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【Tech最前線】 #071 - 製造では負けた日本が、材料で世界を支配している——半導体サプライチェーンの逆説

半導体産業を牛耳っているのはTSMCや三星電子だと、多くのビジネスパーソンは思っている。しかし世界中の先端チップを動かす材料の大半は、日本企業が供給している。本記事では、なぜ日本が製造で敗北した後に材料での世界支配を確立したのか、そして今それがどう揺らぎつつあるかを追う。

本記事を読むと、(1) 日本が製造敗退から材料独占へ転じた歴史的経緯、(2) 信越化学・東京応化工業・味の素など固有企業の具体的なシェアと財務、(3) 地政学変化と中国国産化リスクが株価にどう影響するか、がわかる。

エンジニア&コンサルタントの著者が選んだ技術の最新動向をわかりやすく約3,000字で発信しています。もし記事がためになったと思った方は、高評価とフォローをお願いします。

敗退の物語——なぜ「製造」を失い「材料」が残ったのか

1980年代、日本の半導体産業は頂点にいた。NECは1985年にDRAMの世界首位に立ち、東芝・富士通と合わせた日本勢のシェアは1986年時点で世界の約50%に達した。半導体といえば日本の時代だった。

しかし1990年代以降、状況は一変した。三星電子が政府支援と大規模投資でメモリ量産コストを圧迫し、TSMCが受託専業モデルで台頭する。日本メーカーは設備投資競争に敗れ、製造の主役の座を手放すことになる。

だが、この敗退が逆説を生んだ。製造から撤退した日本企業の多くが、材料・装置という「工場が動くために不可欠な部品」分野に特化していった。製造の大敗が、材料への集中を強制したのだ。そして長年にわたって顧客である半導体メーカーと共同開発を続けた結果、代替が極めて難しい「デファクトスタンダード」を次々と確立した。

数字が語るチョークポイント独占

だが、「強い」という評価はどの程度実態に基づいているのか。具体的な数字を見ると、支配の徹底ぶりがわかる。

信越化学工業は、シリコンウエハー(チップを刻む円盤状の基板)の世界シェアで31%を持つ首位企業だ。2位のSUMCO(約23%)と合わせると、日本2社だけで世界供給の半分以上を担う。2025年3月期の営業利益率は29.0%で、一般的な化学メーカーの5〜8%を大きく上回る。自己資本比率は82.6%、現預金は約8,827億円と財務も強固だ。

フォトレジスト(光を当てて基板に回路を焼き付けるための感光性材料)は、日系5社で世界シェアの約92%を占有する。なかでも東京応化工業は、波長が極めて短い光を使う最先端の製造工程に対応したフォトレジストで世界シェア25%を握り首位を走る。JSRは一世代前の工程向けで世界シェア約30%を持ち、現在使われているチップのおよそ3分の1に材料を供給している。

一方、味の素のABFフィルム(集積回路を積み重ねるための絶縁材料)は世界シェアがほぼ100%で、NVIDIAのGPUや高性能サーバー向けCPUに欠かせない。HOYAのフォトマスクブランクス(回路パターンを焼き付ける原版)は世界シェア80%、三井金属鉱業のスパッタリングターゲット(銅配線の材料を基板に吹き付けるための金属板)は世界シェア95%に達する。

筆者がコンサル業務でサプライチェーンの構造分析をするとき、最も注目するのは「誰かが止まったとき世界が止まるか」という点だ。これらの日本材料メーカーは、まさにその位置にいる。

地政学変化が株価に与えた変数——対中規制とTSMC熊本

しかし、この覇権が永続すると考えるのは早計だ。外部環境の変化が、株価と事業に直接影響を与えている。

2023年7月、日本政府は先端半導体の製造装置・材料を中国へ輸出する際の審査を厳格化する規制を施行した。対象23品目には、フォトレジストの一部やスパッタリング装置などが含まれる。この規制は日本の材料企業に二重の影響をもたらした。中国向け売上が減少するリスクが生まれる一方、中国以外のサプライチェーンへの代替需要が増す方向にも働く。

TSMC熊本工場(第1期が2024年2月に稼働)は、日本材料企業に近距離サプライの新たな拠点をもたらした。JSRは2025年9月に米国の半導体製造装置大手ラムリサーチと相互ライセンス・共同開発契約を締結し、材料と製造装置を同時に最適化する取り組みを進める。

信越化学は最先端の製造工程向けフォトレジストの新工場を群馬県伊勢崎市に建設中で、投資額は約830億円、2026年完工を予定する。半導体材料世界市場は2030年に約700億ドル(日本円で10兆円超)に成長するという見通しのなかで、各社が先行投資を加速している。

リスクと弱点——中国国産化・集中リスク・後継者問題

対して、日本が持つ材料覇権には看過できないリスクも存在する。

第一は中国の国産化だ。中国政府と北京・上海の研究機関はフォトレジストや研磨材の国産化に数千億円規模の資金を投じている。ただし、99.999999999%という超高純度を安定して実現する技術の習得には10年単位の時間がかかるとみられる。現時点では汎用品での国産化が進む一方、最先端品での追い上げは遅れている。

しかし信越化学のシリコンウエハーは、TSMCと三星電子という2社への依存度が高い。どちらかが調達を大幅に絞れば業績に直撃する。同じ構造が他の材料メーカーにも当てはまる集中リスクだ。さらに、精密な製造ノウハウを持つ中小サプライヤーの多くで、技術継承が進んでいない。後継者が育たなければ、強みそのものが失われる。
だが筆者は、これらのリスクをそのまま「弱点」と捉えるだけでは不十分だと考えている。中国が最先端品で追いつくのが10年後なら、その間の収益基盤は揺るがない。問題は10年後の準備を今から始められているかどうかだ。


まとめ

製造敗退が逆説的に材料覇権を生んだ——日本の半導体産業の歴史は「負け方が次の強さを決める」という事実を映す記録簿だ。

次回、スマートフォンやAIサーバーのニュースを目にするとき、その内部で動くチップの材料の多くが日本企業由来だという現実が頭に浮かぶはずだ。そしてその企業がどのリスクにさらされているかを確認することが、最初の投資判断の一歩になる。

今日からできること3点:

  • 信越化学・JSR・東京応化工業の直近の決算資料を読み、中国向け売上比率と在庫水準を確認する

  • 日本政策投資銀行(DBJ)のサプライチェーン分析レポートで対中輸出規制の最新影響を把握する

  • HOYAや三井金属鉱業など「シェア80%超の材料企業」をウォッチリストに追加し、地政学ニュースと株価の連動を観察する


半導体材料の動向や日本企業の競争優位に興味を持った方は、ぜひフォローと高評価をいただけると嬉しいです。今後も日本発のニッチトップ企業の実態を深堀りしていきます。

参考文献

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