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篠井英介 『欲望という名の電車』を観劇して感激。

近鉄アート館にて、舞台『欲望という名の電車』を観る。

近鉄アート館に始めて行ったのだが、U字型、コの字型の客席で、中央に舞台。

『欲望という名の電車』はテネシー・ウィリアムズの戯曲で、やはり、なんといっても、マーロン・ブランド主演の『欲望という名の電車』。1951年の映画だ。もともと、ブランドは、1947年の初演の時からスタンリー・コワルスキーを演じていて、初代スタンリー、映画版でもその演技が絶賛された。
テネシー・ウィリアムズの寵愛を受けて原作者のお墨付きでの出演だ。

で、初代のブランチを演じたジェシカ・タンディは、あんまりブランドとのケミストリーが上手くいかなかった。で、映画版の、ヴィヴィアン・リーが、めちゃくちゃにはまり役で、未亡人の、病んでいそうなお嬢様を、まさに病的に怪演して、二人の演技は映画史の金字塔になった。

1947年版の舞台版

今作は、ブランチを、篠井英介さんが演じる。4度目だ。篠井さんの若き頃からの悲願であったブランチ役は、90年代に実現しかけて、然し、男がブランチを演じるのはだめだ、と、テネシー・ウィリアムズの親族からの許可が降りず、直前で新規戯曲を書いてもらい演じたというウルトラCを行っている。

で、そんなブランチ役。2001年、2003年、2007年、と演じて、今回は19年ぶりの2026年だ。

まぁ、『欲望という名の電車』は有名な話なので、ストーリーはもう、書くのがめんどうくさいので、Wikipediaで調べて頂きたいのだが、まぁ、メインキャラクターは4人だ。主人公のブランチ、その妹のステラ、ステラの夫のスタンリー、と、彼の友人でブランチに恋することになるミッチ。

場所はニューオリンズで、うらぶれた、汚い下町だ。ここに、元名家のお嬢様であるブランチが妹を頼りにやってくるのだ。妹は、この街で、粗野で下品なジャイアンみたいな男、スタンリーと所帯を持っている。

なので、お嬢様・in・下町、みたいな話、で、あり、こう、なにか、気取った感じのブランチがスタンリーには気に食わない。それはブランチ側もで、下品で汚い豚みたいだ、と、内心思っている。そんな二人が恋にー?なんて展開ではなく(そもそも結婚してるし)、こう、破滅への導火線に火が点けられて、それを爆破を今か今かと待つ感じだ。

基本的に、この1940年代、という時代に、性にまつわるタヴーを多く描いているから話題になっている、が、今では、まぁ、そこまで刺激的ではない。

で、篠井英介さんのブランチ、篠井さんは女形、女方、ですから、ね、だから、もう、見立ての世界、なんですけれども、やはりね、仕草の一つ一つ、声の出し方の一つ一つがね、女性めいてみえるんですね。表情もそうですね、顔の作り方ー化粧のおかげもあるんでしょうけれども、それも女性的なんですね。

ブランチはね、最後、施設送りになる時に、白いドレスを纏いますけれども、とんでもなく綺麗ですよね。あの白いドレスは。カーテンコールでスタンディングオベーションがありましたけれども、あそことかも品が良くてね、姿勢が良くスラッとしてますから、すごく綺麗なシルエットに見えるんですね。で、段々と狂気を孕んでくる演技になりますけれども、途中お姫様抱っことかされますけれども、すごく軽く見えるんですね。女性らしく見えるんです。

で、スタンリーは田中哲司さんでしたね。田中さんは60歳なんですけれども、全然見えないですね。ギラギラした暴力が肉体の檻に閉じ込められている、という、そんな感じではなく少し枯れた色気がある感じでね、やっぱり、ブランチ、そして、スタンリー、この二人が出てくると、場面が締まりますからね。

映画版はギャグなんてないんですけれども、今回はセリフに多くギャグが入っていましたね。芸達者ばかりですから、セリフの掛け合いも耳に心地よくてね、ブランチは芝居がかったセリフが多いですけれども、そこに肉感を持って言葉にする篠井さんもすごいですし、そういう、浮遊していきそうなブランチをアースバウンド地縛天使にしてしまう田中スタンリーの腰の座った演技もすごく良かったですね。

で、ステラ役の松岡依都美さんも大変良かったですね。『地面師』の尼ちゃんなんですけれども、両方の側に立つ役柄なので、まぁ、一番観客の目線に近い人物ですよね、ブランチの妹ながらも、下町で逞しく生きている女性、と、いう人物を見事に体現されていました。

で、ミッチ役。坂本慶介さん。良かったですねぇ。私はね、ミッチ、は、やっぱり、カール・マルデンがね、イメージ、強いじゃないですか、だから、真面目そうな好青年ミッチがすごく印象的でしたね。この役も、純粋な純潔の薔薇だと思っていた女性がとんでもねーおさせだった、と、いう、そういうことを識って絶望する童貞的マインドの男ー、ですからね、こう、好青年イメケン童貞、という、役を、見事に演じていましたね。いや、童貞かどうかは識りません。

カール・マルデン、と、いえば、ブランドとよく共演していてね、『波止場』、とかでもね。で、ブランドの監督作品、『片目のジャック』ではブランドを裏切る友人役でね、まぁ、最高にクソ野郎、なんですけれどもね、今回の舞台では、時折、カール・マルデンが浮遊しているような感じでしたね、いや、意味わかんないですけどね。『片目のジャック』はね、もともと、スタンリー・キューブリックが監督予定だったんですけれども、降板しちゃって、で、ブランドが撮る、でも、予算を超過。これは海が出てくる西部劇としても有名ですね。

美術も素晴らしかったですよ。で、感情表現とかは、舞台の周りをキャストたちが無言で動いて表したり、照明一つで舞台の空気感も見事に変わっていって。

篠井さんは、著作とかでも、理想は、何もない状態で女性になる、的な、こう、衣装とかそれはいらないんだ、というのが最終形態、であって、まぁ、フリーザ、じゃないですけれども、こう、やはり、舞台は見立ててなんぼ、だと思いますし、それは、能とかにも通じると思いますし。

昨晩、池上彰の『時をかけるテレビ』で、六代目尾上菊五郎の鏡獅子が出ていたんですが、彼の木彫を作ろうと、平櫛田中ひらくしでんちゅうが何度も彼のもとへと通って、裸の状態から木彫を何度も作って、肉体を掴んでから本番の鏡獅子を作る、みたいことしてるんですけれども、まぁ、『何でも鑑定団』で何度も放映されてるこすり倒してるエピソードですけれども、六代目の写真、この女形、美しいお祖父様なんですね、女性的な匂いがする、と、いうか、佇まいの問題、なのか。

顔立ちも美しいですけれども、手の表情がね、大変に美しいすから。

それはまぁ、本当の女性、ステラ役の松岡依都美さんはすごく魅力的で、女性としての輝きが舞台で弾けていましたけれども、肉体的なもの以上にー、本質的なものとしての女性、と、いうものを、篠井さんは、半世紀をかけて培ってこられたわけで、それが、最後に、客席横の階段を上がっていく時の、美しい顔立ち、歩み方に出ているのかもしれないー、と、思いましたね。

大変に素敵な舞台で、あいにくの雨でしたけれども、舞台は夢でした。



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