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【Tech最前線】 #075 - ナフサから半導体へ――イラン危機が露わにした「化学品サプライチェーンの死角」

スマホやPCに搭載される先端半導体が、中東の石油留分と直結していると聞いて、すぐにイメージできる人は少ない。だが2026年2月末、ホルムズ海峡が封鎖された瞬間、日本のフォトレジストメーカー4社は顧客へ「原材料調達障害」を警告し、SamsungやTSMCの先端製造ラインは停止危機に直面した。

今回はナフサとは何か、どのルートで半導体材料になるのか、そして今回の危機が過去のショックと何が違うのかを、サプライチェーンの連鎖を一本の線として辿りながら解説する。


本記事は、エンジニア&コンサルタントの著者が選んだ技術の最新動向をわかりやすく約3,000字で発信しています。もし記事がためになったと思った方は、高評価とフォローをお願いします。


ナフサとは何か――石油化学の起点を理解する

まず、ナフサとは何かを整理する。原油を蒸留したときに35〜180℃の温度帯で取り出される石油の留分だ。「粗製ガソリン」とも呼ばれるが、本来の用途は化学品の原料である。

このナフサを高温のスチームで分解すると、エチレン・プロピレン・BTX(ベンゼン・トルエン・キシレン)などに分解される。プラスチック・合成繊維・塗料など、現代産業を支える製品の材料がここから生まれる。日本の石油化学産業はナフサを年間約2,000万トン消費し、国内に12カ所のナフサ分解工場(クラッカー)が存在する。ナフサが止まれば下流のすべてが連鎖的に生産を止め、半導体材料もその末端に位置している。

ナフサ→溶剤→フォトレジスト――半導体製造まで繋がる連鎖

では、ナフサが半導体に繋がる具体的なルートを見ていく。ナフサの分解で生まれたプロピレンは、化学反応を経てプロピレンオキサイド(PO)になる。このPOをさらに加工して作られるのが、PGME(プロピレングリコールモノメチルエーテル)とPGMEA(プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート)だ。これらは半導体製造に欠かせない溶剤で、フォトレジスト全体の40〜60%を占める主要成分である。

フォトレジストとは、半導体ウエハーの表面に回路パターンを「焼き付ける」感光性の材料だ。ウエハーに塗布して光を当て現像することで、設計通りの回路が形成される。最先端の露光技術では不純物が1ppb以下という厳格な品質が要求されるため、PGME/PGMEAの供給量や品質が少しでも変わると製品の歩留まりが直接下がる。

ナフサとフォトレジストを結ぶもう一本のルートもある。BTXから生まれるフェノールはビスフェノールAを経てエポキシ樹脂になる。このエポキシ樹脂は半導体チップを外部から保護する封止材として使われる。住友ベークライトはこの封止材の世界市場でシェア約40%を持ち、2024年度の半導体材料売上は913億円・事業利益は180億円に達する。

前工程(露光)と後工程(封止)は、ナフサ不足の打撃を受ける深刻度が異なる。前工程のフォトレジストは材料を変更すると再認定に1年以上かかるため、代替がほぼ不可能だ。後工程の封止材は供給先の多様化が比較的しやすい。ナフサ不足による打撃は前工程の方が即座で不可逆になる、というのが今回の危機の核心だ。

2026年ホルムズ封鎖が「今回だけは違う」理由

2026年2月末、アメリカとイスラエルがイランに対して協調攻撃を実施し、ホルムズ海峡が事実上封鎖された。日本はナフサ輸入の4〜7割を中東に依存しているため供給が即座に断絶し、現物価格は約600ドル/トンから1,190ドル/トンへ92%急騰した。国内6カ所のクラッカーが減産体制に入り、PGME/PGMEAの生産量不足が表面化した。2026年4月以降、信越化学・JSR・TOKが顧客に原材料調達障害を警告した。

この危機が過去のショックと何が違うのか、2つの事例と比較すると明確になる。

2019年のサウジアラムコ攻撃では、無人機による施設破壊で石油供給が一時混乱した。しかし被害は局所的で48時間以内に復旧見通しが立ち、ナフサ価格も数週間で正常化した。

