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【映画感想】no.4『大人は判ってくれない』アントワーヌ・ドワネルの冒険①

初見から10年以上、好きすぎて年に何回も観ている映画『大人は判ってくれない』(1959年)。

「ドワネルもの」全五作をやっと観終えたので、感想をまとめていく。

ジャン=ピエール・レオの抜擢

トリュフォーによる「ドワネルの冒険」の一本目である。アントワーヌを演じるジャン=ピエール・レオは本作で映画デビュー。

ヌーヴェルヴァーグの旗手トリュフォーの寵愛を受け、以降二十年にわたって作品に登場する。

両親が俳優で「本人の強い意志でオーディションを受けた」とされるジャン=ピエール・レオ。とても13歳が大人相手に喋っているとは思えない、堂々としたオーディションの様子はこちら。


緩やかに道を踏み外すアントワーヌ・ドワネル

アントワーヌ・ドワネルには居場所がない。学校では落ちこぼれ、家庭でも両親から満足な寝具すら与えられない。

父親の機嫌は乱気流のようだし、母親は不倫をしている。(しかも、現場をアントワーヌと彼の親友に目撃される)

人懐っこく誰かに憧れる心を持っているものの、倫理観が育たたないアントワーヌ。やっていいこと、悪いことの線引きがつかない。

回転遊具にはしゃぐアントワーヌがとても可愛い。
ずっこんな表情をさせてあげたい。

体だけが成長し行動力が伴うようになり、ついに家出。一瞬だけ登場するジャン=クロード・ブリアリに胸が躍る。

親友・ルネの家に居候をしながら軽犯罪を繰り返すアントワーヌ。この、ルネの家(お金持ち)に居候するシーンが好きだ。

仲間を得て安心した表情のアントワーヌ。少年2人が無邪気にパジャマパーティーをしているだけにも見えるが、親の目を盗んで食べ物をくすね、ベッドで煙草を吸う。

ルネは意志が強く冷静で
「愛された子」の余裕を感じる。

やっていることは一丁前なのに、全ての読みが浅くて可愛い。(実際に見逃してもらってもいる。)

そしてついには資金繰りのため、父親の会社からタイプライターを盗んでしまう。

矯正施設からどん詰まりの海へ

瞬く間に犯行がバレて、矯正施設(感化院)に入れられるアントワーヌ。大人に囲まれ、留置所で過ごす姿が不安げで心が痛む。

しかし、そもそも留置所に連れていったのはアントワーヌの父親(義父)である。この行動をどう見るか?

アントワーヌが非行に走ったのは「大人が判ってくれないから」で、「親が愛してくれないから」で、「全部環境のせい」?果たしてそうだろうか?

自分の会社の備品を盗む我が子。会社での立場が悪くなるし、頑張ればなんとなくもみ消すこともできるかもしれない。

しかし、アントワーヌの父親は罪を犯したら子であろうと留置所に連れていき、矯正の機会を与えてくれる親である。

タイプライターだけではない。空腹に耐えかねて盗んだ牛乳だって、誰かがその割を受けている。

『大人は判ってくれない』は、トリュフォーの自伝的作品である。原題は”Les Quatre Cents Coups”で「無分別、放埓な生活を送る」という意味の慣用句。

実際にトリュフォーは親との関係が悪く、彼自身が何度も感化院に入所している。そして15歳でシネクラブの経営をしているとき、映画評論誌の編集長アンドレ・バザンに引き取られ、以後親子として過ごした。

以上の背景を踏まえると、トリュフォーがこの映画で13歳のジャン=ピエール・レオを使って自身をどう見せたいか、透けて見えてしまう。

感化院のインタビューのシーン、冒頭に貼ったオーディションのように饒舌に答えるアントワーヌが印象的だ。性体験の有無を聞かれ、煙に巻く話術(演技)が凄まじい。

ラストシーン、感化院から脱走し、海(ノルマンディー地方)に行きつくアントワーヌ。

モノクロなので色合いが分からないのだが、「やっと道が開けた!」という印象からは程遠い。

どん詰まりである。

そして、ストップモーション。完。

この先のアントワーヌが心配すぎる

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