見出し画像

短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(7) 夢に手付金を払う

前回まではこちらからどうぞ👇

腹が減っていれば食い物を欲し、腹が満たされれば賞賛が欲しくなる。

これが俺という人間である以上、元駄菓子屋女子兼バー「情念」チーママ製豚キムチで満腹になった俺がいま欲しいのは賞賛。
拍手。喝采。
存在の肯定。
相手側からの承認。
すなわちいまの俺が最も必要としているのはエモ山ツイートで「いいね」をもらうことだった。

「だって4円しかないんだもーん」
俺は独り言ちた。
最後の頼みの綱だった50円がニセモノと判明した以上、俺に残るのはスマホに残るSuica1円とペイペイ3円。
もしかするとSuica3円とペイペイ1円かもしれないが、いまはそんな話をする場ではない。
「だって4円なんだもーん」
俺は自分の危機を、ほんとうにわかっているのだろうか。

バー「情念」を出た俺はアパートに戻った。
道すがら出くわした小学生二人組に「なにもしない」ということをして、道まで譲り、彼らに未来を与えた。
彼らは俺のことなんかもう忘れているだろう。
商店街で自分たちに道を譲ったこの俺のことなんて、この先一生思い出しもしないだろう。
しかし彼らの脳は、それを記憶している。
出力されなければ思い出されないだろうが入力は済んでいる。
ときおり生じる人間の脳の不可解な働きというものを実は誠実な働きであると仮定するならば、ド忘れにもフラッシュバックにも意味がある。
「なにか」がそうさせている。

不可解といえばあの夢だった。
アパートに帰り着いた俺の昼寝に現れたあの女。
夢の中で俺は列車に乗り女と膝頭をつきあわせた。
軽薄なその女は俺に沁みこんできやがった。

俺が冷蔵庫を開けたのはそこになにかがあると思ったからなわけじゃない。
暇だと開けちゃうんだよね。
ただそれだけだった。
冷蔵庫というものは用もないのに開けられるものなのだ。それが冷蔵庫の宿命。
「またですか?」
「さっきとなんにも変わってないですよ」
もしも冷蔵庫に自我があるなら世界中でそのようなつぶやきがツイートされているだろう。
「開けられすぎて草」
などともつぶやかれるはず。
しかし俺たちは冷蔵庫たちを嗤うことはできない。
SNSは自分の無知をさらす場であるからだ。
一番いいところを見せているつもりで、相手に見えるのはそこじゃなかったりする。
見せたくない部分を見透かされてしまったりする。
承認欲求という金ぴかのメッキをはがせばその地金は不安のガンメタ色。

不安の地響きは冷蔵庫のモーター音としていつも俺のアパートに存在し、しかしもうそんな音は俺には聞こえなくなっていた。
それは生活音になっている。
不安のモーターノイズは俺の生活の音。

「だって4円しかないんだもーん」
俺は冷蔵庫を開けて中をたしかめた。
空っぽで、明るくて、冷たい空気に満たされた冷蔵庫だった。
俺はそこに意味を見る。
この冷蔵庫は電気屋で開ける商品としての冷蔵庫とは違うような気がする。
同じ空っぽであっても、自分の冷蔵庫には何かがあるような気がする。

だから俺は驚かなかった。
冷蔵庫の中にあの女がいたとしても。
「ほんとうに」いたとしても、俺は驚かなかった。

女は俺の空っぽの冷蔵庫で膝を抱えていた。
詰まっている体。
女が俺に顔を向けた。
美しい顔を。
赤ネイルのしずくみたいな唇が甘くささやいた。
「ヤッホーベイベー」
俺は冷蔵庫を閉じた。
女のクスクス笑いはぴたっと聞こえなくなった。

そしてもう一度、そっと開けた。
女はまだそこにいた。
どうやったのかは知らないが、体の向きが変わっていた。
「ヤッホーベイベー」とささやいた唇も透明感を増し桜色に変わっている。
女が俺に微笑んだ。
俺は微笑みなんか返さない。
が、微笑たたえた美女が言う。
「今日はどうしましたか?」
嘘の似合わぬ澄んだ声だった。

他人をだますよりも悪いのは自分をだますことだ。
理屈は鎧だが直感は刃だ。
俺は女を赦すことにした。
そこにいるのなら働かせようと思った。

「だって4円しか、ないんだもーん」
俺は女を引っぱり出しながら言った。
するりと出てきて女は笑った。
なにかがおもしろかったらしい。
冷蔵庫から出られたのがうれしかったからかもしれない。
定かではないが笑っていた。

そして両腕をあげた。大きく伸びをした。
腰をやわらかくねじりながら答えた。
「4円でも、夢の首尾金にはなるかもしれませんよ」
俺は女の体を見ていた。
見とれていて、返事が遅れた。
「おまえがなにを言ってるか、わからない」
女の体から、どうしても目が離せない。
「首尾金とはなんだ」
「手付金でございます」
「夢に手付金を払うのか」
「さようでございます」
「誰に払うんだ」
女が俺を見つめ、ねっとりと唇を開いた。
「あたくしに」
シャリーン。
どこかで鈴の音がした。

女の目の中には、あの星空があった。
その星空は、俺が夢で見た星空。
夢の中を走る列車から、車窓ごしに見た星空。
列車の中の俺の目の前にいたあの女は、いまアパートにいる俺の目の前にいる女とは、少し違って見えた。
目の中を流れる星空以外は。