2022年のウクライナ戦争では、半導体製造に使うネオンガスの40〜50%がウクライナ産だったため供給が急減した。だがネオンは約半年かけて代替調達先を確保でき、製造ラインへの打撃は限定的だった。生産技術を変えずに原料の産地を切り替えられたからだ。

2026年のホルムズ封鎖は構造が違う。第一に、海峡全体が遮断されたため局所的な復旧がない。第二に、世界のヘリウム供給量の35%を占めるイランからの調達も同時に止まった。ヘリウムは製造装置の冷却やシリコンウエハー製造に使われ、代替手段がほぼ存在しない。第三に、フォトレジストの材料変更には顧客による再認定が必要で、先端プロセスでは1年以上かかる。別の産地から材料を調達しても、すぐには使えないのだ。
日本のJSR・東京応化工業(TOK)・信越化学工業・富士フイルムの4社は、フォトレジストの世界市場シェアで合計76%を占める。この集中が、日本の材料不足をそのまま世界のSamsung・SK hynix・TSMCへの打撃に変換した。ただし信越化学工業だけは例外だ。同社は米国のシェールガス(エタン)由来の原料を使う一貫生産体制を持ち、中東依存をほぼ解消済みである。ダイセルもプロピレンオキサイドからPGMEAまでを一貫生産しており、一定の耐性を持つ。

JIT崩壊の先――「物質安全保障」という新概念と処方箋

今回の危機が照らし出した問題は、「ジャスト・イン・タイム」の限界だ。余分な在庫を持たないことでコストを抑えてきたが、供給が突然止まると在庫ゼロの工場はすぐに生産を止めるしかない。日本政策投資銀行(DBJ)は「ジャスト・イン・ケース」への転換を提言している。複数の事業者が協調して備蓄を分散保有し、有事には優先配分する仕組みだ。

原料の多様化も急務だ。中東産ナフサへの依存を減らすため、日本政府は米国シェールガス(エタン)由来の原料調達を前年比4倍規模まで拡大している。出光興産・三菱ケミカル・積水化学・住友化学はケミカルリサイクル技術の実装を進めており、廃プラスチックを原料に戻す循環型の物質供給を目指している。

より根本的な問題は、法制度の追いつかなさだ。2022年に成立した経済安全保障推進法は半導体を「特定重要物資」に指定したが、ナフサや石油化学のサプライチェーンは保護対象に明示的に含まれていなかった。製造装置・完成品の安全保障は議論されてきたが、その上流にある「物質」の安全保障は死角だった。「エネルギー安全保障」から「物質安全保障」への概念拡張が急務である。
フォトレジストの調達コストが上がれば、半導体メーカーはその分を製品価格に転嫁する。

2022〜2023年の半導体不足が自動車の生産停止と価格高騰を招いたように、今回の材料危機も時間差で同じ経路を辿る可能性がある。あなたのスマホや車に搭載される半導体も、この連鎖の末端にある。


まとめ

こうして連鎖を辿ると、石油化学産業が現代ハイテク産業の「最上流にある物質基盤」であることが分かる。過去のショックと今回が決定的に違う点は、材料変更に1年以上かかる再認定の壁だ。

これが今回の危機を「短期で終わらない構造問題」にしている。信越化学工業のように米国エタン由来の一貫生産体制を構築した企業だけが危機下で供給を続けられた事実は、サプライチェーンの多様化がいかに重要かを証明している。

次にスマホや家電の値段が上がるというニュースを目にしたとき、その背後に中東の石油留分と日本のナフサ分解炉とフォトレジストメーカー4社が存在することを、思い出してほしい。「物質安全保障」という概念は、もはや政策担当者だけの問題ではない。

サプライチェーンの深層に潜むリスクを追い続けたい方は、ぜひフォローと高評価をお願いします。次回もTech最前線から、見えにくい構造問題を解きほぐしてお届けします。

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