【ブログ記事】「スキ」のおかげで新しい記事やユーザーを訪問するきっかけができている話
少し旬の過ぎた話かもしれませんが、すでに多くの方が「スキ制限が厳しくなった」という内容の記事をあげています。私自身も主に土日あたりにスキ制限で身動きが取れなくなっていました。フォロー&フォロワーさんでも同じ状況の方をたくさん見かけました。
↑この記事でも述べましたが、運営側にも運営なりの考えがあってこの策を講じているんだろうな、ということはなんとなく想像できます。無差別スキを防止して「本当に気に入った記事にだけスキしてほしい」という運営の想い自体には強く共感できます。
ですが、そのことを踏まえたうえで個人的に主張したいことがあります。それは、スキ制限で悩んでる人は「もう」「すでに」「十分すぎるくらい」スキ対象の絞り込みをやっているということです。
スキ制限で悩む理由は「心の底からスキしたい記事」がたくさんあるからです。逆に言えば、無差別スキの場合、回数はいくつでもかまいません。仮に1日100回までであればその100回を使い切れれば誰でもいい、ということになります。真剣に悩むのは誰でもよくないからです。
また、残りスキ回数に余裕があるおかげで訪問できる相手もいます。例えばですが、いつも訪問しているユーザーさんへの訪問が終わってスキ回数が残っている場合、そのスキ回数を新しい誰かのために使うこともできます。スキ回数を使うために新しい誰かの記事を訪問することで、新しく見える世界もあります。
もちろん、スキを押さずに訪問だけするという選択肢もあります。ですが、この「スキできるかできないか」というわずかな要因が訪問するかしないかを決定づける要素になることもあります。やはり記事を読んだからにはスキを押したくなります。「スキできないから今回は訪問を諦めよう」というケースもありえます。
これはあくまで私の場合ですが、スキ制限がかかったときは解除されるまで一旦記事訪問を控えました。記事を読むこととスキを押すことをどうしてもセットで行いたかったからです。試しにスキを押さずに記事を読むのを数回やってみました。新しい知見を得られて満足感はありましたが、それと同時にスキを押せなかったことに対するモヤモヤ感がどうしても残ってしまいました。やはり読み終わった後の満足感を表現するのにスキはうってつけの手段だなと改めて思い知りました。なので、スキ制限のルールが一日でも早く緩和されることを強く願います。
というわけで今回は「スキ制限の強化」を題材にしてみました。スキ制限強化は「健全さ」のために有効な手段ではありますが、それと同時にNote界全体の盛り上がりを阻害する諸刃の剣にもなりうるということを思いました。この件が最終的にどのように着地するかを静かに見守りたいと思います。
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