第6話 SALEMとAOR
高校を卒業して、しばらくは深夜営業している
レンタルビデオ屋でバイトをしていた。
深夜になると、本当に色々な人がやってくる。
毎回同じシリーズのAVを借りる人。
新作を片っ端から借りる人。
延滞料金なんて全く気にしない、どこかの組長。
人間観察をするにはとても面白い場所だった。
思うようにいかないバンド活動と
バイトばかりの日々に嫌気がさし始めたころ、
形だけでも母親を納得させるために
僕は就職することにした。
本音をいえば、
『好きなことだったら、何をやっていても続けられるでしょ?』という、母の言葉に意地を張っただけだが。
*
就職情報誌で探した会社の面接を受けることになった僕は、面接の前に電話で尋ねた。
「当日オートバイで行ってもいいですか?」
「よいですよ。」
「それで、そうなるとオートバイに乗る格好でお伺いすることになりますが大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。」
面接当日。
全身黒いレザーのライダースーツで現れた僕をみて、担当職員はすこし驚いていた。
「あ、すみません、一応先日のお電話でも確認したのですが、バイクに乗る格好でよいということだったもので。」
「ああ、そうでしたね、しかし、なかなか居ないですよ、面接の日にその格好でくる人は。」
担当職員はそう言って、苦笑いしながら、目の前の席に座るように指示した。
「それで、希望の部署はありますか?」
「そうですね…一番人手が必要な所でいいですよ。」
「いつから来れますか?」
「来週でも。」
「はい、では来週月曜から」
こうして、僕の正社員生活が始まった。
19歳だった。
*
『きつい、きたない、給料安い』
正直いえば、そういう仕事だった。
でも、それはどうでもよかった。
音楽を続けられればよかったからだ。
仕事中は、いつも無意識に歌を歌っていた。
倉庫や屋外での作業が多かったので
案外反響音が心地よかったという理由もある。
上司には、本気でバンド活動をしていると話していた。
いつの間にか僕は他の社員に、いつも歌っている人という認識になっていた。
2年目の時、会社の創立記念パーティーがあった。
なぜか突然、上司からの指名で僕はそこで歌うことになった。
歌い終わると、みんなが拍手をしてくれた。
そしてみんなにたくさん飲まされた。
あとはほとんど覚えていない。
職場は本当に個性的な先輩ばかりだった。
ショーケンに憧れる人もいれば、いつもリーゼントでキメてくる人もいた。
でもみんな僕を可愛がってくれた。
*
3年目になるくらいの頃、
同じ部署に中途採用の社員が入ってきた。
僕より3つほど歳が上の人だった。
彼とは小説や音楽の話で
すぐに打ち解けるようになった。
ある日、会社からすぐ近くにある
彼のアパートに寄り道をした。
タバコの匂いが満たされた6畳一間の部屋には
小さなテーブルの上にセブンスターの吸い殻が入ったガラスの灰皿と
床には飲みかけのCutty Sarkのボトルがあった。
そして、数冊の片岡義男の小説と
CDが幾つも積み上げられていた。
彼は、台所から適当なグラスを二つ持ってきて
Cutty Sarkを注いだ。
「ごめん、氷ないけれど。」
「あ、大丈夫です。」
僕は、ポケットから取り出したSALEMに
Zippoで火をつけた。
彼は、幾つもあるCDの中から
一つを選んで、この部屋には少し不釣り合いなステレオでかけた。
夜風が頬を撫でるようなイントロは
僕の目の前にオレンジ色の街灯に照らされたヨットハーバーを映し出した。
しっとりとしたコーラスの後に
少し渋めの歌声が聴こえた。
それはとても優しく、そっと包み込むようだった。
Boz Scaggs の『Harbor Lights』
その時初めて聴いた。
「こういうの、いいですね。」
曲が終わると彼は、もう一枚違うCDをかけた。
少しくすぐったいほどシンプルなブラスのフレーズ。
でもそれは、これ以上でもこれ以下でもない、
不思議な危うさをまとったグルーヴだった。
エレピの音も、
スネアの音も、
全てが好みだった。
さらに、歌が聴こえた時
僕の中で何かが弾けた。
口に含んだCutty Sarkをそっと飲み込んだ。
僕はその曲が終わるまで
ステレオの前から動けなかった。
これが、
Bobby Caldwellの『What you won’t do for love』
を初めて聴いた時の記憶だ。
やっと、世の中の流行りではなく、
自分が本当に好きだと言えるサウンドに出会えた気がした。
あれから何十年経った今でも、
僕は、あの頃と同じサウンドに惹かれ続けている。
あの日、SALEMの煙の向こうに聴こえたのが
AORだった。
*「人生はごちゃ混ぜのスープ」は、毎週火曜日・金曜日に新しい一話を公開しています。
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