【第3回】京都は優しいけれど恐ろしい町である
2021年の夏に取材のため京都を訪れました。まどかの夫の実家が何か商売を営んでいるという設定であるため、そのモデルを探して市内の商家さんを何軒かお尋ねしたわけです。料亭、ろうそく店、お香の工房、甘味処、扇子店、いずれも創業から長い年月を数える老舗の名店で、事前の問い合わせも取材当日もたいへん親切に応じてくださいました。

また、その時点のプロットは前に述べたようにスリラー映画だったので、京都はとても優しい町だけれど恐ろしい側面もある、という対立する二つの前提を確かめるという目的もありました。しかしダイレクトに「京都の恐ろしさを教えてください」と聞くのは、ボクサーを相手に「パンチを教えてください」と言って顔面を差し出すのと同じなので、痛い目をみたくなければ黙って察するしかありません。そもそも「京都は恐ろしい」という前提を持って京都人と対面しています。何か失礼があってはいけないと気にしながら言外をつねづね想像する、という取材は、なかなか緊張感がありました。
(京都の恐ろしさといえば、市内のロケを心配したプロデューサーの言葉を思い出しました。「京都という土地はいろんな利権が複雑に絡んでいるからロケは大変だ。まずは京都の撮影所に挨拶をしなければならない。撮影までに時間がほしい」というものでした。しかし僕らの映画は誰かの「利権」を荒らすものではないし、撮影所で撮影するシーンはありません。さすがに怖がりすぎじゃないかといって笑ったものです)
取材で聞きとったお話は、僕らの構想をブレさせるのに十分なものでした。あるお店のご主人は「わたしは京都にうといんですよ」と言いました。普段から考えていることは事業の継続と刷新という、どこのどんな業界にもある当たり前の課題ばかりで、そこが京都であること、店が老舗であることを特段意識している様子もありません。
だんだん、ないものねだりをしているような気がしてきました。京都らしさの真相を聞きたくても、京都人の口からそれは出てこないんです。京都の人は記号の京都に無関心であることに気づかされた僕とアサダさんは、この取材経験そのものを主人公の行動に加味しようと考えるようになりました。

こうして主人公の渋澤まどかはライターという職を持つことになりました。まどかは夫の実家である扇子店「渋澤扇舗」を拠点に近隣の老舗商家を取材し、友人の漫画家・安西莉子とのコンビでコミックエッセイを書く日々をスタートさせます。ウェブ連載のコミックエッセイは順調に回を重ねますが、あるときまどかは失敗します。それが予告編にもある「まどかちゃん、何でも言葉どおりに受け取ったらあかんで」につながるわけですが、恐ろしいのはそんな京都ではなく、何でも言葉どおりに受け取ってしまうまどかのほうだったんです。