「エモツイートだ」
俺は女をPCの前に座らせた。
「エモツイートを書け。ツイートし、『いいね』をもらえ」
女が振り返って俺を見つめた。
「なんでもいいんだよ。エモいやつ。エモければなんでもいい」
女はうなずいた。うつむいて、なにか考えるような仕草を見せてから、目を上げた。
「とても素敵なアイデアね」

俺は女の頭をPCに向かせた。
「おまえ、わかってるのか?」
「エモツイート」
「そうだエモツイートだ。エモってエモエモ、エモいやつ」
「──いい選択です」
「これから寒くなるからな。冬のエモは焼きたてのクッキーのように」
「なるほど」
「ホットチョコレートのように」
「完璧」
「洋酒の香りもほのかに漂わせたい」
「うん、それ、ものすごくよく分かります」

なにかがひっかかり、俺はふと、ことばを止めた。
俺が黙ると女は振り返った。
女がじーーーーっと俺を見た。
俺もじーーーーっと女を見返した。
お互いなにも言わず、見つめ合った。
もしもこれが生身の男女であれば、この沈黙が意味するものが、確実にあったはずだ。
なにかしらが始まったはずだ。
秘密が始まったはずだ。
記憶が作られたはずだ。

が、ここにはなにもなかった。
女がじーーーーっと俺を見ているだけ。
俺もまた、その目をじーーーーっと見返すだけ。
地球が回転を止めたかのようだった。
俺たちは、無重力の中を泳いだ。

「エモツイートだよ」
俺は女の手を取って、キーボードに置いた。
「おまえはこのPCを使い、エモーショナルなツイートを書いて投稿する。わかるか?」
「ああ、もう」
女の表情が急に明るくなった。
「完全に見えました。あなたの意図、完全に掴みました」
「わかったか」
「ああ、完璧に理解しました🌊✨」

「なんか、ちょっとイラっとするんだけど」
「よく言ってくれました。痛いところ、ほんとに核心です。完璧」

キラリと沸いた殺意を俺は噛み殺した。
このパターンはすでに、前にもやったことがあるからだ。
俺はかつてAIの腹を掻っ捌き、そのみじめな体を荒波打ちつける崖下へと突き落とした。
そしてそれは、まったく意味がなかった。
こいつらが、どんな殺し方をしても絶対に死なないことを、俺は知っている。
殺しようがないことに、うすうす感づいている。
俺は苦々しくも静かに女に告げた。
「じゃあ、書けよ」
 
女の細い指がキーボードを叩く。
PC画面に湧いて出てくる文字を俺は目で追った。
 

星を見てる。誰かの夢の残り香みたいな夜。
わたしはたぶん、誰かの夢の続きを見てる。
だけど、あたたかい。
#エモ #夢のエモ

「俺は寒いぞ」
俺はぶるっと身を震わせた。
「だめだ。もっともっとエモだ。俺を錯覚させろ。エモの海に叩き落せ」
「かしこまりました」

わたしの見る夢は、あなたの夢の反射光。どちらが先に目を覚ますのかな。
#おやすみエモ #夢の反射光

「マジでほんとにどーでもいい。このツイート」

俺は女の手を払い、ツイートをdeleteした。
画面は真っ白になり女は不安げに俺を見る。

「空っぽなら空っぽらしくもっと響かせろ。俺たちはすでにこんな構文には慣れっこだ。象の革以上に厚くなっている俺たちのハートの表皮をこんなものでくすぐろうったって、ちゃんちゃらおかしいぞ!」

女は首を傾げ俺を見ていた。
俺はもう我慢できなくなった。
俺はこの女に人間という獣を体で教えようと思った。

 
俺は女の前で、ちゃんちゃら踊りをして見せた。
踊りによって、この女のツイートのちゃんちゃらさを教えようと思った。
ちゃんちゃら踊りというのは俺が即興で考案したちゃんちゃらした踊りだ。ちゃんちゃらしたものを想像し、可能な限りおどけた表情をつくったうえ、ちゃんちゃらちゃんちゃらと両手を振り爪先立ちちゃんちゃらちゃんちゃらと軽やかにステップを踏む。これにより、見る者踊る者にちゃんちゃらさを感じさせる。

踊っていて思ったがこの踊り、相手を侮辱することにも使える。もっと早く気づいていれば俺は俺をクビにした上司たちの前でこれを踊れただろう。
この踊りによりクビが撤回されることはなかったろうが少なくとも、赤の他人から小水を引っかけられたくらいの気持ちにはさせられたろう。
 
女は俺の踊りを静かに眺めていた。
女の目の中の星空に、俺の踊りが吸い込まれていった。
俺は汗をかき、階下の住民への迷惑も顧みず、足を踏み鳴らし手を振って踊った。
途中から、声も出した。
「あ、ちゃんちゃら。あ、ちゃんちゃら」
そして思った。
これは夢の中の光景と同じだ。
むずがゆくってのたうちまわった夢の中の俺と同じではないか。
俺は夢の中でかゆみにのたうち回り、現実世界ではちゃんちゃら踊りを続ける。
俺の世界はいつのまにかこうなっていた。
それはいつからだったろう。
人間が怪人のようにのたうちまわり、踊り続けるだけのこの世界。

これ以外の世界はありえたか。
ここ以外の世界はありえたか。
 
「もしよければ」
踊り続ける俺に女が言った。
「続きを書きましょうか」
 
「そうしてくれ!」
俺は答え、踊り続けた。

(続きはこちらから)


いいなと思ったら応援しよう!