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【第4回】店が家、という暮らしを職住一体と呼ぶ

京都の取材ではたくさんのヒントを授かりました。物語の舞台である「渋澤家」のイメージは、道に面した京町家で、一階の表側は店舗、その奥と二階が住居といういわゆる「うなぎの寝所」の間取りでした。それにピッタリ当てはまったのが京扇子の老舗「大西常商店」さんでしたが、経営者の大西さんご家族はすでにその家に住んではおらず、ご商売にだけそこを使っているとのことでした。

京町屋に必ずある中庭。もちろん映画にも登場します

また店舗の奥や二階は投扇興(扇子の的当て)のイベントに貸したりなど、レンタルスペースとして運用しているというのです。ということは映画の撮影にも貸してもらえるのではないか、と期待するのが半分。脚本の参考になると思ったのがもう半分。それは「職住一体をやめた」という暮らし方のアップデートについてでした。
 
ちょっと自分の話をします。僕の実家は四国の山奥で旅館をいとなんでおり、創業は幕末だというので老舗といえば老舗です。といっても京都の老舗旅館のようなクールでお洒落な建物ではありません。四国八十八ヶ所の寺を歩いてお参りするお遍路さんがゆっくり休めるだけの設備を維持してきた「おへんろ宿」なので、いろいろな面で質素です。まさに職住一体です。今も母親と弟の家族が住んでいるので、暮らし方のアップデートはしていません。
 
僕は子どものころ、この家が嫌でした。宿泊のお客さんの声や気配が気になって、とにかく姿を見られたくない思いでじっとしていました。おまけに宴会場とスナックもやっていたので、学校の先生が酒を飲みに来るのが一番困りました。酔った若い先生がいきなり部屋に来るんですよ。「おまえ好きな子おるんか」「エロ本持っとんか」とイジられるのを歓迎する中学生はいないでしょう。僕は十代のころ吃音症と赤面症に悩んでいたんですが、原因はこの生育環境だったんじゃないかと今は思います。
 
まあ、そんな環境のおかげもあって先生たちには特別かわいがられて育ちましたし、東京の大学まで行かせてくれた親には感謝してるんですが、普通の家、単なる住居としての家に憧れていたので、職住一体という暮らし方への複雑な感情は、似た環境で育った人には伝わるかと思います。しかし別な意見に救われたこともあります。大学のころ友人に話すと、多感な時期に他人の出入りが激しかったことを面白がってくれました。その友人は東京近郊の「普通の家」の子で、行ってみたいなあとまで言うので驚きました(もちろん呼びませんでしたが)。
 
主人公まどかは東京出身で、夫の実家の職住一体の暮らしをエキゾチックなものと見て関心を隠さない。という人物設定は、いま思えば取材と経験を継ぎ足すようにして考案したのかもしれません。さらにそこが京都であった場合、まどかは家を守ることを京都を守ることのように錯覚するだろう。このようにして脚本の改稿の方針が決まっていったというわけでした。

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