思いだした。
美味しいお寿司だねって言っていたのに
やっぱりちょっと残したいって。
そりゃ二日連チャンでお寿司はきついよね。
父はモーニングを食べてお腹いっぱいだった
らしい。
若い頃はどんだけ食べるんだって感じ
だったけど。
今は加減を知ったよっていいながら
こういうの残しちゃうのって恥ずかしいねって、
わたしに言った。
お店の人にすごく謝っていた。
食べきれなくてごめんなさいと。
こういうシーンを見ていたら、わたしも
おなじようなことがあったことを
思いだしていた。
わたしの場合は、好きな人が目の前に
いるから食べられないだけだったけど。
そして、極めつけは、母と私が住んでいる
家に到着したときだった。
タクシーを降りるなり、父の歩みが止まった。
どしたん?
十年以上も口をきいていなかった母と対面
する前に、突然不安になったらしく。
ほんとうに大丈夫やろうか?
やろうか? って語尾がおもいっきし
大阪弁になる。
これはわたしにも身に覚えがあるけれど
危険を察した時に擬態するわたしたちの
危険回避術だったりする。
そして家の前でフリーズしている。
ほんまに、門前払いとかないやろうか?
って。
っていうか門前払いって。
それはないと思う。
杞憂に過ぎないと断言できる。
そしてandまるまる大阪弁。
大丈夫やって、ママから会うって言ってるん
やから、平気やってってなぐさめた。
そうか、そうかってうわの空で同じ言葉を
繰り返していた。
もう押すよピンポン。
ピンポン押していい? って父に確かめて
不安げな父の表情だったけどそれを押した。
そして、事なきを得てというか、思いがけずと
いうかその件は上の記事に書いた通りだったけど。
父が昔いろいろあった時も、母に責められて
ただおろおろする姿を何度も目にしている。
わたしへの勉強の特訓だけは厳しすぎて
家出を考えたほどだったけど。
あの豆腐メンタルは、わたしなのだ。
あれは父譲りだったのだなって。
昔父に似ていると言われると、とにかく
毛嫌いして反発してわたしは似てない父に
似てないと呪文のように眠る前に繰り返し
じぶんを納得させていた。
今は、わたしのこの豆腐メンタルでさえ
まぁしゃーないなって思いながら。
ただ、父といるとなぜかわたしのその
メンタルはすこしだけ高野豆腐に近づく。
ほんのすこしだけ、強くなるエッセンスを
ふりかけられたお豆腐になることができる。
じぶんを発見するのは、一人の時じゃなくて。
相手と一緒にいる時のじぶんの反応なんだなって
ちょっとそういうところ面白かった。
8年ぶりの再発見だった。
あの一瞬の 乾杯 グラス鳴らして
手紙を書くよ いつかきっと また会える日まで
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いつも、笑える方向を目指しています!
面白いもの書いてゆきますね😊