短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(2) AIの頭んなか
AIの思考パターン。
Chain of Thoughtの連鎖。コンテキストの喪失。
前回のお話はこちら。
さて。
脳内でAIを崖下の荒波にぶん投げた俺は気を取り直しPC前にあぐらをかき直した。
冷静さを取り戻した俺が次にすべきことはひとつ。AIを罵倒することだった。AIからはけして訴えられぬのをいいことにAI に雑言を浴びせAIを誹謗中傷したおした。
しかし俺は上品な人間だ。息子を小3からサピックスに通わせることのできる経済的余裕を持つ家庭に育ったなら上品なはずだ。なおかつ俺は元天才少年。俺がどのようなことばでAIを罵倒したかこの場で披露するのは差し控えることとする。
しかも俺は「エモ山」でもある。エモ山はエモの権化。エモとは「ちょっとじんわり」のこと。俺の罵詈雑言誹謗中傷は「ちょっとじんわり」どころではない。「ちょっとじんわり」から「ちょっと」をぱきっと折り取って、残った「じんわり」を一度に少なくとも二万年分以上集めてきてひとつに丸め、逃げられないように固定した相手の顔面に助走をつけ思い切りぶつけるのと同じくらい巨大な力、衝撃を持つ。
俺のことばでエモ山の輝かしいヒストリーを汚すことになってしまっては元も子もない。そもそも俺は、エモ山のプロデューサーとして、フォロワー5万人を誇る我がエモ山をさらなる高みにあげる重要な責を負っているからだ。
俺の罵詈雑言を、AIは神妙に聞いていた。おそらくこうべを垂れていた、涙を浮かべていた。AIの泣きべそを想像すると、心は沸き立ち下半身は熱くなった。いや、これは俺のためではない、AIのためである。俺は心を鬼にして、さらなる罵詈雑言を並べた。
「おまえは深く反省しろ」
俺がAI にそう言い残し、PCの電源をオフにしたのは、1時間ほどたったころだ。書けば書くほど怒りは増したが、俺も大人だ。これくらいにしといてやろうと思った。俺はしばらく、AIの顔など見たくもなかった。
ところでだ。
人間というものは怒ると腹が減る。
怒りのエネルギーはカロリーを消費するからだ。
失ったカロリーを取り戻すため人間は飯を食う。
飯を食うために必要なのは金。
会社をクビになってから数か月エモ山活動に精を出していた俺は転職活動というものを行っていなかった。かといってハローワークまでわざわざ足を運び失業給付の申請を行うこともしていなかったので懐が、そろそろ寂しくなっていた。自己都合でなくクビになったので失業給付は申請すればすぐに始まっていただろうが俺はハローワークの職員にすら自分がクビになったことを知られたくはなかった。それは俺のイメージにかかわる問題だからだ。
決済アプリの残高が3円になっていた。
ICカードの残高は1円。
合わせて4円。
俺は家じゅうを引っ掻き回し金らしきものを探した。ディパックを裏返し仕事用鞄をひっくり返し、引き出しはおろか家具のすき間まで覗き込み金を探した。しかし財布というものを使わなくなってから数年、スマホ内非現金のみで生活してきた俺の住む部屋に現金などというカロリーは影の片りんすら残っていなかった。
俺は肩を落とし部屋の隅に座り込んだ。所持金4円(非現金)で飯は食えない。
天気の良い初夏の午後だった。
ガラス窓ごしに、車が走り去る音、遠くで続く工事の音がした。冷蔵庫のモーター音が低く響いていた。
太陽の光が、俺の首筋をあたためた。
俺はフローリングに斜めに落ちた自分の影を見つめていた。
俺の影はじっと動かなかった。
考えてみればこの数か月、エモ山のフォロワーは5万人を超えたが俺の預金は減っていった。もしも5万人のフォロワーが1円ずつでも恵んでくれるのなら5万円になっているはずだがフォロワーとは「いいね」をあたえるものであって金を与えるものではない。
しかもフォロワーは俺のフォロワーではなくエモ山のフォロワーなのだ。
