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家族に、やっとなれた気がした。

今日久しぶりに父と会った。

夏のように熱い日差しの中を

父が待っているホテルのロビーまで

急いだ。

待ち合せ前は、ひたすら緊張していた。

昔のように、叱られたりするわけじゃないのに。

父に会う前はいつも、複雑な思いに駆られる。

父と母はわたしが若い頃に離婚していた。

それからも、子どもであるわたしをを通して

行き来はあったけど。

時折わたしがメッセンジャーになって

お互いの言葉を伝えることがあった。

わたしはそこに思いを挟まずにことばを

届けた。

あることで大げんかしてから、彼らふたりは

ほんとうに疎遠になっていた。

そして何年も彼らは互いの声を聴くこともなく

時間が過ぎていった。

でも、急に母が父に会ってもいいよって

言いだした。

父はずっと母に会おうとしていたけど

母が拒み続けた日々だった。

あまりの突然の提案にひるんだ。

あの日あんなに根源的、互いのルーツを

傷つけあうような喧嘩をしたのが最後

だったから、修復は難しいとわたしも

感じていたのに。

でも会うよってことになった。

あの喧嘩のこともしかしたら母は

忘れてるのかもしれない。

母の幼年期からの忘却力のなせる業。

物事が急に進むとは、いつもひょんな

ことからなんだろう。

実際わたしはその声を聴いてから

こんどはひたすらリビングやトイレや

洗面所を掃除してから、父との待ち合わせ

場所に急いだ。

そして少し遅れた。

父は、本を読みながらロビーの椅子に座っていた。

わたしが目の前にたどり着くまで、気づかないで

いた。

本のページから目をあげないままでいて、

わたしが、呼んだら「やあ」って言った。

昨日まで会っていたかのように「やあ」って。

何読んでいたの?

って聞いたら、

小川洋子さんの「ことり」だった。


「小鳥の小父(おじ)さん」と呼ばれていた

ひとりの老人が、竹製の鳥かごを抱いたまま

亡くなっているところから始まる物語。

彼には人の言葉が話せない独自の言語で

生きている兄がかつていた。

そんな世の中にたったひとつの言葉を理解

できるのは弟である

「小鳥の小父(おじ)さん」だけだった。

兄の発する言葉はいつも弟のためだけに

そこにある。

それはキャッチできる弟がいるから。

受け止める人がいて言葉は成り立つの

だということを思うし。

ひとりでも、受け止めてくれる人が

いたらいいよっていう甘美とカナシサが

あちこちにちりばめられていた。

この物語を父親がいま一番好きだという。

小川洋子さんのとりこになっている

らしく。

一緒にお寿司を食べている時も、

「薬指の標本」や「妊娠カレンダー」や

「密やかな結晶」などが好きだったって

はなしで盛り上がる。

仕事が忙しい時は眠るまでの30分間を

読書にあてて20年間過ぎたんだと言って

いた。

段ボールの中にためていたらかなり本が

増えたんだよって話にもなって。

ミヒャエル・エンデの全集をもっている

から、じぶん(父)がいなくなったらそれを

あげるねって約束してくれた。

あいまいにわたしは笑ったけど。

その約束はあいまいに聞いておきたい。

その時にはもう父とあのページのあれが

よかったねって話せないことなんだなって

ガリを噛んでお茶で流し込みながら

ちょっとだけ感傷的になった。

一瞬にとどめたけど。

そして、母と父は自宅で対面した。

母は、あっけらかんな人なので

それこそ昨日まで会ってる人みたいに

「おかえり」を言ってるように

「久しぶり」って言っていた。

リビングにふたりの笑い声が響いて

なぁんだ、昔っからこうしてくれて

いたら、なんてことなかったのに。

でも、今だからなんだよなって

思い直す。

あの頃ふたりは若かったからいっぱい

いっぱいで。

その笑いの輪のなかからわたしは

ひっそりとはずれた場所でその景色を

眺めていた。

母がふいにわたしが小さかった頃の話を

思いだしたみたいだった

ぼんちゃんが赤ちゃんだった頃、

爪が伸びてくると、どこまで切ったら

いいのかわからなくて怖いから

パパが切る担当だったねって言った。

父親は子供の身体を治すのが仕事

だったので、ハサミの使い方は

慣れていたという理由だったらしい。

はじめてきくわたしが幼かった頃の

エピソードだった。

思えば弟が生まれるまではこの3人で

生きていたんだなって思った。

ずっといがみあっていたわけじゃなかった、

少し温かい空気が若い夫婦の間に流れていた

そんな日曜の午後のような絵が浮かんでいた。

ふと、わたしが天パになっちゃったのは

パパのせいだったねって言いだして。

学校で大変だったよねって父が、労ってくれた。

じっと黙っていると、なんか滲んでくるような

そんな時間がふいに訪れていた。

生まれつきのもらったもののこと

別に今は嫌じゃないよって。

父もわらって、母もわらってる。

幼い頃痛いほど思い描いた、お茶の間の

風景が今再現されていた。

ふしぎな1日だったけど。

あの小川洋子さんの「ことり」を

思いだす。

小鳥のような言葉を話す兄。

それを唯一理解する弟。

いまならわたしもここで言葉が通じ合うことの

幸せを感じていた。

家族って年月とともになってゆくもんなんだなって

改めて思う。

また近いうちに父には会いたい。

あんなに憎んでいた若かった日々が遠くに

感じていた不思議。

手元に小川洋子さんの『ことり』がないので、

もういちど追体験のように

読んでみたいなって思った。

なにげない日々 なにげなくない日々が なにげないたった1日に
なってゆくまでの 年月を想う 終わらない家族を綴って 




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ゼロの紙 /歌人 いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