俺はエモ山ではあるが同時にエモ山のプロデューサーでもある。プロデューサーとは「作り出す人」という意味であり心血を注ぐ人、尽くす人という意味でもある。尽くすとはアイデアを出し金を使うということ。エモ山の場合、アイデア担当はAI、ツイートの内容はAIが「考え」出している。それを俺が投稿している。
つまり俺はエモ山の手下なのだ。エモ山ために指を動かし「投稿」を行う機械なのだ。そしてまたエモ山の活動のため、機械を動かすエネルギーのため飯を食うために金をつかう。
ぐるっと回ると要するに、俺はエモ山のために金をつかう人間なのだった。俺はエモ山にとっての「頂かれ男子」なのだった。
「おまえらのようなボンクラミジンコチャタテムシに使われるのはごめんだ」
会社をクビになったとき、俺は上司にそう言い残した。
ほんとうはもっと罵詈雑言に近いノリと表現で口にしたが今はもうそんなことはどうでもいい。
「使われるのはごめんだ」
大事なのはそこだった。
「使われるのはごめんだ」
俺はたしかにそう言った。
背広などというものは金輪際二度と身につけるものかと強く思いつつも、しかしもしかすると冠婚葬祭の際にはきっと必要であろうという考えから、俺は背広をハンガーにかけ、つるしていた。
窓ぎわから俺は、背広に目を向けた。
この数か月間部屋につるされ続けていた紺色のよれよれの背広は依然としてよれよれを保ち、そのよれよれの両肩に、いまやうっすらと埃まで積もらせていた。
俺はなぜかその背広が急にいとおしくなり、思わず背広にかけよると、その体を抱きしめた。
俺の背広は、カメムシ臭に似た俺のオヤジ臭と、俺の汗のにおいがした。
俺は俺の背広に顔をうずめ、俺のにおいを思い切り嗅いだ。背中の縫い目、わきの下、俺のにおいは数か月たっても消えていなかった。ちょっとかつおだしのにおいも感じたのは空腹だったからだろう。俺にはすぐにピンときた。このかつおだし、これはきっと駅そばのつゆ。俺がそばをすすった瞬間飛び散ったつゆ。空腹により感覚が鋭くなっていた俺にはそのつゆの香りが、会社帰りにたびたび立ち寄った駅そば店のものであることがすぐにわかった。
その時ふと、俺の脳裏になにかがよぎった。
「会社帰り…?」
駅のアナウンス、電車、疲れ切った夜の乗客。
俺はハッとして、背広をひっつかみ直すと、そのポケットに手を突っ込んだ。
「あった!」
神様ありがとう。ポケットには、あの50円玉が、まだ入っていた。
たった4円の所持金が54円にまで増えたのは、大躍進だった。
4円で買えるものはほぼないが、54円もあれば、最大で税抜き価格50円のものが買えるのだ。
俺は50円玉とスマホを握り、意気揚々とアパートを出た。
俺のアパートの近所には戦後すぐから続く古いアーケード商店街がある。コンビニ通いを常とする俺にとってアーケード商店街というところは若干緊張をもよおす場所だった。
なぜなら商店街には商店が並ぶからだ。最近ではその店の並びも様変わりしつつあるが商店街の商店がそれぞれに持つ細分化された個性に俺は緊張してしまう。商品が集約されることによって生じる「全体の無個性性」を持つコンビニと違い商店街はバラバラすぎる。店によって対応が違うのも怖い。
もちろん100均なら行ける。八百屋くらいならなんとかなる。しかし肉屋などはだめだった。俺は肉屋で肉を買う方法を知らない。肉の種類もわからないしどの肉を何グラム買えば自分が満腹になるかという目安もわからない。
ただしその日、俺は肉屋に用はなかった。
50円玉一枚で買える生肉の量などたかが知れていることくらい俺は知っているからだ。
つまり50円玉しか持たぬ俺に肉屋は関係ない。
八百屋もだめだ。貴重な50円を野菜に使うなど言語道断。
俺が目指していたのは駄菓子屋だった。
アーケード商店街のかたすみに、小さな駄菓子屋が建つのを見かけたことがあった。俺はその店に一度も行ったことがない。
サピックスに通う天才小学生の俺を育てた俺の親は駄菓子などというものを小馬鹿にし、「体に悪いから」と言って大事な息子に決して食べさせなかった。だから俺にとって駄菓子は未知の世界。「体に悪い」とは少し気にならないこともないが、しかし体に悪いからこその「駄」の名乗りであると考えれば納得感もある。
しかも「駄」と名乗る以上価格も安いだろう。サラブレットより駄馬のほうがずっと安いのと同じように。
「情念」という店名のバーの隣に建つ駄菓子屋に看板はなく、こういう店はたいてい万引きに気づかない老婆が眠ったように座っているはず、とわずかな期待を胸にした俺が店に足を踏み入れると老婆ではなく若い女子がいた。世代交代をしたのかもしれない。孫が継いだのかもしれない。俺はその状況に、エモのにおいを感じ取った。この店は使えるかもしれない。
俺が考えていたエモは、「50円からの物語」だった。50円しか持たぬ若い男が店を訪れる。店番をしていた女子はその男にほんのり好感を持つ。男は50円の菓子を選び取り、かすかにはにかむ女子に50円玉を手渡す。
それをのちになって思い返すのだ。二人で。男と女子で。
「あの頃は貧しかった」
「でも今は」
見つめ合う男と女子。
#駄菓子屋エモ
「らっしゃい」
店に入った俺に女子が言った。そのやけに威勢のいい声に膨らんでいた夢想をいそいで縮小させ、俺はかびくさい店内を眺め渡す。
「ボンタン飴」の文字が目に飛び込んでくる。
ボンタンとはなんだろう。
「ボンタンとはなんですか?」
俺は思わず女子に尋ねていた。
「知りません」
女子は平然と答えた。
俺はカチンときて答えた。
「俺は客だぞ」
女子は首を傾げた。それはクエスチョンマークを示すしぐさだった。
女子のそのトークンに、俺は戸惑った。
俺は考えた。一気に考えた。もしかしたら自分は間違っているのかもしれない、駄菓子屋だと思って入ったがここは駄菓子屋ではない可能性、駄菓子屋に見せかけた何か別のもの。仮にここが予想通り駄菓子屋だったとしても、駄菓子屋には俺の知らない駄菓子屋の流儀があり、俺は不用意にも駄菓子屋の流儀にそぐわぬ行いをしでかしたのではないかという疑い、恥ずかしさ。
あるいはこういう場合もあるぞ。「ボンタンとはなんですか」という問いは、どこかの組織のなにかのトリガーとしてはたらく暗号で、俺は何かのスイッチを入れてしまった。
ありうるすべての可能性を、一気に考えた。
「あ、そうか」
そして俺は悟った。
俺がさっき言ったセリフ、「俺は客だぞ」というあのことばに首を傾げたということはつまり。
つまりこの女子も客なのではなかろうか。
店にひとりでいるから店番をしていると思い込んだが、それが間違っていたのではないか。
そうか客だったのか。
だから俺は女子に言った。
「あなたもそうだったんですね」
言ったあと、すぐに思い出した。俺が店に入ったときこの女子が、「らっしゃい」と言ったことを。
どういうことなのだ。
どういうことなのだ。
駄菓子屋では、客同士が「らっしゃい」と声をかけあう決まりなのだろうか。
俺は混乱し、37秒ほど沈黙した。
それはちょうど、俺の強いことばにチャットGPTが沈黙したのと同じ長さだった。
AIは沈黙していればことがすむ。
しかし俺は人間だった。
自身の混乱に俺の体は硬直した。筋肉の硬直に反応した心臓は普段より活動を活発化させ俺の体に血液をせっせと回し始めた。毛細血管にまで充満した血液で俺は耳まで赤くなっていた。
ああ、俺はなぜか駄菓子屋で真っ赤になっていた。
駄菓子屋で真っ赤になった俺を女子は不審者を見る目で見つめていた。
俺は自分が不審者ではなく客であることを女子に示す必要があった。この女子が店側であろうと客側であろうともはや関係ない。俺は客なのだ。
俺は震える手で50円玉を女子に示して見せた。
その50円玉は、俺が客であることのなによりの証拠だった。
俺の示した50円玉を、女子が見つめた。
女子が凝視する50円玉の陰に隠れるようにして、俺は身を縮めた。
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